第三章「ストレガ義賊団と商隊の裏事情」 5
自らより巨大なものは、普通、人間が相手にするものではない。
もし相手にしなければならない場合、それは攻略の手順を知り、その準備をしたうえで初めて拮抗あるいは対抗、もしくは攻略ができる。
逃げることを前提に置いた彼女の判断は正しい。
ゴーレムに向かい合う形で私、ガフ、マティーニの三人は構えている。
距離にしてこちらが10歩、向こうが3歩ほどだろうか。
ほぼ三倍ある体型差から考えて何もせず逃げ出した場合、全員が無事という確率は低いだろう。
危険な話ではあるが、ここはなんとかヤツを無力化しないといけない。
「俺が様子見で行くっすよ! マティーニ姐さんは援護を頼んます」
「わかったわ。無理は無し。いいね!」
そう言葉を残してガフはショートソードを一本抜き走り始めた。
そのままゴーレムの側面に回り込むように走り始めて、投擲。だが剣は岩の体に突き刺さらず、乾いた金属音が響き渡る。
「こっちだぜっと!」
さらに二本、ショートソードを取り出し打ち鳴らす。
敵の注意をガフ自身に向けさせるつもりのようだ。
しかしゴーレムはというと、音には全く反応を示さない。
ガフの攻撃に脅威も興味も沸いていないのか、私たち二人の方から視線をはずなさず、そちらのほうに振り向こうとは全くしない。
「……たぶんこいつ音が聞こえないのね」
「敵は音が聞こえないとしても、こちらは剣が通らない。たぶん私の槍もダメだろう」
「そう、ならやっぱりアタシがやるしかないわね! 燃えろ!」
言うが早いか、マティーニは右手をゴーレム向け伸ばした。次の瞬間、その岩石でできた巨体は炎に包まれ全体が燃え上がる。岩が燃えるなど普通ではありえないのだが、炎をつかさどる霊素を操作して発火させているのだろう。
「これでどうだ!」
「――――――っ!!」
ゴーレムの巨体から雄叫びのような巨大な音が響き渡る。
同時にまるで水を振り払うかのようにその巨体を振りまわりたゴーレムはマティーニの炎を振り払った。
「何ですって! アタシの精霊術に抵抗した!?」
マティーニが驚愕したのを隙と見たのか、ゴーレムから巨大な腕が私たちに振り下ろされた。
「危ない! 避けろ!」
私とマティーニはそれぞれバラバラに横に飛び、振り下ろされた巨大な腕をかわす。同時に地響きと地面が縦に揺れたのかと錯覚するような衝撃、頬を殴られるような風圧。
想定以上の衝撃に体がふらつく。ここで転倒でもしてしまうとまずい。
私は膝を着き、倒れることは避けマティーニの様子をうかがった。
「マティーニ、無事か!」
「そっちこそ! 次、来るわよ!」
腕を引き上げ、もう一度大振りの一撃。
攻撃のモーションは大きく、攻撃を予測、回避するだけなら何とかできる。
次は私のみに狙いを定め、こぶしは広げたまま腕を振り下ろしてきた。
私は大きく下がることでその巨大な腕を回避する。
「くっ……!」
再び、地面からの強い衝撃と風圧で足元をすくわれそうになる。
剣も精霊術も効かない。このままではこちらの体力がつきて、やられてしまうかもしれない。
勝たなくてもいい、こちらは相手の行動を無効化するために手を打たなければ。
ふと脳裏にマティーニとの出会いがよぎる、あの時彼女は氷をも操っていたはず。
「マティーニ、ヤツを凍らせることはできないのか! 足だけでもいい、歩けなくしてしまえばこちらの勝ちだ」
「言うじゃない。あいつ精霊術に大きな抵抗力を持っているみたいで、アタシならやってやれないことはないけど時間がかかるわ」
「どれぐらい持ちこたえればいい」
「三分……いや、一分頂戴! ありったけの食らわせてやるわ」
一分、短いようで長い時間だ。
だが、それ以外に思いつく手が閃かないので、試すしかない。
私は声を上げゴーレムの背後まで回ったガフに確認を取った。
「ガフ、聞こえたか! 時間を稼ぐ!」
「おっす。ちょうどそっちはは正面、こっちは背面。反時計回りで側面を挟撃し続けるっすよ」
「わかった!」
そういうや否や私とガフは右周りに走り始めた。
私もそれに習い、右周りに走り始める。
「――――――っ!」
再び私に狙いを定めたゴーレムの腕が上がる。
