第三話
11月16日、日曜日。
周たちが試合の約束を交わした日だ。
試合は午後2時から。
昼食を食べてゆっくり落ち着いたあたりということで、だ。
「しゅんくん、準備できた?」
林田家に押しかけてきた周。
時刻は1時10分頃。
ウォーミングアップを兼ねていつもよりゆっくり目に走っていきつつ、1時30分頃到着するようにとこの時間になったのだ。
周が訪ねると俊介はまだ部屋にいた。
準備は出来ているようだが。
「何してるの?しゅんくん」
「あぁ、周ちゃん。
これ」
「?」
俊介はなにやら雑誌の一ページを広げて周に差し出してくる。
何?と思いつつそのページを覗き込むと。
「・・・・・・あれ?この人・・・・・・どこかで見たような」
「・・・・・・この間試合を申し込んできた人だよ」
「あ、ああ!確かに!」
俊介に指摘されてようやく思い出したらしい周。
あの日、ほんの少しだが華麗なドリブルを披露された相手だというのにもう忘れたというのだろうか。
「・・・・・・で、この人なんで雑誌に載ってるの?指名手配犯?」
「いや、なんで雑誌に載ってる=指名手配なのさ。
そうじゃなくて・・・・・・。
高橋展也、日本明工大学所属3年のバスケット選手だよ」
「へぇ~、大学バスケの。
あ、じゃあ笹塚さんとかと同じくらい強いのかな?」
かつて完封されたあのときの対戦相手、そのキャプテン笹塚昂冶。
あのときの試合の様子を思い出しながら周はそういう。
俊介は別の雑誌を取り出してきた。
「・・・今度は何?
うわ、結構古いね」
「僕が中学1年のときの雑誌だよ」
「え、何でそんなの取っといてあるの?」
「ほらこれ」
周の言葉に、俊介がやはり雑誌の一ページを広げて差し出す。
するとそこには同じ人物と思われる顔が。
「・・・・・・あれ?こっちにもいる?」
「周ちゃん、前に話したの覚えてるかな?
悠里ヶ丘高校が全国ベスト8まで勝ち進んだって話」
「うん、覚えてる。
でもそれは3年前の話で今じゃバスケ部も無くて。
だから私たちはわざわざ公園でバスケしてるんじゃない!
そうじゃなかったら文句言われる筋合いなんて無いのにぃ!ぷ~!」
「ちょ、落ち着いて周ちゃん!」
やはり不満があったのだろう。
その不満がなにやら急にぶり返してきて周は膨れてしまった。
俊介がそれをなだめるとなんとか怒りを納める。
「で?その人がなんなの?」
周が落ち着いたのでほっと一息つき、俊介は話を続ける。
「この高橋って人・・・・・・その時の選手なんだ」
「・・・・・・え?」
その言葉に周はキョトンとなる。
「つまり、この人全国レベルの選手なんだ。
・・・・・・どうしよう、今日連れてくるって言ってた人たちが皆全国レベルだったら・・・・・・。
大会の知らない観客の前でも悔しかったのに、ご近所さんの前で完封なんて・・・・・・ああもう・・・・・・」
頭を抱えてうなり始める俊介。
そこまで大勢が押しかけるわけでは無かろうに、少し大げさだろう。
「ねぇ、周ちゃん・・・・・・周ちゃん?」
そう同意を求める俊介。
周は雑誌を覗き込むように見ている。
その手が少し震えているように見えるが緊張してきたのであろうか?
「・・・・・・あ、周ちゃん、そんなに緊張しないで・・・」
「望むところだわ!!」
「はい!?」
周は雑誌を放り投げるとガバッと立ち上がった。
「なるほど、最強時代の先輩って訳ね。
バスケ部が無くなってさぞ嘆いたことでしょう。
しかし!ならばこそ!私達がどれだけ強いかしっかりその目で見てもらおうじゃないの!」
ぐっと力強く拳を作りながらそう声を上げる周。
「周ちゃん?周ちゃん?さっきの僕の話聞いてた?」
「もちろんよ!私たちの先輩に当たるんでしょ?
