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おだまり!  作者: 倉名依都
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11.皇太子ブライトン

次の日の午後、皇太子は帝宮の皇帝執務室付侍従の訪れを水晶宮に迎えた。

「皇太子殿下、皇帝陛下のお言葉を復唱いたします。

“ブライトン、直ちに祐筆を連れ、水晶宮の日誌を衛兵に持たせて執務室に来い”

以上にございます。

わたくしは随伴するよう申し使っておりますので、ご祐筆ゆうひつをお呼びください」


祐筆とは、この場合、皇帝家のメンバーに必ず付いており、1日の行動を記録する者を言う。5歳までは育児日誌として乳母がその責任を果たし、6歳からは侍従が行う。

1日の仕事を終えた後、宿直部屋とのいべやに入り、日中の記録を綴るとともに自らの侍従としての行動を静かに振り返るのは侍従の役目に就く者にとって大切な時間だ。


ともあれ、王命を伝言でなく復唱するとはただ事ではない。ここは戦場ではなく、穏やかな皇太子宮なのだ。復唱には伝言にない“直ちに実行せよ”という強制力がある。


怪訝な顔をした皇太子ではあるが、侍従に確認した。

「宮ではふたりの侍従が交代で祐筆を担っているが、ふたりともでよいか」

「然るべく」


侍従マルゲリアス卿アルフレッド、シュワイツ卿ケンドルは、思いがけない呼び出しに驚きを隠せなかった。

「こちらの二卿が宮の祐筆を務めていることに間違いありませんか」

ふたりは、間違いないと答えた。

「それでは、水晶宮の日誌が納められている場所にご案内願います。陛下のご指示です」

シュワイツ卿が少し焦りを見せたが、侍従には近衛兵2名が距離を置いて何気なく従っていることに気が付いて口を出すことはなかった。


宮の執事が呼ばれ、記録保管所から水晶宮日誌が皇帝執務室の侍従に手渡された。

「最新の物はどこですか?」

侍従の机上から最新の記録が取り上げられ、近衛兵が呼ばれて水晶宮のすべての日誌が手渡された。



皇帝執務室では、幅2m・奥行1.2m、黒檀の執務机の向うに皇帝が座っていた。3人はその向かいに立つよう言われ、水晶宮日誌は近衛兵から執務室侍従に、そして机に積み上げられた。


皇帝は、今年6月の日誌を選び、ぱらぱらとページをめくると言った。

「シュワイツ卿、儂が読み上げることを筆記せよ。卿にペンと紙を」

準備が整うのを待ち、皇帝は水晶宮日誌、皇紀723年6月10日のページを読み上げた。


10時、サスキント家、公女付き侍女セミノより連絡あり、本日は公女さまご不快により訪問をご遠慮との由

シュワイツ卿の顔色は白を通り越して真っ青になっているが、皇太子は少し首を傾げて、なぜ皇帝がそんな指示を出しているのかわからない様子だ。


「マルゲリアス卿、儂が読み上げることを筆記せよ」

1時、殿下は本日の公女とのお茶会が中止となったため、近衛師団の訓練にご参加あそばせるとの仰せにて、シュワイツ卿およびマルゲリアス卿ケンドリアスが随伴。1時30分、宮より師団訓練所においであそばす」

マルゲリアス卿は、ごく普通に筆記している。


「フム、では、もう一文」

5時20分、殿下ご帰還。湯あみの後軽い夕食となされ、常の間にお入りある。お呼び出しもなく、御寝あそばされた模様。

さすがにマルゲリアス卿の顔も青ざめている。皇太子はそうそう、そんな日だったね、と頷くばかりだ。


皇帝はじっくりと3人の顔を見回した。

「どうやら儂の言いたいことは伝わったようだな。

両卿は、帝宮3階の客室で当分の間寝泊まりせよ。

近衛を4人呼べ」


マルゲリアス卿・兄と、シュワイツ卿は、それぞれ近衛兵に先導・護衛され、黙って離れた客室に入った。扉には鍵が掛けられ、扉前には2名の番兵が付く。窓は窓枠ごと固定されているばかりか、中庭に向いており、常に帝宮護衛兵が巡回している。



「さて」

皇太子はあっけにとられたように黙って皇帝の声に従う者たちを見ていたが、賢明にも口を開くことはなかった。

「ブライトンよ、おまえではなさそうだな」

「陛下、何かありましたでしょうか」

「うむ、つまり、そなたは無能であるということだ。これを見よ」

皇帝は暁門入門・出門記録を見せる。

「陛下、ジュラルディン姫はご不快の日が多く、水晶宮においでになれない日もありましたが。これはどういうことでしょうか」


皇帝はむっつりと言う。

「次はこれだ」

次に渡されたのは、水晶宮入門・出門記録だ。皇太子は暁門と水晶門の記録を並べて、不可解という顔をするが、5の月10日の暁門の記録と水晶門の記録を何度か読み比べ、顔色が変わった。

「陛下、これは」


「そなたを無能という訳がわかったか」

皇太子は目を伏せて溢れかけた怒りを必死で抑える。無能とののしられることにも怒りを覚えるが、それよりもなお、身近な者たち、とくに乳母子に裏切られていることに微塵も気が付かなかったことに激怒していた。しばらく伏せていた顔を上げて、皇帝の目を見て懸命に押し殺した声で答える。


「確認の時間を頂けますか」

「どうする」

皇太子の目が挑むように光る。

「水晶門の記録は誰に手渡されるか、その者から記録管理室まで届ける手順。次に、過去1年、月の10日の水晶門の門番と門衛は誰であったか。最後に、記録管理室に赴き、筆跡を確認いたします」

「よかろう、時間をやろう。2日だ」

「ありがたく」


皇帝は畏まる皇太子に、ヒントを与える慈悲の言葉を掛けた。

「教えてやる。姫は皇帝家の推薦状をつけてサスキント家に送り込んだ侍女セミノとカレンをはじめとするセミノ推薦のメイドたちを自ら遠ざけたぞ。公爵夫人はそれを是とした」

皇太子は背筋が寒くなった。“私はサスキント家に見放されつつある”。いや、すでに見切られているのか。


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