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ルコアル精霊譚  作者: 鏡読み
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第四章「王都潜入」 7

 その後、日は落ち、大通りを歩く人々も市民から冒険者風へと変わっていった。飲食系の屋台は騒がしさに満ち溢れ、私たちの屋台の周りも、冒険者たちが行きかい、宿町で酒盛りであり、食事であり、活気に満ちた声が聞こえてくる。

 そんな喧噪の中、屋台に戻ってきたマティーニたちに、私とギムレットは先ほどあった出来事の報告をした。


「―――と、言うわけだ」

「確かにガリアーノって言ったのね。そいつは」


 我々の屋台よりも少し離れた場所で木箱を椅子替わりにして座り、私の報告を聞いたマティーニは考え込むように人差し指を折り、唇に近づけた。

 ギムレット、シャンディとガフもそれぞれ木箱に座り、同じく木箱に座った私の話を聞いている。


「ああ。知っているのか、マティーニ」

「今の姿は知らないけど、10年前はよく泣かしてやったわ。そっか、あいつ家を継げたのね」


 泣かされたのではないところが彼女らしい、とは黙っておく。

 話を聞き、思案していたギムレットが口を開いた。


「そのガリアーノって貴族。薬を売っていた使用人を処罰したんだろ。なら、信用できる貴族かもしれないぜ。接触すれば魔女区へ行く足掛かりになるかもしれないな」

「確かにそうね」


 王都における貴族とは政にかかわる人間のことを指す。40の家名から成り、その多くは王都の始まりを作り上げたメンバーだという。時代が流れ、腐敗した者は貴族から外され、空いた席を新たに才、財力あるものが座り、それが今日まで繰り返えされている。


「ガリアーノという貴族はどういった人物なのだ?」


 私はマティーニともつながりがあるガリアーノに興味を持ち始めていた。

 政を行う立場の人物とはどういうものなのか、処罰された使用人がそれでもなお名前を挙げる人物とはどういう人がなのか。

 マティーニは「そうね」と少し間を置き、私の言葉に返した。


「アタシとほとんど歳が変わらないはずよ。本名はガリアーノ・フラットロンガー。家としては200年ぐらい前にいろいろやらかして、力は弱っているから貴族としての立場は低い。小さいころはミュールと一緒によく遊んだわ。恐ろしくお人よしで、ばかみたいに真面目なやつでね。あんときから僕は男だから、当主になり家を継ぐんだってよく言っていたわ」

「なるほど。ギムレットの意見あるし、君の知り合いならば魔女区へ行くため協力も仰げるかもしれないな」

「アタシも、ちょっとはアテにできるかもとは思っているけど、どうかしらね。10年越しに会うと友人でも案外忘れられているものよ」


 なぜか私を見て呆れた顔になるマティーニ。

 私は何かしたのだろうか。


「なぜそんな顔をするんだ?」

「秘密。とにかく貴族と接触しないといけないわけだし、明日からはガリアーノの情報を集めてみるのもいいかもしれないわね」


 マティーニの意見に私とギムレットはうなずいた。

 話を聞く限りガリア―ノという人物は公正な人柄のようだ。何よりアブジンスキーを嫌っている節がうかがえる。ならば利が一致すれば協力を得られるかもしれない。


「すまないが、ここは今日トラブルにあった馬鈴薯料理の店でまちがいないだろうか」


 突然、屋台の方から声が上がった。

 若い感じだが、自信に満ち溢れた通りの良い声だ。

 対応するために私は木箱から立ち上がり屋台の中へと戻ることにした。


「そうですが、すみません。今日は料理は……ん?」


 そう話かけて思わず言葉を詰まらせた。

 そこには若い男が立っていた。緑のベレー帽をかぶり、小麦のような金色の髪を肩より少し上で切りそろえている。自信に満ち溢れた表情は彼の人となりを一瞬で理解出来てしまいそうだ。首を見るに体の線はどちらかというと細いのだが、それを誤魔化すようにやや余裕のある白を基調とした服と少し大げさな肩章。武器なのか装飾品なのかわからない剣は腰に掛け、刃を収めた鞘はひざ下ほどまで伸びている。

 このタイミングで現れる豪勢な格好の人物に心当たりがあった。

 いやいや、まさかと内心自分の考えを否定していると、男は緑のベレー帽を取り、頭を下げた。


「元ではあるが、僕の使用人が迷惑をかけてしまった。僕の名前はガリアーノ。勇者の系譜、今は王都エイトワーズの貴族が一人、フラットロンガー家の当主だ」

「は……?」


 内心の予想が当たったことに、それを否定していた脳が全力で拒絶反応を起こした。

 貴族の当主が直々に来るなんてどういうことだ。

 まさか、マティーニの情報がどこかで漏れた? それともアブジンスキーの持ち込みか? いや、しかしそれでも当主本人が出向くのは考えにくい。

 混乱している間にも、ガリアーノと名乗った男は顔を上げ、私の方をまっすぐ見つめた。


「その出で立ち、君が報告にあった迷惑をかけてしまった人だね。すまない。彼はもうここには近づけないよう約束しよう。それとこれは屋台の修繕に充ててほしい」


 そういい、銀貨を三枚、ガリアーノはカウンターに置いた。

 屋台の修繕どころか、もう一軒屋台が作れてしまう金額だ。普通、多くてもこの三分の一で充分だ。


「待ってください。さすがに多すぎます」


 そういって私は手を使い、銀貨をガリアーノの方へ送る

 ガリアーノは目を少し大きく開け、驚いた様子を見せた。しかし引けないものでもあるのか、銀貨を再び元の場所に戻してくる。


「そんなこと言われたのは、生まれて事の方始めてた。君は素晴らしい、僕は感動した。むしろそんな君がいる店を投資させてもらいたい」


 そう言い、さらに銀貨をもう三枚置いてくるガリアーノ。

 貴族という人種が私とはかけ離れていることを実感し、私は少なからず恐怖を覚えた。

 何か裏があるのか思わず勘ぐってしまう。

 さらにはどこで聞いたのか先ほどの事件もこの数時間で調べてきている。

 相手の意図が読めないこの場で、お金を受け取るのはまずい。


「結構です! そういうことはなさらなくても結構ですから!」

「いいから、いいから!」 


 幾重にも攻防は繰り広げられて、金の譲り合いという珍事は続いた。


「ちょっと、何遊んでいるのよ」


 騒ぎが続いたことを気にしたのかマティーニが屋台の中に入ってきた。

 その瞬間だった。彼女を見たガリアーノの自信に満ちた瞳が大きく開かれた。

 その瞳は揺れ動き、踊り、首から鳥肌のようなプツプツしたようなものが浮き上がっている。


「……ま、ま、ま?」


 絞り出すような声。先ほどまでのしっかりした語調ではなく、恐怖が読み取れる。

 見ればマティーニも目をぱちくりさせて、ポカンとした顔を浮かべている。

 その表情のまま、彼女は指を伸ばしガリア―ノに向けた。


「あら、ガリット久し―――」

「ビャッ」


 限界まで上下に伸ばした最後の一呼吸。すべての息を吐き捨てるような絶望の声。

 この声色に名前を付けることは私には難しいのかもしれない。

 形容しがたい声を上げ、ガリア―ノのは崩れ落ち、泡を吹いて倒れこんだ。


「マティーニ、彼に何をしたんだ」

「まだ、なにもしてないわよ」


 どう見てもマティーニを見て、失神したのだが何が彼にあったのだろうか。

 とにかくそのままにするのも良くはない。

 私はギムレットとガフに声をかけ、ガリアーノを屋台の中へと移動させることにした。

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