ちょうど寒くなってきたことだし、熱い刺激が欲しかったところだわ!」
「いや、そこじゃなくて、かつて全国のベスト8に入ったって」
「もちろん!相手にとって不足無しだわ!」
「いや・・・もちろん不足は無いけど・・・・・・」
「そうと分かれば早速皆にも教えてあげよう!
ほら!しゅんくん!ダッシュよダッシュ!」
「いやいやいや!ちょ!周ちゃん!?」
俊介が止めるのも聞かず、周は猛ダッシュで林田家を後にした。
俊介はしばらく思考が停止していたが、我に帰ると慌てて周を追いかけたのだった。
猛ダッシュで公園に到着した俊介。
予定よりも早く着いてしまった。
とはいえそれでも周には追いつけなかったわけだが。
周囲を見回すと結構なギャラリーがいた。
もっともメインは小中学生くらいから高校生だが。
コートの方に入るとなにやらカメラを持った人たちもいる。
どこで噂を聞きつけたのだろうか。
ちなみにコート内はまだ試合開始前ということもあって子供たちが練習に使っていた。
そして得点版と時間表示の機械をセットしている男がいた。
例の高橋展也だ。
その近くに見慣れぬ男が二人いる。
彼が連れてきた仲間だろうか?
「また高校生くらいのが来たぞ、ノブ」
「ん?あぁ、あれも対戦相手だ」
背の低い方の男が高橋展也に話しかけている。
ついでにノブと呼んでいるのは愛称だろうか。
「まったく・・・・・・まさか高校生くらいが相手とは聞いてなかったぞ」
続いて背の高い方の男が呟くように言う。
「まぁ、そういうな上松。
わざわざ公園占拠してバスケやるような物好きな連中だ。
楽しませてもらおうじゃないか」
「そうは言うけどよ・・・・・・。
大学バスケなら結構なレベルの奴らがゴロゴロしてるだろ」
「わざわざこの辺の高校生レベルを捕まえて試合なんてなぁ・・・・・・」
二人の男は不満そうだ。
ついでに背の低い方の男がチラッと女性二人組のカメラの方を見る。
「大体なんで北本さんと峰岸さんまで呼んだんだ?」
「あぁ、表向き地域の親善試合ってことにしてるからな。
「これがきっかけで高校生達にもバスケの情熱が芽生えるかもしれない」とか、宣伝になるだろ?」
「・・・・・・売名か」
「・・・・・・悪く言うなよ。
それに、もしかしたらいい金の卵が釣れるかもしれないだろ、吉田」
話しながらもセットが終わったのか、機械から離れるノブ。
吉田と上松も続く。
チーム名が「日本明工大」と「地元の高校生」となっているところにツッコミは無い。
「・・・・・・で、他のメンバーはどうした?
朧田はまだしもカズとか野伊は誘えば来そうなもんだが・・・・・・」
上松がそう聞くとノブは首を振る。
「シンジは連絡つかなかった。
カズと野伊は予定が入ってると」
「・・・・・・野伊はまた合コンか?」
「そこはまぁ触れてやるな」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ど、どうしたの?竹内君」
俊介が合流すると既に来ていた竹内が少し厳しい表情をしていた。
視線の先には上松がいる。
「あ~、身長が気になるの?
確かにあの人竹内君と同じくらいだよね」
周がそれを察したのか口にすると、竹内も頷く。
実際かなり高い。
「ああ・・・・・・バレーでもあんまり俺より背の高い奴はいなかったからな」
竹内はそういうと立ち上がってゆっくり柔軟を始める。
緊張しているのかもしれない。
「なるほど、経験したことの無い自分より背の高い人相手にどう戦えばいいのか悩んでるのね」
「いや、別に悩んでるって訳じゃないけどよ・・・・・・」
竹内はそう言い返すが口調にあまり説得力が無い。
「・・・・・・それにあれ、全国レベルなんだって?」
「あ、うん・・・・・・やっぱり周ちゃん話しちゃったか・・・・・・」
「あの身長見たときにも少し気になったが、そんなこと聞かされたらなぁ・・・・・・」
話しても他の人には黙っててもらうというのは周には無理なことだっただろうか。
もう少し早く気づいていれば周にも黙っていたかもしれないなと思う俊介であった。
しかし逆にまったくそんなこと知らずに対峙するよりはいいのではなかろうか。
ふと見ると周はいつの間にか子供達の中に入って練習している。
あまり緊張していなさそうな性格は今更だがうらやましい。
「お、おはようございますです」
「あぁ、おはようまろんちゃん」
まろんも来たようだ。
これで残るは麗奈だけだ。
「な、なんか人がいっぱいいますね・・・・・・」
「そうだね、思ったより多いかな」
「うぅ・・・なんか緊張しますです。
俊介さんは大丈夫なんですか?」
「え?」
十分緊張しているのだがまろんにはそうは見えなかったらしい。
俊介は笑いながら返事をした。
「十分緊張してるよ」
「そ、そうなのですか?」
まろんはなんだか納得いかなそうだった。
「・・・・・・恋二君、なんかさっきからカメラ見てない?」
修也がドリブルしている恋二に声をかける。
「ん、まぁな」
いいところでも見せようというのだろうか?
