18.紳士の会食
一方こちらは、皇帝を中心とした男性グループ。
皇帝、皇太子、公爵、公子アーノルド、弟公子ポーリント。そこに皇帝家の次男・第二皇子マリオンが加わり合計6人。談話室の隣で、こちらはテーブルに序列通りに座って、女性よりも少し重い夕食となった。こちらも、話の内容を知らないマリオンが同席しており、ごく静かなものになった。
食事を終え、元の談話室に戻る。6脚のシングルソファに両家の3名ずつが向かい合う。
間のローテーブルには酒類と水、チーズとチョコレートが置かれている。
「さて」
という、皇帝の前置きがあったのち、弟皇子にわかるように先ほどの会談を説明せよという残酷な指示に従い、皇太子が経緯を説明するに至った。誠に気の毒という目で見られながら。
「以上にございます。間違いはありますでしょうか」
「どうだ、ハーミリオン」
「ございません」
「ということだ、マリオン。話は飲み込めたか」
「はい」
もの言いたげな次男の顔を見て、皇帝が言う。
「なにかあるか」
「はい、陛下、畏れながら」
「あー、面倒な言葉遣いはやめよ。この顔ぶれは全員、おまえの兄が今以上の大失態を見せない限りは来年には姻戚だ。アーノルドを義兄、ポーリントを義弟と呼べるように手を貸してやれ」
「は。仰せのごとく。と言いますか、それほど大層なことでもありませんが。
では、兄上。
ジュラルディン姫との文のやり取りはどうなっておりましょう。文の中で次の月の10日は視察となり、姫にお会いできないのは寂しいが、視察先で姫の気に入るようなものを見つけて届けよう、と、それだけで済んだのではないかと」
兄皇太子の顔は、口が「あ」の発声時の形に固まっている。
「あ、ではございません兄上」
「ああ、そうだな、マリオンの言うとおりだ。
私と姫とは、いつから文のやり取りをしなくなったのだろうな。
確か、婚約式の次の月の9日には、明日おいでいただけるのを楽しみにしているという趣旨の文に、姫の髪の色を思わせる青いテンプルベル(釣鐘草)の花束をお贈りした。
テンプルベルは妖精の帽子とも言われるではないか。私が姫を妖精のように儚げに美しいと思ったということを伝えたかったのだ。
返しの文をいただき、それには皇太子紋の刺繍が青で入った薄紫のチーフが添えられていた。姫が婚約式で纏っておられたドレスの布が使ってあって、ずいぶん前からご用意いただいたことがわかり、大変嬉しかったものだ」
皇太子は引き続き記憶を辿る。
「10の日の訪問の後にはその日のうちに姫からお礼の文が来て、お茶会に出た菓子をほめていたので、返しの文に添えてその菓子をお贈りした」
フム、ごく尋常な婚約者同士のやり取りである、と一同納得していた。
「兄上、ごく普通のやり取りと思えますが。
いつ文を差し上げなくなられたのでしょう」
「そうだな、うん。
最初は……そうだ、姫が体調を崩したとのことで、当日朝、姫の侍女から王宮経由でアルフレッド宛に連絡が来たと聞かされた、あの日の事だ。
前日に常のように文を差し上げたが、お返事がなかった。そうだ、だからご不快というのもするりと納得した。
その日、姫から礼の文が来ず、帰宅なさってから伏せておられるものと」
全員から、不信の目が向けられる。弟皇子マリオンが、口ごもりながらも代表して口を開く。
「兄上、言いづらいことではありますが」
「何だろう」
「絶対にありえない、と言い切れます」
「文の返しがないことか」
「いえ、それどころか。
前日の文に返しがないのは、もちろんあり得ないのですが、それよりもなお。
公爵家の姫が、婚約者である皇太子の宮を訪問したのですよね。帰宅したらすぐに、衣装を替える前に礼状を書きます。絶対です、死亡したのでもない限り、必ず、です。
たとえ息も絶え絶えであろうと、気を失っていても、侍女が揺り起こして手を添えても書かせます。
ありえないのです」
「そうか」
「そうですとも。その時点で異常と思わない兄上の失態です」
「そうか」
皇太子は、顔を強張らせて、思わず唇を噛む。
皇帝が手を打って執事を呼び、別室で待機していた皇帝の近侍が呼び寄せられた。
「御前に」
「皇太子とサスキントの姫との文のやり取りはどうなっておる」
「は。
婚約契約に従いまして、文のやり取りについても特別の手配がなされたと承知しております。
間に皇宮が入りますと、文が遅れたり時として違う場所に届けられたりということも無きにしもありません。婚約契約はおふたりに溝が生じないようにと細かく配慮されております故」
「皇帝陛下御自身と婚約者であられた現皇妃陛下との文のやり取りに従い、本宮から小姓が派遣され、水晶宮侍従から封書と花束などを受け取り、直接公爵家に届け、執事に手渡しいたします。小姓には皇宮から警備の騎士がひとり付きます。
