第三十五話 結城まろん
「う~ん・・・・・・」
うなり声を上げながら、地図を片手に歩く少女が一人。
見た目は小学生くらいだろうか。
ショートカットのヘアに半袖シャツ、膝下までのスカート。
そんな服装に白の帽子がよく似合う。
きょろきょろと辺りを見回したかと思えば地図とにらめっこしたり。
傍目に見ている分には面白いかもしれない。
ふと、分かれ道に来た。
歩いていた道路から少し狭い道路が横に伸びている。
少女は地図を見て、周囲を見て、やがて狭い道路の方を指差す。
「こっちですね」
そして進行方向を変えて再びスタスタと歩き出す。
やがて少し広い道路に出る。
少女は左側にある建造物を視界に入れると再び地図とにらめっこし、ようやく目的地にたどり着いたことを認識する。
「到着です」
誰に言うでもない独り言をつぶやくと手に持っていた地図を背負っていた小さなリュックにしまう。
そして正門前に来ると、その敷地が目的地であることを再確認する。
「悠里ヶ丘高校・・・・・・間違いないのです」
いざ、正門を抜けて学校内へ。
時間は丁度部活練習の頃だろう。
初めて来た場所に少々戸惑いつつも進行する。
目的の建物はどこだろうかとキョロキョロしながら歩いていくと、やがてそれらしき建物が目に入る。
近づくと扉は閉まっているが、風通しを良くする為に付いていると思われる小窓が開いている。
そこからひょいと中を覗く。
しばらくじーっと覗いていたが、目的のものが無かったのか、目的の人物がいなかったのか、ふいっと離れる。
「ん~~、別の部活のようですね。
体育館はここだけじゃないのでしょうか?
それとも今日は練習お休みなんでしょうか?」
腕を組んで考え事をしながらそんなことをつぶやく。
「でも日曜日は普通練習しているものですよね~」
そうして再びキョロキョロ。
しばらくあちこち10分ほど探し回ったが他に体育館らしき建物は見当たらない。
「仕方ありません、事務の人に聞きましょう」
どうやら自力で探すのは諦めたらしく、事務室がありそうな校舎の入り口を探す。
が、どこもかしこも閉鎖されている。
「む~、おかしいですね。
どうしてどこもかしこも閉まっているのでしょう?」
ぐるっと再び10分ほど探し回った挙句そうつぶやく少女。
もし優しい誰かがそれを聞いていれば、それは今日が日曜日だからだよと優しく教えていたことだろう。
休日の悠里ヶ丘高校は事務室のすぐ近くの昇降口以外は閉鎖されている。
なので休日に校舎を利用する場合は、かならず事務室の前を通らなければならない。
そして事務室は一般校舎とは別の特別校舎の2階にあるのだ。
それを知らない少女は1階の昇降口だけをうろうろと見回っているので気づかなかったのである。
もし優しい誰かが先ほどの言葉を聞いていれば、きっと少女を事務室まで連れて行ってあげたであろう。
が、もっと優しい人であったならば、きっとその場で少女を目的地まで案内しようとしただろう。
しかし実際に案内することは無理なのだ。
なぜなら少女の目的地は学校内にはないのだから。
「残念です、ここなら間違いないと思ったんですけれども」
そうして少女は学校を後にする。
仕方がない、今日は帰ろうとリュックをあさったところで少女は地図を落としてしまったらしいことに気づいた。
地図を見ながら来た場所なのだ、地図を見ながらでなければ帰ることができない。
探しに戻るのが正しい判断なのだが。
「・・・・・・まぁ、大体覚えてます、きっとなんとかなります」
そうつぶやいて、少女は来た道とは正反対の方向へと進んでいくのであった。
「う~ん」
周は悩んでいた。
悩んでいたというか、考え込んでいたというか。
ベンチに座り、いつもの試合形式を見学しつつ休憩をしていたつもりが、いつのまにか腕を組んで考え込んでしまっている。
