第十六話 体育館試合
ガラガラ、と体育館のドアを開け、一足先にノブ達が入ってきた。
見渡すと壁際や2階部分の観客席に数十人の生徒達が待ち構えていた。
もちろん生徒でない人もちらほら見える。
「うお、高橋展也だ」
「猪山和人もいるぞ」
「ホントに今日うちで試合やるんだなぁ」
そんな声がそこかしこから聞こえる。
もちろん「きゃー!」という黄色い声援も。
そしてその中で得点板やバスケットゴールの設置をしている人が数人。
その内の一人と目が合った。
彼は作業を他の人に任せるとノブ達の方へとやってくる。
珍しくスーツではない影山先生だった。
「やぁ、みんな、元気そうで何より」
「お久しぶりです、コーチ」
ススッと歩み出たカズが先生と握手を交わす。
続いて他のメンバーも。
「君たちがまたここでバスケをしてくれる日が来るとは思っていませんでした。
シンジがいないのは残念ですが」
「ま、元々あの大会を最後にバスケをやめると言っていましたけどね」
吉田の言葉に頷く先生。
それは分かっていたことだが、それでも残念そうだった。
「まぁまぁ、コーチ。
それでも今日は退屈させませんので、よろしくお願いしますよ」
そんな先生を見かねたのか、カズが明るい調子でそういう。
それを見て先生や他のメンバーにも笑顔が浮かぶ。
カズがムードメーカーと言われる所以だ。
と、彼らの後ろから新たに6人がやってくる。
周たちだ。
くるっと振り向いたノブ達と目があう。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
周とノブは暫し無言のにらみ合いを続けた。
やがて先生が口を開く。
「さ、入って準備するといい。
奥にスペースが取ってありますよ」
「はい」
先生に促され、ノブ達は体育館の奥へと進んでいった。
そしてその後から周たちが体育館へと入ってくる。
「こんにちは、先生」
「ああ、こんにちは、斉藤さん」
ぺこりと頭を下げた周に、先生も頭を下げる。
続いて俊介と竹内も、他のメンバーも。
「今日はこのようなチャンスを与えてくださり、ありがとうございます」
「いえいえ」
周の挨拶に先生は軽く手を振って答え、代わりにメンバーの顔を順に見ていく。
「ふむ、バスケが好きそうな顔をしていますね」
その言葉に一同は顔を見合わせ、キョトンとする。
「まぁ、どうぞ中に。
そちらにスペースを用意してありますので、ご自由に利用してください」
「ありがとうございます」
周は再び頭を下げ、メンバーを引き連れて指定されたスペースへと向った。
「・・・・・・つかぬ事を尋ねますが」
と、先生の声にピタッと脚を止める海波。
「・・・・・・どうも見覚えがあるのですが、君はどこの選手でしたかな?」
その言葉に海波は軽く振り向きながら答えた。
「全国的に無名の選手ですよ。
それにあなたとは初対面ですね、影山コーチ」
「・・・・・・」
そして海波は軽く頭を下げ、周たちの元へと向った。
「・・・・・・まぁ、どのような選手か楽しみですね」
先生は一人呟くと、コートの準備へと戻っていこうとした。
「あの・・・・・・」
「はい」
不意に呼び止められて振り向くと、そこには響と凛菜、そして恵たちがいた。
「私、スポーツ雑誌「月間バスケットNEWS」の大学バスケ担当、北本響と申します」
「お、同じく峰岸凛菜です」
2人は揃って名刺を差し出した。
「ああ、あなたたちの雑誌、いつも読ませてもらっていますよ。
彼らの活躍がよく書いてありますからね、特にノブの。
教師をしているとあまりスポーツを見に行く時間はありませんから、助かりますよ」
「はい、ありがとうございます。
あの・・・・・・影山修治元コーチでいらっしゃいますね?」
響が頭を下げながらそういう。
凛菜も慌てて頭を下げた。
「ええ、そうです」
「ノブく・・・高橋選手達の今のご活躍をどう思いますか?」
「ふふ、彼らは立派に成績を残してくれています。
誇りに思っていますよ」
響の質問に先生は笑顔で答えた。
「では、私も準備をしなくてはなりませんので」
「ああ、では最後に一つ」
響はレポート用紙を構えながら続けた。
「今日の試合、やはりOBのメンバーに勝ってほしいですか?」
先生は笑顔のまま答えた。
「今日対戦する斉藤周さんと林田俊介君は、私が担任しているんですよ。
彼らの情熱を見ていると頑張って欲しいとは思います」
そして先生は笑顔のままだが、不意に空気が変わった。
「でもね、OBは私が育てた最後の子たちで、もっとも高い成績を残してくれました。
私は彼らに勝ってもらいたい。
いやむしろ・・・」
スッと軽く眼鏡を直した。
「彼らが勝つと思っています」
「・・・・・・そ、そうですか」
「では、私はこれで。
近藤さん達も今日は彼らの活躍を見ていってあげてくださいね」
先生は軽く頭を下げると、最後に響たちの後ろに見えた恵たちに声をかけ、コートの準備に戻っていった。
「・・・・・・せ、せ、先輩・・・・・・。
あ、あの人なんか怖いです・・・・・・」
「お、落ち着きなさい、凛菜。
言葉が震えてるわよ」
「先輩も震えてますよ・・・・・・」
凛菜の指摘に、響はコホンと咳払いをしてごまかした。
「さすが、全国まで選手を導いた監督は迫力が違うわね」
「で、ですね。
怖くて写真取れませんでした」
「それは次の機会に回しましょう」
「はい・・・」
それだけ言うと、響は手ごろな観客席を探し始めた。
が。
「あの・・・」
「はい・・・あ、君たち」
後ろから蓮井くんに声を掛けられる。
「今言ってた・・・その・・・・・・、「全国まで選手を導いた監督」ってどういうことです?」
おそるおそるといった感じで蓮井君が聞くと、響はキョトンとする。
「あら、知らなかったの?