徒歩で参りますので、公爵家待機所で茶菓の接待を受け、待つうちに侍女が姫からの返しの文を小姓に渡します。小姓はそれを承って水晶宮執事に手渡します。
仮に、返しの文が受け取れないときは、後ほど公爵家の方からフットマンが水晶宮まで文を届けに参りますが、そこでも受け取るのは執事、それを侍従に、そして皇太子殿下、という手順になりましょう」
「公爵家側からは」
「やはり使いの者が出て、水晶宮執事、侍従、皇太子殿下へと渡ります。返事は待機部屋で待ち、侍従から手渡されることになりましょう」
「皇宮小姓は決まった者か」
「いえ、水晶宮侍従から文のやり取りあり、との連絡を受け、その場で待機している者から小姓部屋頭が指名いたします」
「よかろう、退がってよい」
側近は、婚約契約を見直して調べておいたことにホッとしながら部屋から退がった。
「ブライトン、大失態だな」
「はい」
「文は、姫側では侍女セミノが握り潰し、水晶宮側では侍従が止めたのだろうな」
「そうでしょう、他に止められるところがありません」
「言わずともわかる通り、1度目でわからなくてはならなかったのだ。
マリオンの言うとおりだ。公爵家の姫ともあろう者が、茶会の礼状を書かないなどあり得ぬ。
マナー以前の問題だぞ。どんな茶会でも、気を失っていても、たとえ侍女の代筆でサインしかできなかったとしても。貴族家の侍女がそれを許すことなどありえない、そのための侍女だ。
まして公女の侍女は皇宮が推薦状を付けた者だ」
「はい」
「おまえ、貴族を舐めていないか。マナーは貴族の処世術だぞ。礼法の教師がどれほど厳しかったか、おまえ自身が体験しておるだろう」
「はい」
サスキント公爵が助けを出す。
「陛下、それまでで。
侍従3人のうち、2人までが乳母子だと聞いています。殿下にとって気の置けない環境で、まして相手は幼いころからの」
助けは途中で遮られた。
「いや、ハーミオン、だから余計にまずいのだ。お前も知っているだろう、皇宮は蛇の住むところだ。この蛇は近くにいればいるほど人のように見える。まして、途中まで人で、次第に蛇に変わったならば見抜くことは難しい。だが、主となった者は自分が何を信じるか選択しなくてはならない。疑うことは孤立を意味するが、それを恐れてはならない。
ブライトンとマリオンも今日を以ってよほどに心せよ。ブライトンの乳母がシュワイツ公の妻の姉と決まったからには、妻はシュワイツ家係累からは出ない。
こういう力関係にあるのだ、シュワイツ家は皇太子の失脚を狙っているかもしれない、とな。
シュワイツ家からブライトンの妻を出すことができないのに、侍従が謀をしたということは、シュワイツはマリオンを皇太子に立ててシュワイツの係累から皇太子妃を出す狙いがあるかもしれん。
もちろん推測だ、現時点で何の証拠もない。だが、マリオンの乳母は俺の弟、エサキ公爵家の係累から出ている。シュワイツ家は妥当な疑いを掛けられる位置にいるのだ。
もちろん、情況はそれほど単純ではない。だからこそ、だからこそだ。
このようなことにならぬよう、細心の注意を払う必要がある。
権力は偏ればあっという間に腐る。帝国は永遠のように見えるかもしれぬ、だが、所詮は被征服国の寄せ集めに過ぎぬことを決して忘れるな。一度崩壊が始まれば、この大陸の平穏は瞬時に失われ再び戦乱の世に戻る。
皇帝の権威など、本来はどうでもよいものだ。忘れるな、民の平安な日常のために皇帝家はある。それは神から委託された皇帝家の存在理由である。
我が家がなしえぬ日が来れば、長き戦乱の後に違う皇帝家が生まれるのを待つことになるのだ」
皇帝の顔は、苦々しい。叔父は何を謀って三公の均衡を侵そうとしているのか。いや、待て。謀っているのは、あるいは俺の弟の方か?
「ブライトンよ、ジュラルディンは権力の均衡の為に選ばれた。
本来、公爵家の姫は皇帝家に嫁がぬ者だ。普通は従兄妹関係になってしまい、血が近すぎるからな。他に選択肢がない時には、血が遠い娘を環境と資質で選んで養女を迎えて皇太子妃にする。
だが、おまえたちは例外だ。又従兄妹にあたり、皇妃は100年ぶりの伯爵家からの姫、サスキント夫人は侯爵家の姫と、どちらも血が遠く、皇帝家内部の絆を結び直す千載一遇のチャンスだ。
いいか、はっきり言うぞ、好きも嫌いもない、選択の余地もない。乙女は誰でも恋に憧れるというが、姫に限っては恋をしていい相手は、この世にただひとり、皇太子たるおまえのみ。
そのおまえがどうだ、侍従に謀られ、文のやり取りさえ怠り、ましてせっかくの茶会に遅れる、出席しない、礼状が来なくても放置する。
これを哀れと思わぬなら、おまえは皇太子がどうとか言う前に、人間失格だ」