「・・・・・・どうしたの?周ちゃん」
そんな周に声をかけるのは俊介。
足の痛みはすっかり治まったようで、先ほども愛奈と組んで竹内&修也ペアと対戦していたところだ。
今コートで試合をしているのは竹内&大紀VS麗奈&恋二だ。
割と面白そうな組み合わせだと思われるし、先ほどから一進一退でなかなか盛り上がっている。
だというのに周はそんな試合に目もくれずに考え事をしているのだ。
俊介ならずともおかしいと思うだろう。
声をかけられてようやく俊介の存在に気づいたのか、周ははっと我に返る。
「あ・・・・・・ごめん、しゅんくん何か言った?」
「いや、どうしたの?って声かけただけだけど」
「そっか。
うん・・・・・・なんていうかね~・・・・・・傍目には分からなかったかもしれないけど、考え事をしてたのよ」
「そう、僕もそうなんじゃないかなと思ってたよ」
見れば分かるし、と心の中で付け加える。
「で、何を考えてたの?」
「・・・・・・しゅんくん、私たち今何人いる?」
突然何を言い出すのか、と思ったが聞いた手前答えておいた方がよいだろう。
そう思って俊介は答える。
「子供達が5人で僕たちが4人だから9人だね」
「う~んとね、とりあえず子供達は置いておいて。
私たちは何人でしょ~か?」
「4人」
「そう、4人なのよ」
そして再び「う~ん」と悩みだす周。
「・・・・・・えっと・・・・・・だから何?」
全く訳がわからずにそう聞く俊介。
すると周がバッと立ち上がる。
「4人なんだよ!?4人!!
バスケは5人でやるものでしょ!?
しゅんくんは気づかなかったかもしれないけど、1人足りないのよ!!」
「・・・・・・気づいてたけど」
「あ~も~!3人の時には全然気にならなかったけど、4人になるとどうも気になるのよ!
どうしてくれようこの気持ち!」
「・・・・・・バスケにぶつければいいんじゃないかな」
「・・・・・・なるほど、さすがしゅんくんだね」
ふと見ると、ちょうど試合は終わったところのようだ。
スピードとフェイクで相手を翻弄した麗奈&恋二が辛くも勝ったようである。
「フン、あんなチョコザイな抜き方をしてくるとは」
「フフン、引っかかる方がマヌケなのよ」
何やらお互いに不敵な笑みを浮かべながら握手を交わす竹内と麗奈。
何も知らない人が見れば一触即発状態に見えるかもしれないが、実際にはそんなことはない。
なんと言うか、これがこの2人の接し方なのだ。
最初のうちはお互いどう接したものかと試行錯誤していたようだが結局こんな形に落ち着いたのだ。
お互い相手の強さを認めているのだがあえて認めてないような態度で接する。
皮肉めいた言い方は実は褒め言葉だ。
先ほどの会話もお互いに見下したような言い回しをしているが、実際の言葉はこんな感じになる。
「フン、不意を突いてあんな抜き方をしてくるとはな、してやられたぜ」
「フフン、今回は上手く抜けたけど次はきっと止められるだろうね」
まぁ、考えようによってはツンデレというヤツである。
トゲがある言い回しをしつつも揉めたりしないのは、お互いがお互いをツンデレだと分かり合っているからであろう。
不思議な関係である。
「よし!じゃあ次は私が入る!」
「おう、周が入るか。
じゃあ、あたしは少し休むよ」
ぱたぱたと手で自分を仰ぎながら周とタッチを交わし、入れ替わりにコートを抜ける麗奈。
「じゃ、俺も少し抜ける。
林田、入ってくれ」
「あ、うん、了解」
周たち同様タッチを交わして入れ替わる竹内と俊介。
「えっと、じゃあ子供達は?」
「それなら、たまには僕が俊介お兄ちゃんと」
「・・・じゃあ、私が周お姉ちゃん・・・?」
続いて修也と真美もコートに入ってくる。
「よ~し、じゃあ行くよしゅんくん」
「うん、簡単には負けないよ」
そう言いあってコートの真ん中で向き合う二人。
先攻は周チーム。
