第二十一話
第三クオーターももうじき終わるという頃、ようやくリミッターを外した男が一人。
コート中央に立つ木兵海波である。
小さく息を吐くと、その顔から笑みが消えた。
それを見て何かを感じ取ったのか、カズは軽く前髪をかき上げるとスッとサインを出した。
右手の親指と小指を立てるそれは、仲間内にしか通じないサイン。
(親指と小指・・・・・・今まで使ってないから、ノブさんと上松さん・・・・・・?
いや、でももうあのサインに信用は・・・・・・)
「おい」
俊介がそのサインからパス役を割り出そうと頭を回転させているのを、海波が声をかけて止める。
「な、何でしょうか。
今ちょっと・・・・・・」
考えている最中、という前に、海波はぼそっと呟いた。
「・・・・・・え?」
「まったく、もう少し考え方を変えろよ」
そういうと海波は俊介から離れて行った。
(・・・・・・それを信じろと?)
俊介は海波の一言を半信半疑で受け止めていた。
だが考えている間に試合は再開する。
信じて・・・・・・みるしかないか。
ノブのドリブルから上松、カズへとボールが回され、どんどん攻め込んでくる。
そしてもうじき3Pラインという位置でボールを受け取ったノブ。
そこからパスのモーションを一気に変え、ゴール下まで切り込んできた。
「くっ!」
サインから「パス役はノブと上松」と思っていた竹内はそれに反応できず、ゴール下への侵入を許してしまう。
そしてその一瞬の隙にノブは床を踏み切り、ゴールリングへと跳躍する。
そこは妨害のない無人のゴール、のはずだった。
「!?」
ダンクを決めようと手を伸ばすノブには、ぴったりと俊介が張り付いていた。
虚を突いたタイミング、そして自慢のスピード。
その上先程から行っている「偽造サイン」で自分をパス役だと送ったのに。
ということは。
まさかと思いつつノブはいったんボールを戻し、ダブルクラッチへと移行する。
パン、とそのボールの軌跡をあっさりと叩かれる。
ボールを奪っていったのは海波。
一瞬だけノブと目を合わせ、すぐに敵陣へと斬り込んでいった。
二人がかりでマーク!
それはつまり。
(俺がパス役じゃないと確信してたのか!)
一人だけならまだしも二人がかりできっちりと止められた。
それの意味するところはすなわち、
サインを読み切られた、か。
ダムダムとドリブルで突き進む海波。
立ちはだかるはカズ。
進む角度を変える海波にピッタリと着きながら、カズは口を開いた。
「サイン・・・・・・読まれたかな?」
「いいや、読めてないからどんどん続けてくれ」
海波はそんな軽口を叩きながら不意に止まったり加速したりとカズを抜きにかかる。
「クッ、抜かすなよ」
カズもそう言いながら海波のマークを外さない。
ダン!と左手のドリブルから一気に加速!
と見せかけて、ボールを自分の足の間を通して右手に持ち替え、同時にドリブルの向きを右に切り替える。
それに付いていくカズ。
の、足の間を通して再び向きを切り替える海波。
一度抜かれ、そしてやり返したその屈辱の技、股抜き。
「二度は通じんよ!」
カズはそこから一気に身を翻し、自分の股を抜いたボールをキャッチしようとしている海波の左手に手を伸ばした。
キャッチしたら、同時に叩く!
そう、キャッチしたら叩かれる。
だから、海波は、そのボールを、トンと弾いた。
左手から自分の足の間を通して右手に、そしてカズの足の間を通して左手に。
そして、それに反応してきたカズの身体を避けるように、トンと弾いて再び右手に。
バスケットのドリブルは両手で交互に付いてもファールにもバイオレーションにもならない。
そのルールを存分に利用した切り返しフェイク三連続!
バランスを崩したカズは、鮮やかに抜き去って行った海波にもう追いつけない。
海波は左手でボールを持つと豪快にダンクをたたき込んだ。
ズダァン!
悠里ヶ丘OB 44-39 新生悠里ヶ丘
ゴールを決めた海波はカズとすれ違いざまに呟いた。
「・・・・・・左手後方が野伊、右手前方があんた、かな?」
「・・・・・・・・・・・・正解だよ」
間を置いた後、カズは答えた。
悠里ヶ丘OBのサインは指で出していたのではなく、出していた手とそれを突きだす方向!
複雑なパス連携を武器とする悠里ヶ丘としてもパスルートは確定していなければ仲間内で混乱が起きる。
だから、あらかじめパス役を決めておき、それが看破された時新たなサインで変更してきたのだ。
同時に、パス役も2人から1人に変わる。
本来秘密にしておきたいパスルートを、指の偽造サインで相手に公開することで意識を誘導し、実のサインでかき回す。
そうやって敵のペースを乱して勝ってきた。
今までも、全国大会でも!
サインの看破に加えてサシで鮮やかに抜かれたとあっては、さすがにカズの表情からも笑みが消えた。
「俺たちのパス連携は芸術だ。
「魅せて勝つ」という俺の信条にぴったりだったし・・・・・・。
まぁ、パス役が見抜かれただけでは止められない連携だしな」
「ああ、そうだな。
しかしあの連携だけで勝ち抜いてきたというわけではあるまい。
個々の実力もあってこそだ」
カズは海波の余裕そうな言葉に小さく舌打ちをする。
「・・・・・・まさかパス連携を読めたからと、うちを攻略できた気ではいるまいね?」
「いや、攻略ってのは勝って初めてしたと言えるものだろう。
これから、させてもらう」
海波はやはり余裕そうに答え、その場から立ち去った。
「海波さん」
自陣に戻ると周が海波に話しかけてきた。
「しゅんくんに聞きましたよ。
サイン、読み切ったんですか?」
「ああ、まぁな」
「やっぱすごいなぁ、海波さんは」
休んでいた分自分も頑張らないと、と周は呟く。
そんな周に海波は。
「しかし、お前も結構着いて行った方だろう?
