22.その月のお茶会
その月のお茶会は、至れり尽くせりだった。
レンは、帰りの馬車の中で「最初からこうしろ!」と怒鳴りまくる結果になった。「なあ、ジュリ、そう思うだろ?」
公女は、うんうんと頷き、「ありがとう、ありがとう」と繰り返すばかりだった。
お茶会への招待状は、ジュリとジュラがレポートに忙殺されている間に届いていた。ちらりと娘の居間を覗いた公爵夫人が、諦めて自分で返事を書いた。
当日、朝はのんびり、昼前から服装を整え、指定の時間に皇妃執務室に到着する。
執務の手を停めた皇妃が、暖かく迎え、「治水文書は大変評価が高いですよ、わたくしも鼻高々、何か欲しい褒美はありますか」と話しかけた。
褒美は遠慮した。
その後、皇妃が今取り組んでいる書類を見せられ意見を求められたので、ジュリを手招きして呼び寄せ、許可を得てふたりで考える。ジュリは過去のデータ担当、ジュラがそれを自分の知識でまとめる。
答えが出る前に、皇太子が迎えに来た。
ジュラは即興で思いつくだけの対応策を残してドアを出た。
ジュラの回答は、選択肢が複数用意されており、質問者は公にできない要素を考えに入れて、選んだり組み合わせたりできるところが特徴だ。
残された皇妃は扇を口元に当てるのを忘れて、はぁ、とため息をついた。
今すぐ皇妃の地位を代わってもらいたい。
水晶宮に着けば、皇太子がジュラの手を取り、侍従がジュリの手を取って馬車から下ろしお茶会の場所までエスコートする。
その日は、気持ちのいい晴天で、お茶のテーブルは噴水の傍にセットされていた。
噴水の音は会話を漏れにくくする。そこで皇太子は、ふたたびジュラに謝り、苦笑いをしながら皇女のマナー教室についてユーモアたっぷりに解説。
ジュラ(レン)はそうだろうな、と思うだけだが、公女の方は爆笑を抑えるのに薄い腹筋のすべてを動員し、それでも足らなくて俯いて左手の手のひらを重ねた右手の爪で抓って我慢した。
そのうちに、治水文書の話に移り、皇太子が尋ねる。
「あのような考察にどのようにしてたどり着いたのだろうか」
レンは、チャンス! と思った。説教のチャンスだ。
「さようでございますね」
一拍置く。
「細い道を歩いていると思召して」
「ああ」
「殿下の前には、見える限り3人の人が間を開けて歩いていて、殿下はその後ろを歩いておいでです」
「?」
「先頭の人が、道を踏み外してバランスを崩すのが見えました。
続く人が、落とし穴に落ちました」
皇太子の顔にはまだ理解の色が見えない。
「殿下の直前を歩いている人が、道から滑り、道の脇の泥で靴を汚しました。
殿下はどうなさいますか」
「うむ、用心に用心を重ねるしかないか」
「そうお考えになったのが、殿下の文書にございましょう」
皇太子が顔色を改める。どうやら理解し始めたらしい。ジュラは間を置く。
「そうであったか、姫はそう思うのだな」
「畏れながら」
「それで、姫は違う道を行くのか?」
ジュラは品よく微笑み、扇を口元にもってきてわずかに首を傾げる。
「そうか、では?」
「わたくしは、それ以上前に進むのを一旦やめるのでございます。
そして、人夫を呼ばせ、道を広げてもらいます」
「なるほど」
「3人が3人とも滑ったり転んだりした道を、そのまま進むことはありません。
同じ道を行くしかないなら、まず道を改修するのが良策かと」
皇太子は考え込んでいた。
よし、もう一撃。
「畏れながら。道を整えておけば、後ろから来る者は少し楽になり、他にも山積みになっている大切なことに力を割くことができます」
今のは抉り込むクリーン・ヒットだった!
レンは、おまえは歴史を学び、それが失敗の連続だったと知っているのに、継続しているだけだ。それは己自身の子に課題をそのまま残すことだ、と断罪しているのだが。
果たして皇太子の心がそれを理解しようとするかどうかは別の問題だ。
皇帝の歩む道に石畳は敷かれていない。自分で石畳を敷きながら進み、石の重さに背を丸めながら後から来る者に道を残すのが仕事だから。
それが自分でできないなら、できる者を募るのだ。
まず問題点をはっきりさせなくてはならない。それから、その問題点に対して解決策を求める。
自分の部下から策が出ないなら、王宮文官に頼る、それでもだめなら、懸賞金付きで公募してもいい。だが、今の皇帝家にそこまでの思慮と力があるかどうか。
その後は雑談となったが、皇太子は母皇妃のアドバイスに従い、ジュラルディンが今日の朝はどんなトレーニングをしたか、食事のメニューは何だったか、など、生活に関わることを聞いてきた。
時間はいつもよりずっと早く過ぎた。
本宮に戻り公爵家の馬車に乗り換えるときには、帝宮バラ園で切らせた紫がかったバラを美しく束ねて紺の薄い紙でラップしたものを差し出した。
「今日は、ありがとう。次の月の10日を、今日よりももっと楽しみに待っている」
そして、ちょっと間をおいてはいたが、
「用事がなくても文を書いてもいいだろうか」
と、伝えてきた。
「もちろんです」
微笑んで馬車に乗ったのだった。
華奢な女馬車に、「バカヤロー、最初からこうしろ!」という絶叫が響いて、ジュリとケイが思わず耳を塞ぎ、御者と侍従がぎょっとするのは、馬車が軽快に暁門を通過してから3分後のこと。
ざまぁ・その3です。
どうせやるならここまでやらねば、ということで。
状況的に、「自分たちの息子に課題を残さないでね!」 翻訳:次代に課題を残し続けるとか皇太子はアホの連続! と言われているわけですね、お気の毒です。
ざまぁまでは終了しました。