どういうことだろうかと私は考えてしまった。
私やマティーニを狙う理由、ガフにはない私とマティーニの共通項。
失策だった。余計なことを考えたためか、聞いたことのない太い風切り音にすぐに対応ができなかった。先ほどよりもゴーレムの腕の動きが加速している。
「うぐっ」
一瞬、反応が遅れたと気が付いてからすぐに飛び跳ねたので、直撃こそ免れたが、すぐ横で巻き起こった暴風が体を殴打し、私は吹き飛ばされた。
「たまにはこっちもどうすか!」
ゴーレムの攻撃とほぼ同時。敵に隙ができたと判断したガフは、ショートソードの腹をゴーレムにたたきつけていた。
先ほどの投擲で斬撃は効果が低いと想定したのだろう、打撃として効果が上がるように剣を両手に変え、持ちで思い切り殴りつけている。
先よりも、より重い金属音が鳴り響く。
「痛っ……! って、ん……?」
打ちどころが悪かったのガフは痛がり手を放ししている。
その時、私は奇妙な光景を見た。彼の使っているショートソードは岩を滑るように、落ちていったのだ。
なんだ今のは。
「ガフ離れて! そいつの足元氷漬けにしてやるわ! さあこいっ! 氷よ、壁となれ! 箱となれ!」
不可解な光景の検証、考察はは彼女の声ですべて吹きとんだ。
ゴーレムの足元から乾いた異音が響く。冷気が生まれ、その余波の冷たい風がこちらもにも吹いてくる。
「――――――っ!」
再び強大な体躯を左右に揺らしながら氷の術からもゴーレムは脱出を図ろうとする。
「甘いわ、甘い、私を誰だっとおもっているのよ。同じ手は二度は通用しないわ! おりゃああ!」
気合の入った彼女の声と共に、ゴーレムの凍り始めていった。
事前の準備のたまものなのか、氷結は足、脛、膝の順に徐々に進み、続いて太もも、腰と進み始める。
さらに振り払われないように厚く、幾重にも氷結現象が重なっており、さながら氷の箱のようにゴーレムを足から腰まで封じ込めていった。
「――――――っ!!」
上半身だけ暴れ始めるゴーレム。
しかし、人と同じ構造をとっている以上、上半身だけではまともに移動することすらままならない。
「よっしゃー! さすが姐さんっす! 今のうちにずらかりましょう! あんたも起きるっす」
ガフが大きな声を上げならこちらに駆け寄ってくる。
目的の薬草は手に入れているわけだし彼の言う通り早く逃げたほうがいいだろう。
私も起き上がり、ガフと共にマティーニのそばへと歩いて行った。
「さすがにここまでとは思っていなかった。本当に精霊術なのかこれは」
「ええ、この森の氷の霊素をありったけかき集めてやったわ。いくら抵抗力が強くたって、あそこまでやってしまえば動けやしないでしょう」
「そういうのはいいっすよ。今のうちに逃げましょうぜ!」
「ええ」
私とガフがマティーニはとにかくこの場から離れることに――――。
「――――――っ!!」
鈍い打撃音。まさかと思い私たち三人はゴーレムを振り返る。
ゴーレムは自らの体を自らのこぶしで砕き始めていた。
「どういうことよ!」
「まさか、人型だからといって、人と同じように自分の体を大切に使うわけではないのか」
「ちょっと、あのゴーレム上半身と下半身二つに分けやがったっすよ!」
私たちがそれぞれ反応している間にゴーレムはその上半身を砕き、そのまま地面に転がりこんだ。
そしてその上半身の周囲からどういう原理か、新たなゴーレムの下半身が作り上げられていく。
どうやらそう簡単に逃がしてくれるわけではないようだ。
「マティーニ、あいつを全身凍らせるにはどれぐらい時間を稼げばいい?」
「雪山を探して誘導したほうが早いわ。あの氷の箱がこの森一帯の氷の霊素なのよ。これ以上はできないわ」
「どうするっすか! うう、こんなことなら出発前にちゃんと告白しておくんだった」
「しっかしなさいガフ。大丈夫よ、あんた前々回の遠征もそんなこと言って乗り切ったじゃないの」
下半身が元に戻ったゴーレムを眺め私たちに絶望感が漂う。
手に嫌な汗を感じ始めてきた。自分の呼吸を確かめ、まだまだ動けることを確認する。
仕切り直しだ。とにかく今は生き残るために考えないと。




