第五章「魔女と勇者の血脈」1
夜も幾分か経ち、数刻前まで騒いでいた人も、明日に備えて休み始めたのだろうか。賑やかだった商業区も今では落ち着き、道ゆく人もまばらだ。
そんな静まり始めた道を、私はリヤカーを上下に跳ねさせながら進んでいる。
石畳の道は細かな凹凸が多く、進むたびにリアカーは縦に揺れ、否応なしにその手応えが返ってくる。
時折大きな揺れが起こり、私はその度、リアカーに積んでいるものが心配になり振り返る。なんといってもリアカーの台には、先ほど気絶したガリアーノがぐったりと倒れているのだ。流石に貴族を落とすわけにもいかない。私は彼の無事を確認し、再びリアカーを引き始めた。
あの後、私たち5人は気絶したガリアーノの扱いに困り果て、話し合いの上、いったん貴族区へおかえりいただくことにした。
送り届けるメンバーはリアカーのけん引役として私、ギムレット、ガフ、道案内にマティーニ、ガリアーノの容体が急に悪化したときのためにシャンディの計の五人。
ガリアーノは完全に気を失っており、ぐったりとしている。そのせいで誰も背負うことができず、とにかく移動させるためにと、馬車の余った底の部分と木材を組み合わせて即席のリヤカーを作り、私、ガフ、ギムレットの三人で交代しながら貴族区を目指すことになった。
「マティーニ、本当に大丈夫だろうか」
「大丈夫、貴族区に繋がる区間所まで行って、あそこの見張りに引き渡しておしまいよ」
そういうマティーニの意見に対し、ガリアーノを気絶させた犯人と勘違いされないだろうかと、やや気がかりが残るが、あの場には王都で薬をばら撒いている連中に接触するための餌である粉末のアブジンスキーがあったので、それはそれで問題があるだろうし、最悪、それを見た彼が敵になることも考えられる。悩ましい選択肢だが、王都侵入初日に貴族を敵に回す可能性は少ないほうがいいとだろう。
ややあって、私たちは区間壁にたどり着いた。
区間壁は文字通り各地区を区切る壁。その外観は私の身の丈の三倍ほどだろうか、王都の外壁ほどではないものの、かなりの高さを有し、梯子などの道具がなければ乗り越えることは不可能だろう。
「ここから先が貴族区か。なるほど、近くで見るとすごい壁だな」
「精霊術に耐性がある死霊銀を混ぜた素材で作ってあるそうよ。ま、貴族区に精霊術ぶっ放す馬鹿なんてそうそういないでしょうけども―――さて、着いたわね」
この王都の貴族は各地区の管理や政の執行など、王都の重要機関を担っている。彼らが死んでしまえば王都に様々な弊害が起こるのだろう。そのための壁、それとこの区間所なのだろう。
区間所は各地区を分ける壁に設けられた関所のようなものだ。壁に人や馬車が通行できる程度の穴を通し、その穴のそばには簡易的な駐在所が置かれてる。そこに王都から採用された兵士が常駐し、各地区への人の出入りをチェックする仕組みらしい。
「止まれ! この先は貴族区になる。お前たち見たところ商人のようだが貴族区への通行許可証はあるのか?」
駐在所から武装した兵士が一人出てきて声を上げる。
私たち五人は兵士の指示に素直に従い、その場で立ち止まった。
この行動で敵意無しと理解してもらえたのだろう、兵士も警戒を緩めた。
「いいえ、通行許可書はないわ。用事はこの区間所によ」
それを確認したマティーニが兵士に用件を告げる。
兵士は一度首を傾げた。
「どういうことだ?」
「どうもこうも貴族様が商業区にやってきて、あたしの店で突然気を失ったのよ。さすがにほっとくわけにもいかないからここまでつれてきたってわけ」
「何を訳の訳の分からないことを」
「いいから、ちょっとこのリアカーを見なさいって」
そういい兵士を促し、荷を改めさせるマティーニ。
促された兵士は怪訝そうな顔でリアカーに近づいてくる。そして荷台を覗くこむと同時に突拍子もない声を上げた。
「げぇ!? が、ガリアーノ様!?」
リアカーの荷台に乗った貴族を見れば、誰だって同じような反応をするだろう。
兵士は驚き、一度荷台から飛び退いたあと、それでも恐る恐るもう一度荷台をのぞき込み、本人であると判断したのだろう、安否を確認する為に顔を触ったり、首に触り脈を計ったりし始めた。
「た、確かに気絶したガリアーノ様だ……」
「ね、わかったでしょ。こいつをそちらに預けておくから、こいつの家まで連絡して引き取って頂戴」
「分かった。すぐに遣いの兵士を出す。だがすまない、事情を説明するために君たちにはここで残っていただきたい」
「む……」
予定外の流れにマティーニは眉を潜めた。本来ならこの件はガリアーノを預けて、完了の予定だったのだが、少し方向性が変わってきた。
あんまり貴族たちに接触しすぎてマティーニの存在がばれでもしたら面倒なことになるだろう。しかし変に断るのも兵士にあらぬ疑問を生まれてしまうかもしれない。
「いやいや団長、俺たち悪いことしたわけじゃないわけですし、ちゃんと話をしていきましょうよ」
ギムレットが流れに便乗しようとマティーニに進言する。
キャラを作ったつもりなのだろうが、いつもの本人を知っている分、絶妙に胡散臭い。
「あんたはどう思う?」
マティーニは私にも意見を求めてきた。
「そうだな……」
数度やり取りをしただけだが、ガリアーノの人柄はおよそ察しがつく。
ここで家に返しても、明日になれば目を覚ました彼が私たちの店までやってくるだろう。
そして、下手すると今日の二の舞の可能性もある。そうなっても面倒だ。
少なくとも彼にかかわる人には話をしっかりつけておいたほうがいいだろうし、先ほど懸念も、よほどの友人でも出てこなければ十年前の彼女と今の彼女を結びつけることは難しいだろう。
「団長、私も彼の意見に賛成だ。明日また現れて同じように気絶されたら確実に疑われるだろう。それでは我々が王都にきた意味がなくなってしまう」
「それもそうね。それじゃ兵士さん、私たちは事情を説明するためにここで待つことにするわ。
外は冷えるから、中に入ってもいいかしら?」
「ああ、構わない。それじゃあ遣いのものを手配する。君たちは中でくつろいでいてくれ」
そういうと、兵士はあわただしく駐在所に戻り仲間たちと話を始めた。
その後を追い、リアカーを駐在所に置き、私たちが気絶したガリアーノと共に駐在所に入ることにした。




