第四章「王都潜入」 5
私たちの馬車は天候にも恵まれ、予定よりも1日ほど早く王都のそばまでやってきていた。馬車で移動すること4日目、盗賊などにも出会うことなく行程は順調そのものだ。
馬車は直射日光避けるためにサテンの布をテントのように張り巡らし前方と後方を通気のために開けている。左右は座りやすいように台を上げ、私とギムレットが馬車の最後方を、私の奥にはマティーニ、ギムレットの奥にはガフ、シャンディと続く。上げた台のの中には馬鈴薯をはじめとした旅の荷物が用意され、さらに入りきらなかったものは麻袋に入れてそのまま空いた床に放置している。
「おおい、王都の入り口が見えてきたぞ!」
御者の声に、私は馬車の荷台の後ろから身を乗り出し前方を見ると、そこには地平を埋め尽くすかのごとく立ち並ぶ、淡黄色の巨大な壁。
王都エイトワーズが誇る不落の防衛壁。あの壁が森からはぐれ出でた魔物や外敵を防ぐので、王都の人間は安全に暮らすことが約束されている。そのため、あの土地で暮らすことは一種のステータスであり、旅をせず王都の中で一生を過ごすもの多いそうだ。
王都は中心に塔がありにそこが魔女区、その周囲を政治区、貴族区が囲む、そこからさらに二区を囲むように奴隷区、市民区、工業区、商業区、学生区が設置されている。
見れば壁の向こうにぼんやり角が生えたかのように塔の形を確認することができる。
あれが私たちの目的の場所である魔女区。旅人や王都でも一般人は立ち入ることすら許されたない王都の中枢。
私は荷台に戻り、元の位置に座った。
あと半日もあれば王都の門の前まで到着するだろう。
そのあとは商業区への入区審査。出店する店の内容、滞在期間、荷物の検査を抜ければ、出店場所を割り当ててもらえるという仕組みだ。
問題はこの荷物の検査。
私たちはアブジンスキーという違法薬物を持ち込もうとしている。
隠すには隠しているがもし見つかったら、それで作戦はすべて台無し、運よく逃げられれば良いものの、逃げられなかった場合は最悪首が飛ぶ。
「6台とも検問の荷物検査は大丈夫だろうか」
「それなら大丈夫よ。アブジンスキーはこの馬車にしか積んでいないわ」
私と問いかけにシャツとズボンのラフな格好をしていたマティーニはあっけらかんと返してきた。
私は思わず言葉を失う。
爆弾が私たちの馬車だけに積まれているようなものだ。
「ほかの面々はね、王都の商業区で馬鈴薯販売を行ってもらうし、アタシが魔女に戻ったあとにも、義賊の活動がとがめられないようにしないといけない。アタシが払えるリスクはアタシが払う」
胸を張り、マティーニは言う。
言っていることは立派だが、少なくとも馬車にメンバーは巻き込まれていることになる。
「マティーニそういうことはギリギリに言わないでくれ」
「あら、あんた以外は知っているわよ」
私が回りを見回すとギムレットをはじめとして、ガフ、シャンディと皆うなずいた。
どうやら知らなかったのは本当に私だけらしい。
「……なぜ、こんなことを?」
「あんた、絵に描いたように真面目じゃない。こっちのほうがよく眠れたでしょう」
「ああ。ただ、そういう気づかいは今度から無用だ」
カラカラといたずらを成功させたように笑うマティーニ。
その笑みにわずかに口をとがらせ苛立ちを覚えるが、考えてみれば彼女のアイディアにうなずけるところあるのも事実だ。一度だけの荷物審査で済むという利点、また、ここで失敗をしても、ほかの団員を巻き添えにしづらいという利点、本来はマティーニ以外の馬車に、薬用の馬車を作っておくのが、彼女を王都の魔女に戻すという目的に対しては正解な気もするが、そこは彼女の性格なのだろう。
「ちなみに、薬はどこに?」
「内緒。まあ、アタシに任せておきなさいって」
髪を揺らし胸を張るマティーニに私は不安を覚えるが、もう検問まで時間がない。
どうやら彼女を信じていくしかないようだ。
それから馬車は数時間を経て、王都の検問前までやってきていた。
