第二章「旅の学者と盗賊」 1
戦争によって人はいくつかの変化を強いられた。その一つに交通事情があげられる。
戦争終結の直前に発動した『精霊』。高名な精霊学者のべ20人によって組み上げられたその術式兵器は制御ができず、無差別に霊素を吸出し、吐き出すという欠陥を抱えていた。それのため戦場を中心として、大地は枯れ果てるか、破壊されるか、霊素の恩恵を受けるかの選択を強制させられ、様々な地方で混乱と被害をもたらした。
多くの者は住む町の復興ができず職をなくしてしまい、王都から出ているわずかな救援物資で明日へと食いつないでいるそうだ。
しかしそれでは耐えられない者もいる。そのような者は盗賊となり他人の物を奪い取るようになってしまった。彼らは街中で盗みを行うわけではなく、狩りをするように街道を行く一人歩きの旅人や、多くの物資を積んだ商隊などを襲うらしく、おかげで町の外の治安は最悪となってしまった。町の人々は盗賊たちが持ち帰る食料や資材で日々の生活をしのいでいるために文句は言わず、むしろ歓迎している場所さえあるそうだ。
おかげで戦後の交通事情は護衛を乗せた商隊馬車に乗せてもらうのが主になってしまった。最近では護衛費を負担してもらうといって法外な運賃料金を同伴者に負担させる商隊馬車もあるらしい。戦闘技術があれば護衛を兼任して商隊馬車に乗り込めるが、私はそこまで戦闘が得意とはいえないので素直に馬車の荷物となっていた。
「ここまで来ても草木の数が少ないか……」
荷馬車の荷となり、外を眺めていた私はため息交じりに肩をすくめた。
見渡せば山は褐色に染まり、大地はところどころヒビが入っている。私がいたダイキリのキャンプ地が現状一番ひどい有様だが、4日という移動ではさほど変化はないようだ。
ダイキリのキャンプから歩いて一日ほどで最寄の村までつき、そこで王都を目指すという商隊の荷馬車に乗り込み、揺られること三日。荒廃した大地に敷かれた心もとない舗装の道を荷馬車は進んでいた。
はじめの目的地は商隊の行く先でもある王都エイトワーズ。予定ではそこで情報を集めて各地に赴いてみようと私は考えていた。
「なあ、あんた。旅は初めてかい?」
向かいの席から声をかけられたのでそちらに視線をやると、深緑色のローブを着込んだ青年が、何が面白いのか笑みを浮かべながらこちらを見ていた。格好は上等なもののにも思えるが、本人の顔は私と同い年か、もう少し下に見える。
「そうだが、それが?」
「あー……いや、気を悪くしちまったんなら、悪い。俺はギムレット。見てのとおり旅の学者だよ。……とはいってもこれの旅が初めてでさ。なんだか不安でね」
ギムレットと名乗った青年は照れているのを笑ってごまかしているのか、「いやー、まいった」と一人でつぶやいている。旅の学者といったが、深緑のローブのせいで呪術師や精霊使いの類に見えなくもない。笑っている顔はただの青年なのでなんだかちぐはぐした印象を私は受けた。
とりあえず、だんまりも悪いだろう。向こうが名前を名乗ったのだし、私も名前を彼に名乗り、簡単に自身の紹介をした。
「―――――というわけなんだ」
「なるほど一族の掟で大陸巡りか。目的は違えどお互いやることは同じってわけだな」
「ギムレット、君も大陸を巡るつもりなのか?」
「ああ、俺はお前さんと違って自分からってわけじゃないけどな。恥ずかしい話、師匠にお前はもっと人を学んでこいって追い出されたんだよ。……あー、思い出しただけでも頭痛がする」
まいったまいったと、ギムレットは肩を竦めた。
その動作があまりに慣れた風だったので、初めて話をする私でも彼とその師匠との関係はなんとなく伝わってきた。どうにもこのギムレットという生徒はその師匠からするに優等生というタイプではないのだろう。それでもこの時勢に旅に出させるあたり期待を持たれている逸材なのかもしれない。
「人を学ぶ? 学者だといっていたが何を勉学しているんだ?」
「ははは……あまり、ちょっとそこは突っ込んで聞かないでくれ。あまり聞こえのいい学問じゃないんだ」
ギムレットは勘弁してくれといわんばかりに私から視線を外し、話題を変えた。
「あー……なんだ、そういえばお前さん目的地はどこなんだい?」
初対面の相手だしいろいろあるのだろう。私は内密にしなければならない学問に興味を持ったものの、ここは引き下がり、彼の話題に乗ることにした。