サインが読めないにしては」
そう聞いた。
周はキョトンとした表情で答える。
「だって、作戦が読めないのって普通じゃないですか。
ならいつも通りにバスケをするだけですよ」
確かに、バスケとはそういうものだ。
サインを提示されたからと、その解読に躍起になって、それは相手に振り回されているも同然。
それは確かに普通とは言えないかもしれない。
「ああ・・・・・・、やっぱりお前はバスケが大好きなんだな」
「はい、もちろんですよ」
えへへと周は笑い返した。
「・・・・・・俺ももっと楽しまないとな」
試合再開。
エンドラインの外からカズがボールを中に入れ、それを受け取ったノブが野伊にパスを回
パァン
「・・・・・・ん?」
回ってきたボールを両手で受け止めようとした野伊。
だがボールはその手に収まる前に停止した。
横から伸ばしてきた、海波の手によって。
「な」
「に!?」
野伊が反応するよりも速く、その外側をくるくると回りながらドリブル。
ゴールに背を向けた状態からジャンプし、回転する勢いで正面を向いてシュート。
そんなバランスも何もあったものではない体勢から放たれたシュートは、一度ボードに当たった後、リングを通過した。
悠里ヶ丘OB 44-41 新生悠里ヶ丘
ワッと会場が沸いた。
「やった!海波さん!」
「さすが」
「ホント!すごいですね!」
応援に来ていた子供たちもはしゃぐ。
そんな中、恋二は一人呆けたように見惚れていた。
ダブルロールターン自体は恋二もやったことのある技だ。
練習の時からいつも頭の中で描いていた理想の動き。
それを理想通りの動きで、そして理想以上のスピードで、現実に目にしたのだ。
「・・・・・・すげぇ・・・・・・」
応援に来ていたはずの彼だが、思わずそれも忘れて見入っていた。
あまり彼らしからぬ態度だが、バスケ好きな子供としては正しい姿かもしれない。
「俊介」
「え?はい」
試合再開する直前、海波が俊介に何やら呼び掛ける。
そしてぼそぼそと何やら伝えると俊介はそれに頷き、両者は離れて行った。
同時に、海波はちらっと周に視線を合わせて、後ろ手にチョイチョイと合図を送る。
「・・・・・・んん?」
何事?と周が近寄ったところで吉田からカズへとボールが回り始めてしまった。
再び悠里ヶ丘OBサイドからスタート。
カズはノブへとボールを回す。
そしてそのノブの正面には俊介が。
一気に抜き去る、と思ったが俊介はスッとノブの正面から退き、吉田へのマークに付いてしまった。
代わりにノブの正面へと現れたのは・・・・・・。
何度も向かい合った組み合わせ、海波だった。
スッと身を低くして構える。
向かってこいよ、と言わんばかりに。
そこまでされて黙っているノブではない。
ダムダムとドリブルで海波との距離を詰める。
そして。
一瞬で海波の手がノブのボールへと向かってきた。
パッとボールを扱う手を変えてそれをかわすノブ。
一瞬の攻防の後、ノブは海波を抜き去った。
「・・・・・・よし」
散々煮え湯を飲まされてきた海波に一矢報いた!
そう思った直後、パァンと、その背後から現れた周の手にボールを叩かれた。
(こ・・・・・・いつ・・・・・・!!)
散々かき回して、挑発もしてきて、挙句に自分を囮に仲間にボールを奪わせるとは!
おちょくった様な戦術!
だが・・・・・・紛れもなく上手い戦い方!
ギリッとノブは悔しさに歯を食いしばり、だがすぐに海波のマークに付く。
こぼれたボールを拾ったのは竹内。
そこからまろんへとボールを送り、まろんは海波へと繋ぐ。
ボールを受け取り、一気に攻めてくるかと思ったがそこで海波の足が止まる。
その正面にはカズ。
後ろからマークに付くのは、ノブ。
「なっ!?」
悠里ヶ丘のエースと副部長が二人がかり!?
響と凛菜も、観客も思わず見入る展開!
全国区の悠里ヶ丘OBが二人がかりで相手をする価値があると判断されたのか!海波という選手は!
そして、そこから彼がどう切り抜けるのか!
一瞬後の彼の判断に注目が集まる!
それだけの注目が集まっていたというのに、
彼がシュートモーションを取っているということに気付いたのは、ヒュッという音が聞こえた後だった。
そこはまだ、3Pラインの外。
彼らをかわすか、彼らに止められるかという攻防を期待していた観客にも、チームメイトにも、そして当のノブとカズにも、シュートというのはまだ頭には無かった。
それを差し引いても速すぎる電光石火の3Pシュートは
綺麗に
リングの真ん中を通過した。
「 え ?」
一瞬遅れて反応するカズと
そして、ワァッ!湧き上がる観客たち。
点差が変わると同時に第三クオーターの終了を告げるブザーが鳴る。
悠里ヶ丘OB 44-44 新生悠里ヶ丘
ついに同点!