「じゃあ、始めま~す」
審判役の愛奈が周にパスを出し、試合開始となった。
「う~ん・・・・・・疲れました・・・・・・」
ふらふらとおぼつかない足取りの少女が一人、公園へと入ってきた。
時間的に考えて、悠里ヶ丘高校から1時間近く彷徨い続けていることになる。
「ふぅ・・・・・・」
ちょうどいいところにあったベンチに腰を掛け、一息つく少女。
と、目の前に水道があった。
「水・・・水ぅ・・・・・・」
きゅいっと蛇口を捻り、出てきた水を口にする。
最近は大分暑くなってきたが、水には影響が出ていないらしい。
冷たくておいしい。
「んぐ・・・・・・んぐ・・・・・・ぷぁ・・・・・・」
水を止めると手持ちのタオルで顔を拭く。
「はぁ~・・・・・・少しは生き返りましたです・・・・・・。
・・・・・・それにしてもここはどこなのでしょうか?」
一息ついて冷静になったところで、再び自分の状況を確認する少女。
状況その1:暑い
状況その2:疲れた
状況その3:迷った
状況その1については、今しがた水分を補給したところなのでなんとかなるだろう。
その2もしばらく休んでいれば大丈夫なはずだ。
となると問題はその3。
だがこれも解決方法は簡単、地図を確認するか人に聞くかすればいいのだ。
「そういうわけなのです、何も問題は無いのです」
だから安心して休憩できるのだ、さすが自分。
ふと、遠くの方で声が聞こえた。
「?」
公園なのだから声が聞こえてもおかしいことは無い。
だが目の前の広場には誰もいない。
となると別の場所にも広場があって、そこで誰かが遊んでいるのだろうか?
もう少し耳をすませてみる。
「・・・・・・こっち・・・かな?」
少女は立ち上がり、声が聞こえたと思われる方に歩き出した。
やがて見えてきたのは背の高い草むら。
そしてその向こうには金網。
つるが絡み付いているので中は見えないが。
声はその向こうから聞こえている。
同時になにやら別の音も聞こえた。
走る音や、ジャンプする音や、そしてボールのような音が。
ばいーん
「ふべっ!?」
がこーん
「え?」
なにやら不思議な音が聞こえた。
と、金網を越えて何かが飛んできた。
黒くて丸い何かが。
接近してくるそれを凝視してようやく正体を理解する。
黒く見えたのは影になっていたから。
そして丸いのはボール。
「それもバスケットボールなのです」
ぽんっと手を叩いて答えを導き出す。
見事な推理なのです。
そうしてボールはまっすぐに、少女の頭を直撃した。
「みぎゅぅ!!」
ダンダンダン
ドリブルで攻め込んでくる周。
止めに入るのは俊介。
それをかわそうとスピードで右へ左へと揺さぶりをかける周。
ボールが手からすっぽ抜けることは無い。
見事なコントロールだ。
だがかなりのスピードによる揺さぶりにも俊介はついていく。
「腕を上げたね、しゅんくん」
「ほぼ毎日鍛えられてるからね」
きゅ
ずざざ
ターンで抜くと見せかけて突然ストップ。
そして真美へパスを出す周。
受け取る真美はドリブルでゴールへ接近。
が、止めに来る修也。
ドリブルをしながら隙をうかがう真美。
ターン、リターンを繰り返し、隙を突いて修也の上から周にパスを出す。
「ナイスパス!」
周から声がかけられる。
しかし、パスは通ったが俊介はまだ抜かれたわけではない。
「まだまだ!」
抜かれまいとついてゆく俊介。
周は着地後に数歩歩くとすぐにシュートモーションに移行した。
させるか!とばかりにジャンプする俊介。
右手から放たれる華麗なレイアップ。
それを止める俊介のブロック。
が、俊介の腕は空を切る。
周はボールを左手に持ち替えて回避したのだ。
ダブルクラッチ。
以前竹内との試合時に放った時は初挑戦だったので失敗したが、あれから何度か練習を重ねたのだ。
今度は・・・・・・失敗しない!