「一応、王都エイトワーズにいこうと思っている。まずはそこで各地の情報を集めてみて今後の行動を決めようかと。ギムレットはどうなんだ?」
「俺も、同じく王都にいくところなんだ。人がいるって行ったらやっぱり王都だろ?」
王都エイトワーズはルコアル大陸東に位置する都市のことだ。
戦争前より貴族達が中心に政治を行っている長い歴史の街で、その名のとおり奴隷区、市民区、工業区、商業区、学生区、貴族区、政治区、魔女区の八つの区で構成されている。魔女区にすむ魔女がこの王都の最大の権限を持っており、話によれば精霊に語りかけることで未来をも見透かす力を持っているらしい。
もっとも戦争以前から魔女というのは迷信でしかなく。王都の象徴的な扱いにされているだけというオチも押さえておかないとエイトワーズは語れない。でなければ戦争を起こし、この現在の惨状を引き起こすはずがない。
「一つ提案なんだが、せっかく目的地も、目標も同じなんだ。よかったら王都に滞在する間、一緒に行動しないか? 見ても、話しても、あんたは信用できそうだ」
ギムレットは何故か得意そうな顔で切り出してきた。まあ、たしかに私も一人きりでの行動は不安なところもある。ありがたい提案だ。問題はギムレットと名乗るこの男が信用できるならばというところだが。
私は試しに彼に質問を投げかけてみた。
「その提案はうれしいが、君は私のどこを見て信用できると?」
「んー、このご時勢に武器を持っていない」
……言われてみれば、武器になりそうなものなど肩にかけている長杖ぐらいだ。
「正直、話しかけたのもそれが理由ってわけだ。このご時勢に武器を持たない、それに自分でいっちゃアレだがちょいと怪しい俺の話も聞いてくれた。おまけに踏み込まないところは踏み込まない礼を持っている。もう一つつけるなら俺はちょっとばかり悪人を見つけるのは得意でね、あんたはどうみても悪人には見えない」
「すごい褒められようだな」
「短い会話だがそれだけ俺はあんたを評価してるってことさ」
カラカラと笑う青年に私はそれなりに良い印象を覚えた。私の旅の装備から人柄を読み取った洞察力もかなりのものだろう。この不安定な時勢に大陸一巡などを命ぜられるのも分かる気がする。
「ちなみにギムレット、私は君をいまいち信用していないのだが」
ある程度は信用が置けるとは思うのだが、最後にすこしだけ意地悪を言ってみた。
「あー、そうだよな。確かに俺のほうはまだ信用に足りないか」
うんうん、仕方ない。と、ギムレットは少し思案したようだ。
まじめに考えているように見えるが、眉間にしわを寄せている顔を見るとどこか演技のようにも思えてくる。ややあって、文字通りへの字に曲がっていた口を緩め、彼は自分の荷袋から一冊の本をとりだした。
「そういうことなら信頼の証として俺が持っている二つある宝のうち、こいつをお前さんに貸してやるよ」
そういってギムレットは厚手の革表紙の本を私に差し出した。受け取って見ると表紙には『国のありかた』と書かれている。作者は書いていない手製の本だろうか。
「この本は?」
「俺の師匠の本だ。もう飽きるぐらい読んだし、興味のある場所はもう暗記しちまったしな。師匠のところに帰るときまでに返してくれりゃいいぜ。お前さんは一族の長になるために旅をしているんだろ? なら読んでおいて損はないはずだろ」
集団の最大の規模が国というものだ。ギムレットの言うとおり、国のあり方やそのあり方を目指す思想を学ぶことは今後一族を率いるものとして役に立つかもしれない。
「ありがとう。それじゃこれはありがたく借りさせてもらおうか」
私は礼をいって本を借りることにした。なかなかの厚さの本だ、あまりゆっくり読んでいると王都までには読みきれないかもしれない。だが、私の本への興味はギムレットの手によって一時的に阻まれた。
「で? で! これで信用にかなったか?」
どうよと子供のような顔でこちらを見てくる。私はため息ひとつギムレットの手を払いのけ、ページを開くことにした。
「ギムレット、君も私と同じで武器を持っていないだろ。なら信用に値すると私は思うが?」
「あー……、なるほど。そっちね」
こうして私の読書は騒がしい男の解説付きで、にぎやかに始まったのだった。