悠里ヶ丘のバスケット最強時代のコーチをしていたのが、あの影山修治さんよ」
「あのノブくん達の育ての親でもありますから、失礼な態度は取れないですよ」
凛菜も力強くそういう。
その言葉に、恵たちは顔を見合わせた。
「・・・・・・影山先生が・・・・・・」
「最強時代のコーチ?」
「・・・・・・ま、マジで?」
「「「えええええ!?」」」
ふと、周、俊介、竹内が大声を上げた。
「・・・・・・驚きすぎだろ。
知らなかったのかよ」
その様子を海波があきれた様子で見ていた。
「いや、でも・・・ええ!?」
「・・・影山先生がコーチとは・・・」
周と竹内が信じられないように繰り返す。
「雑誌にも取り上げられてたんだぞ。
「悠里ヶ丘を全国上位まで導いたコーチ」ってんで」
「いやぁ・・・でも・・・・・・ねぇ?しゅんくん?」
周が俊介にも同意を求めるように聞く。
と、そこには地面に両手をついてうなだれている俊介の姿が。
「・・・・・・気づかなかった・・・・・・。
あの頃の雑誌は何度も読み返していたはずなのに・・・・・・」
「落ち込みすぎでしょ」
麗奈が俊介の肩を叩きながらそう言う。
「・・・・・・でもなるほど、通りでOBとの試合がスムーズに決まったわけだ。
元コーチのお願いならOBも集まるだろうし。
集まるんなら偉い人たちも「じゃあ任せてみようか」ってなるし・・・・・・」
立ち上がった俊介は納得したように頷く。
「いやぁ、でもびっくりだよ。
だって影山先生って私たちの担任だよ?」
「え、そうなの?」
周の言葉に今度は海波が驚く。
「担任の過去知らな過ぎだろ」
「だって話してくれなかったし・・・・・・」
「そういえば部活の顧問もやってないって言ってたね。
あれはバスケ部が無くなっちゃったからだったんだ・・・・・・」
俊介は今更ながら納得する。
通りで人柄のいいあの先生が何の部活の担当もしていなかった訳だ、と。
「うーむ、意外なところで紡ぎ出された先生の過去」
「ですねぇ」
周の一言にまろんも頷く。
「・・・ってことは、あの先生は向こう贔屓になるんじゃない?」
「う、応援してくれないかな、先生・・・・・・」
麗奈の一言に周が軽く落ち込む。
が、すぐに立ち直った。
「でも勝てばこの体育館で練習できるんだよね。
全国まで行った悠里ヶ丘OBが練習した、この場所で」
「・・・・・・そうだな」
竹内も頷いた。
「よし、決めた!」
ぐっと握りこぶしを作りながら周は声を上げた。
「この試合に勝ってここで練習できるようになったら、影山先生にコーチになってもらいましょう!」
「今から何と前向きな・・・」
海波が苦笑いしながら言う。
「でもまぁ、それくらいの気力は必要だよな」
「だねぇ、プレッシャーなんか押し返してやらないと」
麗奈も左手の拳を右掌に当てながら自分に気合を入れる。
そして全員が笑顔で向き合った。
「よし、私もう一つ決めたわ」
「何を?」
俊介が聞き返すと周は飛びっきりの笑顔で答えた。
「今日の私たちのチーム名は「新生悠里ヶ丘チーム」よ!」
「何だそれは・・・」
竹内が突っ込みを入れる。
続いて周はノブ達の方に向って声を上げた。
「そしてノブさん達のチーム名は「旧・悠里ヶ丘チーム」ねー!!」
「なんでお前が決めてんだー?」
「しかも旧ってなんだよ!」
わずかに遅れてノブと吉田からそんな返事がくる。
そのやり取りに会場中から笑いが聞こえた。
お互いのチームには苦笑いが浮かんだが。
「よーし、気合も入ったところで身体ほぐしますか!」
パンパンと自分の頬を両手で叩きながら周がコートに入る。
「すみませーん、ボール貸してくださーい!」
そして準備を済ませたらしい先生たちにそういうと、ボールが一つ飛んできた。
「ありがとうございまーす!
