第二章「旅の学者と盗賊」 3
荷馬車は見事に盗賊たちのものとなった。
私は手足を縛られ、荷物を取り上げられ、荷馬車にころがされている。同じくギムレットとほかにも三人、同じように縛られ荷馬車の荷物になっている。それぞれ服以外はすべてとられてしまっており、反撃はおろか脱走すら難しい状況だ。
さらには分からないこともある。なぜ私たちは殺されなかったのかということだ。
荷物を奪うだけなら、殺して奪い取ってしまえばいい。殺されずに済んでいるありがたい状況にし対して変な考えだが私たちを生かすメリットがない。
「ギムレットこれはどこに向かっていると思う?」
命の危機が近いからか、私は焦る自身を紛らわすように、ギムレットに話しかけた。
「……お前さん、意外と冷静だな。下手をすれば死ぬかもしれない状況だぜ?」
「君ほどではない。こう見えて手から嫌な汗が止まらないんだ」
事実、ギムレットの言うとおりだ。一歩でも立ち振るまいを間違えれば、私たちは殺されてしまうだろう。だからこそできる限りの手を模索しなければいけない。死ぬわけにはいかない。そう思えば思うほど、心に焦りが生まれ嫌な汗が手や背筋にわいてくる。
「いや、それを律してなんとかしようってのが、冷静だって話なんだよ。……まあ、話を戻すと俺たちが連れて行かれているのはこの盗賊団のアジトじゃないか? なんだか昼間より振動がひどいしな。街道ははずれていると考えてもいいかもな」
いわれてみると確かに時折大きく揺れる時がある。そういうことに気がつけない当たり、やはり私は動揺しているのだろう……。しかし、それにしてもこのギムレットという青年はなぜそれを気が付けるほど余裕があるのだろうか。
「ギムレット、君こそ冷静じゃないか」
「俺はこういうのは慣れているからな。あんま褒められた話じゃないが」
やれやれと肩をすくめ、苦笑いをするギムレット。
旅の学者が誘拐に慣れている?
私の疑念を読み取ったのかギムレットは言葉を足した。
「師匠に拾ってもらう前に色々ヤンチャしててな。おかげさまでこんな感じに……とな」
いたずらが成功したような笑みを浮かべながら、片手を上げるギムレット。いつの間に抜け出したのかその腕にはロープがなくなっていた。
「いつの間に……」
あっけにとられた私をよそに、ギムレットは自らの足の縄も解き、私の縄にも手をつけ始めた。
「あんたの分もほどいてやるよ。機を見て逃げるといい」
「ギムレット、お前はどうする気なんだ?」
「俺は師匠の本を取り戻さないといけない。貸しておいていうのもなんだが、あの本は読むべき人間以外は読んではいけない類の本なんだ。書いた人間を知り、内容を理解してしまえば場合によっちゃ争いごとにつながるようなヤバいものなんだよ」
彼の話が真実なのかは定かではないが、数日間の道中で初めて彼の真剣な顔を私は見た。
ほどなく私の手足は解放され、ギムレットはそのまま他の面子の縄もほどき始めた。
「ギムレット、一つ聞いていいか? なぜ私にその危険な本を貸したのだ?」
私の言葉にギムレットは手を止めずに答えた。
「言ったろ、お前さんは武器を持たない人間だ。あの本を読んで革命をしようと思ったかい?」
「まさか、思うわけがない」
「それが理由だ。お前さんはいいやつだと思った。遊牧の民の長になろうとしているぐらいだし義理もあるだろう。だからあの本を貸すことにためらいはなかったんだ。だがな世の中にはお前さんみたいなやつばかりじゃないしな。まったく師匠の書棚から暇つぶしに拝借したが罰でも当たったかな」
そうぼやきながらもギムレットはテキパキと全員分の縄をほどいていく。
ややあって全員分の縄はほどかれ、それぞれ手足の自由が帰ってきたことに安堵の表情を浮かべていた。
「さあ、自由になったんだ。隙を見てさっさと逃げてくれ。荷はあきらめるしかないが命あってのものだねだろ?」
ギムレットがそういうと三人は隙を伺うために慎重な様子で外を確認し始めた。
「お前さんも逃げた方がいいんじゃないか?」
外の様子をうかがう三人を確認しつつ、ギムレットは私に問いかけた。
「そういうわけにはいかない。私も一緒について行く」
「はい?」
今度はギムレットがあっけにとらえられた顔をしている。
私も驚かされたのだからこれでお互い様だ。
「一人より二人じゃないか。それに取り替えしたいものがある奴は何も君だけじゃないってことさ」
彼が本を取り返したいように、私も大切な杖を取られてしまった。確かに何事も命あってこそだが、そこに誇りがなければ死んだようなものだ。部族の想いが詰まった杖を強奪されたとしてもダイキリの皆は許してくれるだろうが、私が私を許せないだろう。
私の表情をどう読み取ったのかため息一つついた後、ギムレットは肩をすくめ言った。
「お前さんも大概だな……わかった。よろしく頼むぜ、相棒」




