第四章「王都潜入」 3
昼食を兼ねた試食会ではシャンディが手際よく調理を進めていた。
馬鈴薯の皮を包丁で剥き、包丁の角を使い芽を取り除く。
そのあと加工しやすいように丸みを切り取り、四角くそろえていく。切り取った馬鈴薯の端は柔らかくなるまで茹でて、叩き潰し、塩を振ってペースト状にするようだ。
四角い馬鈴薯は縦横と、包丁を入れていき四角いスティック状にしていく。
それをカリカリになりまで油で揚げ、こちらも塩を振り塩味を足しておく。馬鈴薯は熱を与えると甘みを帯びる性質があるので塩との相性は抜群だ。
「はい、おまちどさん。熱いから気を付けて」
「ありがとう。さて、どうだろうか」
シャンディからペースト状の馬鈴薯と、スティック状の馬鈴薯を受け取り、私は早速試食を行った。油で揚げた馬鈴薯を口に運ぶ。揚げたてゆえに少し熱いが、カリカリとした触感に馬鈴薯特有の甘味、そして追いかけるように塩味が口の中に広がり、一度広がった甘味をさらに引き立てる。見事な出来栄えだ。
続いてペースト状の馬鈴薯。こちらは柔らかく、頬張れば頬張るほどに甘味が口の中に広がり、塩気が邪魔にならないアクセントになっている。バランスのいい甘味と塩気の波状攻撃、無限に食べることが可能かと錯覚するほどにあっさりと平らげてしまった。
文句なく美味い。しかし、気になった点を私はシャンディに感想を伝えた。
「見事なものだ。馬鈴薯の甘味がよく出ていて、かつ塩の存在で甘味、塩味の相乗効果が生まれ、素材のうまみが増している。ただ気になることがある」
「分かってる。あんまり味が変わらないのよね。基本、馬鈴薯と塩だから」
改めて器にわずかに残ったペースト状の馬鈴薯をスプーンでかき集め口に運ぶ。
確かにうまいのだが、先ほどの油で揚げた馬鈴薯と材料、調味料が同じゆえに味に大きな違いが出てこない。
「そこが課題なの。王都にいい食材があればいいのだけど。あなた、確か遊牧民の出でしょう? 何かいい食べ物知らないかしら」
シャンディに尋ねられたので、私は思案を巡らせた。甘味塩味と来ると次は酸味……ただしピクルスとは違う方向性も良さそうだ。となると甘みもある果物。
「例えば、干したグレープやアップルなどを入れてみるのはどうだろうか」
「以外ね……いや、なるほど、フルーツならば揚げ馬鈴薯とは差別化が図れるし、干してあれば水気が増えてべちゃべちゃになるのも防げる。なるほど、なるほど……王都に行けたら調達をしてみようかしら」
どうやらいい刺激になったみたいだ。じっとペースト状の馬鈴薯をにらみながらシャンディはぶつぶつと果物の名前をつぶやき始めた。
思考の邪魔をしては悪いと思い私は、もう数本揚げた馬鈴薯を器に移し座れそうな場所を探した。
「おお、相棒! お前さんも馬鈴薯目当てか」
「ああ。そういうギムレットもずいぶんと食べているな」
地面に座っていたギムレットに声をかけられた。そちらを見ると彼は両手がいっぱいになるほどの巨大な器にペースト状の馬鈴薯を山盛り抱え、手を止めることなくそれを食している。
シンプルなゆえに永遠に食べれそうな魔性のバランスの味付けの虜になったのか、みるみる山が消えていく。その体のどこに消えていくのだろう。
「一度、王都に向かうとなったら腹いっぱいに飯なんか喰えねぇものな。今のうちに食いだめておかないと」
「ギムレット、あんたには負けないっすよ」
今度はガフが両手にギムレットと同じ器、同じ量のペースト状の馬鈴薯を二つ持ち現れた。
ギムレットの前に乱雑に座り、一心不乱に食べ始める。
「おお、なんだなんだ! ガフと新入りが大食いで対決か! おおいみんな集まれ! 面白いもんやってんぞ」
外野の男性があおり始め、ぞろぞろ観客が集まり始める。
あっという間に二人と私を囲むように円が出来上がっていた。
「ふふふ、食い意地でこの俺に勝てたヤツは生まれてこの方で出会ったことはないんでね」
「この勝負、必ず勝つっすよ! 勝って俺は、男になるっす」
お互い啖呵を切り、よくわからない因縁の下、唐突に大食い勝負が始まった。
周囲の野次馬はやれ騒ぎ立て、いつの間にか私は給仕として二人に馬鈴薯を運ぶ羽目になっていた。
「うおおおおお!」
「負けねぇっす!」
叫び声と共に豪快に書き込む両者。器は物凄い勢いで積み上がり、大食い対決を盛り上げていく。
