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おだまり!  作者: 倉名依都
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12.婚約者たち (1)

7の月の10日からしばらく時間が経ち、8の月を迎えた。

その日、王家が執務を終えた夕刻、帝宮奥宮の談話室には皇帝、皇妃、皇太子が、サスキント公爵家からは公爵夫妻とジュラルディンが顔をそろえた。サスキント家からは他にコンパニオン・ジュリエッタ (本物の公女)、長男・アーノルド、次男・ポーリントが6人とは少し離れたソファに着席している。

ジュラルディン (レン)がしおらしい風情の後ろに闘志をたぎらせていることは言うまでもない。


“へっ、俺の出番だぜ”



「本日は、皇太子とジュラルディン姫の婚約契約の変更要望書を受けての話し合いを持つ」

部屋に集まる全員は静かに聞き入り、部屋の壁際に控える執事をはじめとした奥宮の奉公人は雰囲気がなごやかではないことに気付いて気を引き締めた。


「まず、この要望書であるが、姫を皇太子妃として迎える親の立場として、姫の状況を鑑みて受け入れることとする。

皇妃より更に変更が申し入れられたので、本人が説明いたす。皇妃、述べよ」


皇妃ユリアナは、皇帝の方を向いて座ったまま軽く頭を下げ、次に視線を公爵家の方に向ける。


「婚姻までにあと1年となりました。わたくしは姫を皇太子妃に迎え、水晶宮の差配が正しく行われるようになる日を心待ちにしております。

帝宮奥宮や皇妃執務室もやがて姫の差配する場所となりましょう。皇妃のありように今の内に触れておくことも悪くはないかと思い、姫には負担を掛けますが、陛下にご提案いたしました」

皇妃の言葉遣いは時間をかけて選び抜かれており、いきさつを熟知していることを伝えている。


「姫への招待状には、皇妃執務室への招待状を同封いたします。それゆえ、水晶宮からサスキント家への招待状は、皇妃執務室を経由して2通送られます。

姫は、水晶宮お茶会の1時間前にわたくしの執務室に。短い時間しか取れないことを残念に思いますがともに雑談を。その場では手紙も受け取ります。些細な内容と思っても遠慮はいりません、婚姻を前にして気持ちの揺れもありましょう。皇太子妃となる戸惑いと不安はわたくしには十分にわかります故。

皇太子に迎えに来させます。水晶宮の馬車で本宮まで迎えに来させ、帰りも送らせます。姫の馬車は、本宮で待機させます」


サスキント卿は驚きとともに皇妃に目をやった。この人はこんな女性だったろうか。彼女がこんなに長く話すのを聞いたことはない。常に微笑みとともに陛下の横に立つばかりのたおやかな女性だったはずだ。


公爵夫人は、皇妃とはお互いに皇帝と皇叔の婚約者だったころに出会い、それ以来の縁であり、帝宮でのお茶会でサポート役を頼まれることが多かっただけに、驚きはなかった。

そもそも、皇妃にはコンパニオンとして奥宮に上がることを求められたのだが、ジュラルディンが婚約者となり、権力の集中を慮って実現しなかったという経緯いきさつもある。

公爵夫人が侯爵家、すなわち併合された属国の首長の血筋であり、皇妃は皇帝家がまだ王家だったころからの家臣が授けられる伯爵家の出身であった。格と言えば難しいことになるものの、ふたりは気が合ったし、未来の皇帝と皇妃の母同士としての協力は必須のものだ。



サスキント卿はジャンヌマリーアを見やり、小さな頷きを確認した。次にジュラルディンを見遣ると、娘はわずかにうつむいたまま、面を上げようとしていない。

卿は皇帝に視線を戻し、かすかに首を傾げる。


「ジュラルディン姫、そなたの考えを聞こう。来年の今頃には我が娘と呼ぶそなただ。隔意なく申すがよい」

皇帝は、ジュラルディン(レン)に視線をやり、自分自身の娘と話すときと同じように柔らかい口調で話しかけた。



レンは、来たキタ来た、よし、ここだ、行くぜ、と心を引き締めた。


5人の視線を集め、ジュラルディンは静かに面を上げた。まず、皇帝に向けて頭を下げ、「陛下のお慈悲に感謝いたします」。次に皇妃に微笑みを向け、「皇妃陛下、暖かいお心遣い、ありがとうございます」と述べる。

そして、テーブルを挟んで差し向いのソファに座る皇太子に体ごと視線を向ける。


「殿下」

皇太子はジュラルディンに話しかけられたことはほとんどない。姫は常に消極的であり、従順であり、彼の言葉に微笑みながらただ頷き返すばかりだった。深窓の姫君というものはそういうものだ、多くを求めてはならない、と周囲は皇太子を諭していた。

もっと積極的になってほしいなら問いかけて答えを聞きなさい、と皇妃には諭されたが、今一つ反応が薄く口籠るさまが痛々しく思われた。それが、侍女セミノと自分の侍従が傍にいるせいかもしれない、とは思ったこともなかった。


今日こそは、皇太子は、婚約者の話を最後まで聞く心構えで待ち受けた。彼はサスキント公爵家の後ろ盾を失うかどうか、ここは皇太子位の喪失につながる場だということを心得ていた。現在の皇太子位は正式には仮のものにすぎず、法に則った皇太子宣下は、この姫との婚姻の日まで受けることができないのだから。


「殿下。初めてのお茶会の日、水晶宮内をご案内いただいた日の事、今でも懐かしく思い出されます。あの日、わたくしはやがて宮の女主人となること、その責務を果たせるように学ぶことを心に誓いました」

皇太子はただかすかに首を縦に振って、次の言葉を待った。


「中庭でお茶を頂いた時、噴水を眺めていた折に頬についた水を拭ってくださった時、より学ぼうと心を強くいたしました」


「殿下はいつもわたくしをお待ちくださっておりましたが、ある日、シュワイツ卿に迎えられました。そして、殿下は執務が遅れておいでで、待つようにと言われました」

「そうであったか」

「それが半年前。それからは迎えていただけず、遅れておいでになりました。先回、今回はお訪ねしてもお会いすることすらできませんでした」

沈黙が部屋に満ちる。ジュラルディンは淡々と述べているが、別席のジュリエッタの頬には涙が流れている。


ここで皇帝が執事を手招きし、壁際に立つ奥宮奉公人を全員退出させるように指示を出した。無表情を保ちながらも興味津々で聞き入っていた者たちは、静かに扉から出されていった。


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