王都への入り口は、我々の馬車を2台荷台重ねても通り抜けられそうなほど、かなり大きな作りで出来ていた。
その入り口の隣には詰め所だろうか、小さな扉が壁に埋め込まれている。
「そこの馬車。王都へは何用か?」
馬車が近づいてきたからだろう、詰め所から鉄の鎧を着こんだ男が現れる。手には彼の伸長とほぼ同じサイズの槍。私よりも年齢が高そうではあるが、遠巻きながらもわかる精悍な顔つきはしっかりとした訓練を積んでいる証だろう。
「行ってくるわ」
そういってマティーニが馬車から下りる。
「ええ、今年は馬鈴薯がたくさん実りまして、調理し販売できればと思いまして」
「え、そ、そうか」
男が一瞬ひるんだ。
うっかり忘れてかけていたが、マティーニは世間のところ美人の部類にあたる。
旅の商隊の代表が女性というだけでも珍しいのだが、彼女のような人間が出てくるとは思わなかったのだろう。
「はい。馬車の中には馬鈴薯、調理器具、調味料と、販売員、設営管理、調理師の面々。あと旅のための我々の生活品がいくつかあります。以上をもって馬車六台の商業区への入区の許可をいただきたく思います。よろしくお願い致します」
「うむ、ならば一度検品するため全員を馬車から降ろしてもらいたい」
「わかりましたわ。ただ一つお願いが……馬鈴薯は日を当たるのを好みません。村を出てから今日まで馬車の木箱や麻袋に入れて大切に運んで着ました。ここで水泡に帰すようなことにはなりたくないのです」
「わかった。ならば馬車の中からは出さずに確認しよう」
馬鈴薯の中にアブジンスキーを隠したのだろうか。あの薬は確か液体で、ガラスの酒瓶の中に納まっていたはずだ。やや暗く、馬鈴薯が迷彩するとは言えさすがに見つかってしまうのではないだろうか?
「大丈夫よ。見つからないわ。彼が知っているアレはこの馬車にはないもの」
シャンディがそうつぶやいた。
私は首をひねったが、これ以上考えても自分にできることはなにもないだろう。
「みんな! 馬車から降りて! 荷物の検品に協力してちょうだい!」
マティーニの掛け声で私は馬車から降りた。
ギムレット、ガフ、シャンディも馬車から降りていく。御者やほかの馬車の面々も次々に降り、無人の馬車が六台出来上がる。
それを見た兵士の男も一度詰め所に戻り仲間を5人連れてきて、指示をだし、それぞれの馬車を確認させた。
ややあって、最初にマティーニと話した男が布袋を手に馬車から降りてきた。
「これ以外、怪しいものは見つからなかった。尋ねるがこれはいったい何なのか? 塩や砂糖の類にには見えない」
「それは除湿のお守りと言いまして、中にはカビに弱い粉が詰められているものです。馬鈴薯はカビに弱く、その粉はさらにカビに弱いものになります。先にこの布袋がカビにやられた際にすぐに換気を行い掃除を行えば馬鈴薯が無事に運べるという祖母の知恵から生まれたものです」
「粉の内容は? 違法な薬物ではあるまいな」
「小麦粉です。お疑いになるなら、舐めます? カビが生えているかもしれませんが」
「……いや結構だ。協力感謝する。馬車六台の王都の入国を許可する」
私の近くでそのようなやり取りをし、無事に王都への入れることが決まった。
馬車に戻り、元の位置に座ると、マティーニは一度私の方を見て、いたずらが成功したような子供のような笑いを浮かべた。
「どう? 迫真の演技でしょう」
「ああ、見事な猫かぶりだった。結局アレはどこにあったんだ?」
「あの憲兵が手に持っていた布袋の中よ。成分抽出して粉にしておいたの。一般的に出回っている薬は液体だしね、あの憲兵が知らないのも無理はないわ。……それよりも猫かぶりってどういうこと」
「言葉通りのつもりだが」
「もう!」
膨れるマティーニを横目に改めて思った。
確かに私がその情報を知っていると何かしらの気配でばれてしまう可能性があったわけだ。
少し納得しがたい部分もあるが、とにかくこれで王都に入れる。
ここからが大変なことになるだろう。まずはゆっくり休み旅の疲れを癒せればいいのだが。