ヒュッとボールが周の手を離れる。
舞い上がったボールはリングの後ろのボードの角を直撃し、ばいーんと周の顔をめがけて戻ってきた。
「ふべっ!?」
全く避けようもなく直撃を受ける周。
周の顔から跳ね返ったボールは再び舞い上がり、今度はボードの上にがこーんと当たり、金網の外へと飛んでいった。
どしゃりと落下する周。
「だ・・・・・・大丈夫?周ちゃん」
「・・・・・・ふぇ・・・痛いよぅ・・・・・・」
涙目になりながらも、俊介の手を借りて立ち上がる周。
見ると心配そうな顔をしているのは俊介と真美くらいで、他のみんなは爆笑している。
特に麗奈が。
挑戦が初めてでないのと同様、失敗も初めてではないからだ。
とはいえ、これだけ派手な失敗も珍しい。
「う~・・・酷いよ笑うなんて・・・」
「だって・・・だって・・・くくくく・・・」
麗奈がお腹を抱えながらへたり込んで震えている。
もちろん大爆笑しているのだ。
「でもお前・・・・・・ホントに懲りないな」
そう言ってきた竹内に周は言い返す。
「懲りないもんっ!絶対自分のものにしてやるんだから!」
プンッとそっぽを向く。
「あれ?ボールは?」
愛奈の声に皆が周りを見回す。
「あれ?そういえば・・・・・・」
「誰か見た?」
子供達もキョロキョロ周りを見回す。
「さっき金網越えていっただろ?」
「みぎゅぅ!!」
竹内が答えたのと同時にそんな声が聞こえてきた。
「みぎゅぅ?変な声」
「あんたの「ふべっ!?」もヘンだったよ、ぷはははは・・・」
「ぷ~・・・」
周の言葉を茶化す麗奈。
周はその言葉に再び赤くなって膨れる。
「外から聞こえたな、行ってみようぜ」
恋二の言葉につられて皆で外に出る。
「・・・あ、ボール」
真美が真っ先に転がっていたボールを見つける。
そしてその先に。
「誰か倒れてるぜ?」
「ホントだ、ボールがぶつかったのかな?」
恋二の言葉で倒れている人を確認した俊介が近寄る。
そこには目を回した少女が倒れていた。
「だ、大丈夫かな・・・・・・?」
「とりあえずベンチかどこかに寝かせておいた方がいいんじゃない?」
愛奈の言葉に俊介が少女を抱き起こそうとする。
「いや、頭打ってたら動かさない方がいいと聞くぞ」
が、竹内がそういうのでどうしようもない。
「じゃあどうすれば・・・・・・」
「・・・ん・・・・・・」
と、少女が目を覚ます。
「あ、気がついたかな。
大丈夫?」
「う・・・・・・んあ?」
パチッと瞬きをすると少女がむくりと起き上がる。
「あれ?ここは・・・・・・」
「大丈夫?」
「あ、すみませんです」
ささっと少女は起き上がり、俊介から離れる。
「ごめんなさい、もしかして私倒れてましたか?」
「うん、倒れてた」
「そうですか、本当にご迷惑を・・・・・・」
ペコッと頭を下げた少女と俊介の目が合う。
と、少女が固まった。
「・・・・・・?」
皆でどうしたものかと顔を見合わせる。
と。
「えっと・・・」
少女が俊介と竹内を指差し。
「林田さん・・・と・・・・・・竹内先輩・・・」
「え?」
「ん?」
と、名前を当てる。
何で知っているの?と聞くよりも先に少女は声を上げた。
「ということはもしや!」
「お~い、大丈夫~?」
そこへ周たちもやってくる。
そしてそんな周の姿を見るや否や少女は「ひゃぁ」と声を上げた。
「ん?その子どうし・・・」
「斉藤周さんですね!?
よかった!やっとお会いできましたです!」
と、倒れていたとは思えないほどの瞬速で周に駆け寄る少女。
「え?え?え?何?誰?」
どうようする周を尻目に、少女は声を上げた。
「私を練習の仲間に入れてください!!」