離れたところではシャンディをはじめ料理に覚えのある者はフル回転でジャガイモを叩き潰していき、私はそれを片っ端から運び続けている。そうして届けられたペースト状の馬鈴薯は二人の手によって高速で腹に納められていく。どれだけ食べるのか器は互いに10を超えていた。
「さあ、さあ、賭けた賭けた! ガフか、ギムレットか!」
しまいには賭け事にまで発展してしまった。何を賭けているのか、あちらこちらか、両者の名前が上がる。
「アタシはギムレットよ! さあ、食べなさい!」
義賊団の長の声まで聞こえてきたがするがあまりの忙しさに確認する余裕もない。
あわただしいまま時間が過ぎていき、さらに二杯、三杯と器を重ねていく。
「くっ……ガフ、あんたさん、なかなかやるねぇ……」
「そういう、ギムレットこそ、やるじゃ、ないっすか……」
そして、ほぼ同時に、両者はスプーンを止めた。
その表情は戦士の顔つき。荒く息を吐き、震える腕をなだめようとしている。あれは極限まで胃袋に馬鈴薯が入っている状態、もはや頭は馬鈴薯を拒絶し、胃は隙あらば吐き出そうという究極の地点。己をだまし苛め抜き、次の一すくいを口に運び込むタイミングを見図っているようだ。
器の個数は互角。食べた量もお互い遜色はない。
勝敗はこの一口、どちらか先に口に運べるか。
「ほらほら、ちょっとシャンディも賭けなさい」
「ちょ、ちょっとマティ押さないで」
いつの間にかマティーニに押されて、シャンディが円の中に入ってきた。
周囲の観客はなぜか突然しんと静まり返り、シャンディの言葉を待っている。
私も空気を読み、静かに彼女の言葉を待った。
「えっと、じゃあ、ガフに賭けるわ。負けないで」
その言葉にガフがピクリと動いた。
「ぐ、うおおお……!」
「おい、ガフが、ガフが動いたぞ!!」
「うおおお、いけーー、ガフ! 男を見せてやれー!」
あの状態から、極限の状態から全てを奮い立たし、自分を出し抜き、ガフはスプーンを口に運びこもうと動き始めた。
盛り上がる観衆。行くのか、行けるのかと私も思わずかたずを飲み込む。
観客すべての視線がガフに集まっている。
そんな中、彼は気合と共に口を開いた。
「うおおお……! おぉぉ―――……」
そしてどさりと音がした。
観衆の期待の中、ガフはスプーンを落とし、空気が抜けるような情けない声と共に前のめりに倒れていった。
ドッと周囲からため息が漏れる。
「さてと、それじゃ俺はこんぐらいで」
ガフが倒れたことを確認し、ギムレットはスプーンの先に少しつけたペースト状の馬鈴薯を口に収めた。勝負はここに決着した。
「勝者はギムレット!」
最初にあおりを入れてきた男が円の中に入ってきて、ギムレットの腕を持ち上げる。
「うおおお、あのギムレットって新入り、ガフを倒したぞ」
「やるじゃないか新入り!」
「ガフには悪いが、俺はギムレットに賭けたぞ」
「これで不死身伝説は続くってわけだな」
ある者はため息を、ある者は賭けに勝った喜びを、各々の感想を声にあげながら、大食い大会は幕を閉じた。
「う、ううう、悔しいっす……今度こそ、この勝負に勝って告白しようと思っていたのに、うぷ」
ガフが心の底から苦しそうに声を上げていた。
隣ではギムレットがすがすがしい顔で横になっている。
しかし、ここまでして誰に告白するつもりだったのだろうか。少し気にはなったが、さすがに本人に直接訪ねるというのは無遠慮というものだろう。それに敗者に下手な慰めは不要、私は器のかたづけを始めていった。
「まったく、不死身のガフは更新ね。あ、手伝うわよ」
片づけをしているところにマティーニから声がかかった。
持ち切れなかった器を何杯か一緒に運んでくれるようだ。
私たちは器をシャンディの元へ器を下げに移動する。
「不死身の、とはなんなんだ?」
「ガフの二つ名よ。あいつ告白でがきないと次の任務どんだけ大けがおっても生還するのよ」
「難儀な話だな」
「ええ、まったく。でもいい験担ぎになったわ」
普段のような竹を割った笑いではなく、力を抜いてどこか遠くを見るようにマティーニは微笑んだ。
明日からは一世一代の勝負に出るのだ。彼女からすれば10年近く準備してきた大切な戦い。緊張がないわけではないのだろう。
ガフには悪いが、彼女の表情を少しでも余分な重圧がほぐれたのなら、これはこれでよかったのかもしれない。
「ちなみにガフはいったい誰が好きなんだ?」
「……あんた、あの流れを見てわからないの?」
私の言葉にマティーニは目を半目にし、呆れた顔で私の言葉に返してた。