ふと、カメラがこちらの方を向く。
途端に今だとばかりにドリブルする恋二。
そして近くにいた子供をくるくるとターンでかわし、レイアップを決める。
「よし!」
とガッツポーズ。
あぁ、なんか格好つけたかったんだなと思った修也は苦笑いでそれを見送った。
「・・・・・・へぇ、今の小学生いい動きするじゃない」
「ですね」
椅子に座ってレポートを書いていた女性とカメラを構えていた女性が言葉をかわす。
「いいコーチでも付いてるんですかね」
「やっぱりノブくんじゃない?」
「ですかね~」
そんなことを言って盛り上がる。
実はこの二人、雑誌の記者である。
なのでカメラは動画ではなく静止画である。
レポート用紙とペンを構える黒髪ロングの女性が北本響、カメラを構える茶髪にメガネの女性が峰岸凛菜である。
響が先輩、凛菜が後輩、そして担当は二人セットで大学バスケだ。
そしてこの二人は何を隠そうノブの記事をメインに作る。
あまりにノブの写真と話を全面に押し出すのだが、出来がよすぎて会社の方も文句を言えないという状況なのだ。
もちろん他の選手の情報もちゃんと取っているし記事にもする。
比率で言えばノブ7、他3くらいで。
「にしても地域の親善試合とはねぇ。
他大学との試合の方がよっぽど盛り上がるでしょうに」
「でも先輩、そういう地域に尽くすって所もいいじゃないですか。
ここはノブくんの地元ですし」
「そうよねぇ、そういうところもいいわよねぇ」
きゃー!と盛り上がる二人。
周囲にいる子供達は何か面白いものを見るように眺めていた。
「・・・・・・で、相手の子達の情報は何か分かったの?」
「それが先輩、全然分かりませんでした」
「ちょっと・・・・・・高校担当の方に話聞いたんじゃなかったの?」
「はい、いろいろ資料とか写真とか見せてもらって気づいたんです。
私、対戦相手の事は顔も知らないな、と。
今日もこの中にいるんですかね?」
「・・・・・・ダメじゃない」
「ダメです、ごめんなさい」
「ふぃ~、時間までまだあるけど、少し急いだ方がいいかもねぇ」
麗奈は一人公園目指して走っていた。
寝坊したというわけではない、仕事が少し伸びただけだ。
だがまだ時間は20分以上ある。
十分間に合うだろう。
あと角を二回曲がれば公園が見える、という位置でふと立ち止まっている男とぶつかりそうになる。
「おっと」
ひょいっと避ける。
「失礼」
「いや、こちらこそ」
男が頭を下げてきたので麗奈もつられて頭を下げる。
「この先・・・・・・」
「はい?」
呼び止められたので振り向く。
「先ほどから走って人が向かってるんだが・・・・・・マラソンでもしてるのかい?」
おそらくそれは公園のバスケメンバーだろう。
もしくは観客。
「いや、この先の公園でバスケの試合をするんだよ」
「・・・・・・バスケ・・・・・・」
男がなにやら関心を示したような反応をする。
出会った手前そのまま立ち去れない麗奈は、ついでだとばかりに男を誘った。
「あたしも参加するんだ。
退屈させないから来てみなよ」
それだけ言って麗奈は立ち去った。
「・・・・・・バスケ・・・か・・・・・・」
しばらく立ち止まっていたがやがて公園に向かって歩き出した。




