17.貴婦人の会食
14から16をスルーした方の着地点です
会談が始まっておよそ1時間、食事の時間が近くなっていたが、話の内容が内容なので、その日は晩餐ではなく男女別に軽い夕食が準備されていた。扉にノックがあって、執事が声をかけた。
「皇妃陛下、王女殿下よりのお食事の準備が整ったとのことでございます」
「わかりました。では、レディのみなさん、マグノリアが軽い食事を準備しております。
部屋を移りましょう」
文字通り、この部屋の女性は全員貴婦人である。
よって、男性は全員立ち上がり、それぞれのパートナーに手を指し出して立ち上がらせる。皇帝は皇妃、公爵は夫人、公女は王太子、そしてジュリエッタには兄弟の兄の方が手を差し出す。音もなく入室してきた王宮侍女が皇妃の重いドレスの裾を直す。
廊下に出て、ひとつ置いた次の部屋が女性用の部屋として準備されていた。
本日のテーブルを用意した皇女マグノリアは、淡い金色に目立つ濃い茶の房髪が数カ所に入った、珍しい髪を美しく結い上げている。侯爵家から嫁してきた祖母からの隔世遺伝である。瞳はこれもまた祖母に似た鳶色で、一度捉えられたら目を逸らせられない魅力を備えている。
テーブルは円形が選ばれており、1年後には姻戚となるサスキント家に対して親しい気持ちを示した形だ。
レースで縁取られた白いテーブルクロスの上に、温かなオレンジ掛かった黄色のクロスが重ねられ、真ん中にはグリーンを配した白と黄色の小花が低く盛られ、グラス類と銀のカトラリーがセットされている。
皇女は、皇妃に「陛下のよろしきように」と一礼した。皇妃が席に着くと、その右隣りに公爵夫人、左隣にジュラルディン、自分の席としてひとつ置いてジュリエッタを案内した。
「本日は、皇妃陛下ご主催にて軽食のご準備をいたしました。内輪のお席ですのでどうぞお気楽に、との陛下のお言葉です」
「よろしい、マグノリア、座りなさい」
メイドがスープ皿を配し、給仕がスープを注いでいく。それぞれの前奥、ナプキンを敷いた篭に盛ったパン、脚付きの細いグラスに味のついていない炭酸水が手際よく準備されていく。
「気楽なお席です、家族同様に。それでは、神に今日の糧を感謝しましょう。
今日の糧をお与えくださいました神に感謝いたします
麦を植え育てた民、パンを焼いた奉公人に平安がありますように
帝国のすべての民が皇帝陛下の御威光の下、今夜も健やかでありますように」
「神と皇帝陛下に感謝」 (唱和)
軽い夕食は、ポタージュ、鳥の香草焼き温野菜添え、ハーフグラタン、最後にフルーツと簡単なもので、テーブルに着く5人の内4人までが先ほどの会合に心を捕らわれて会話の内容を反芻していたから、ごく静かなものだった。皇女も議題を知るだけに言葉少なにメニューを説明するにとどめる。
食事は誰の心にも残らぬまま終わり、5人は窓際に設えられているアルコーブに移った。
アルコーブは小ぢんまりしているが、座り心地の良いゴブラン織りを張ったソファが5脚、テーブルはなく、それぞれのソファの脇にお茶とお菓子を置く小机が配されている。壁には植物を織り出したタペストリー、隅には観葉植物、程よい位置には匂いのない花と枝を生けた花瓶が置かれ、居心地の良さにマグノリアの手腕が感じられる。
皇女の案内で皇妃と公爵夫人が隣り合い、娘たち3人が向かい合うように席が決まると、侍女が丁寧なしぐさでひとりずつの膝から足元まで大き目の膝掛けで覆い、メイドがお茶とお菓子をセット、皇女の小机に銀のベルを乗せて、一礼して立ち去った。
皇妃が口を切る。
「マグノリア、待たせました。
先ほどの会合の成り行きを説明しましょう」
皇妃は食事の間も会話のリードを皇女に任せ、会合を反芻していたので、手際よく話の流れを説明した。これでよろしかったか、と一同を見渡すと、3人とも頷く。
王太子が側近にミスリードされて、月に一度の“デート”に遅刻し、すっぽかし、婚約をダメにしそうなこと、側近ふたりが水晶宮日誌の書き直しという口実で閉じ込められていること、王太子が立場の許す限りジュラルディンに低姿勢で接したことを聞いて、王太子の妹であるマグノリアは、顔には出さないまでも大失態であると理解した。
王太子自身の失態であるだけでなく、王家の失態なのだ。婚約者の侍女として推薦した者と、王太子の侍従が手を組んで王太子を欺いていたのだ。
そして、それに誰も気が付かなかった!
話を頭の中で順に検討するうちに、皇女はふと気が付いて母に発言の許しを得ようとした。
「皇妃陛下」
「この場では、陛下はおやめなさい。ここにいるのは来年には家族・姻戚となる者たちです。
単に、皇妃と」
「はい、では、皇妃さま。疑問がございます、よろしいでしょうか」
「許します」
「畏れ多いことではございますが」
「それも省略してよろしい、話が進みません。出来るだけ簡潔に」
「はい。
王太子殿下とサスキント公女には、お文のやり取りはありませんでしたのでしょうか。
これはわたくしの考えではありますが、婚約者同士でございますね、明日お会いできるとなれば、前日には”明日を楽しみにしている“という趣旨のお文、少なくともカードを添えて、花などを贈られるのが女性の楽しみではないのでしょうか」
「フーム」
数秒の間を置いて、皇妃の中に再び怒りが巻き起こったようだ。
皇妃は、長年の帝宮生活で身に着いた克己心を全力で発揮するしかなかった。これは、侍従に謀られたとか、侍女と侍従が共謀したとか、そういう段階の問題ではない。皇太子自身の人間として他者を慮る資質の問題なのではないのか。
「ジュラルディン」
「はい、皇妃さま」
「正直に言いましょう。わたくしは大変に丈夫で、幼いころから風邪ひとつひいたことがありません。婚約時代も、です。ですので、先ほどあなたが皇太子に訴えた、婚約者が体調不良なのだから、お見舞いの手紙くらい出しておけばここまでのことにはならなかった、という意見には表面上の同感しかできませんでした。確かにそうだろう、その程度です。
ですが、今のマグノリアの言葉には共感を持って同意できます。月に一度しか会わない婚約者に明日会えるとなれば、婚約者たる男性から文や花を受け取り、返しの文と準備の品を贈り返すのは当然です。
実際はどうだったのですか」
ジュラルディン(レン)は唇を嚙みかけてぐっと抑える。ためらいがちに母を見て時間を稼ぐ。
レンはこの質問は予期していなかった。何しろレンの生きていた世界にはスマホがあるのだ。手紙~、書いたことあったかな? ましてデートの前日に花束? 大層だな。
レンには本物のジュラの記憶データを掘り返す時間が必要だった。