よーしみんな!練習よ!」
周はそう言ってそのボールを俊介に投げた。
「うん、行くよ!」
受け取った俊介は笑顔で周に返した。
「俺たちも行くぞ」
「あいよ」
「おう」
「はいです!」
海波の言葉に、麗奈、竹内、まろんも続く。
同時に体育館中から周たちへの応援が飛んできた。
「頑張れよー!新生悠里ヶ丘!」
「先輩達に一泡吹かせてやれー!」
「頑張ってー!斉藤さーん!」
「負けるなよ林田ー!」
野澤さんと蓮井くんの声も聞こえる。
「周ー!負けるなよー!」
「絶対勝ってねー!お姉ーちゃーん!」
子供達の応援も聞こえる。
「よーし、頑張るぞー!!」
「「「「「おーう!!!」」」」」
こうして、周たち「新生悠里ヶ丘」はウォーミングアップを始めた。
「・・・・・・フッ、相変わらずだな」
一方のノブもスクッと立ち上がる。
「・・・俺たちはすっかりアウェーか?」
「す、少しはいるだろ、味方」
上松の言葉に、吉田が頭を掻きながら言う。
「まぁまぁ、味方がいないなんて、全国での初試合の時はそうだったじゃないか」
そんな二人にカズが声をかける。
それにノブも賛同する。
「そうだな、あの時はこんな感じだった」
フッと一同に笑顔が浮かぶ。
そこには、過去にあった同じ状況を乗り越えてきたという自信がみなぎっていた。
「カズ、今日のリーダーはお前に任せていいか?」
「おう?それは俺が副部長だったからか?
いいんだぞ、今や知名度はお前の方が・・・」
「そんなんじゃねーよ」
キョトンとするカズにノブは言葉を続けた。
「・・・・・・俺は今日、あの白髪の女か、あの男とやるのに全力を出したい。
だから指揮を任せたいんだ」
「ほほぅ・・・・・・」
そんな一言を放ったノブを、カズはニヤニヤしながら見ていた。
「それほどの実力者とはぜひとも俺もお手合わせ願いたいものだ」
「まぁ、いざとなったらそれでもいいだろ」
そんな中、野伊が口を開いた。
「そしてそんな中的確な指示を出す俺。
さらにアシスト、得点も重ねる俺!
そんな俺に集められる熱い視線!(主に女性から)
これよ」
「・・・何が?」
親指を立てながらの野伊の電波な発言に上松が聞き返す。
もっともこういうやり取りも高校の頃は日常だったわけだが。
そして両者5分ほど身体を動かしたところで笛が鳴る。
影山先生が吹いたのだ。
そして。
「ではこれより!「悠里ヶ丘OB」対「新生悠里ヶ丘」の試合を始める!!」
その声は普段の授業中の姿からは想像できないほど気合が入っていた。
両チームとも即座に練習をやめてボールを片付け、コートの真ん中に集まった。
と、周が上履きと足首から重りを外す。
「・・・・・・周ちゃん、それ外すの?」
「うん」
俊介の言葉に頷き、周は外した重りを片付けてコートの真ん中に向かった。
「今日は始めから全力で行きたいの」
「・・・分かった」
と、俊介も重りを取り除いた。
「・・・しゅんくんも?」
「うん」
そして二人は笑顔で向き合い、共にコートの真ん中に列を作った。
「・・・・・・ん?」
ふと、麗奈が海波を見ながらいう。
「あんた、腕に何付けてんの?」
「ああ、これか」
海波の左腕には青い布が巻きつけられていた。
「試合の時にはいつもつけてた・・・・・・まぁ、まじないみたいなもんだ」
「必勝祈願?」
「そんなとこだ」
自分の左腕を見ながらそう言う海波は素っ気なく、だがどこか誇らしげに見えた。
さらにセンターラインを跨ぐように影山先生がボールを持って立つ。
どうやら今日は審判を務めるらしい。
「ではこれより試合を始める。
両者、礼!!」
「「「「「よろしくお願いします!!!」」」」」
体育館は再び歓声に包まれた。




