第十九話
俊介たちが教室に着くと、周と宇喜多くんは既に宿題の写しを始めているらしい。
そしてそれを笑顔で見守る野澤さんと凪さん。
と、もう一人の少女。
教室に入ってくる俊介を見るなりツカツカと近寄ってきた。
「おはよう、林田君」
「お、おはよう、近藤さん」
なにやら高圧的な態度で、左手の指をそろえてメガネをくいっと直しながら言葉を続ける近藤さんと呼ばれた少女。
「また林田君でしょ?
斉藤さんと浩明にノート貸してるの」
浩明、とは宇喜多くんの下の名前だ。
呼び捨てにしているあたりから近藤さんが宇喜多くんとただのクラスメートな関係ではないと推測できるだろう。
「う、うん、そうだけど・・・・・・」
「ダメよ、そんなんじゃ。
本人達のためにならないわ、すぐにノートを返してもらいなさい」
「えっと・・・・・・近藤さんが取り上げても良かったんじゃないかな。
それから僕に返してくれれば」
「そ、それは・・・・・・あのノートは林田君の私物な訳だし・・・・・・汚したりしたら・・・・・・ゴニョゴニョ・・・・・・」
と、高圧的な態度からなにやらうやむやな語尾になる近藤さん。
それほど言い返しがたい言葉ではなかっただろうが、一体何があったのか。
「まぁ、いいじゃん、いいんちょ」
後からやってきた蓮田くんがひょっこりと顔を出しながらそういう。
「あ、あら、蓮田君も一緒だったの、おはよう」
「おう、おはよう」
蓮田君の顔を見た途端、おどおどした感じがなくなり再び高圧的になった、いいんちょこと近藤恵さん。
そう、彼女はこのクラスのクラス委員長である。
「そうね、あなたのいう通りね、林田くん。
ごめんなさいね、私が取り上げてくるわ」
「あ、うん」
そう言っていいんちょ、もとい近藤さんは周たちの元に近づいていく。
その会話が聞こえていたのか騒ぎ出す周。
「え~!ちょ、もうちょっとだけ待って!いんちょ~!」
「いんちょ~じゃありません、委員長ですよ斉藤さん。
それから・・・浩明!」
「落ち着け、恵。
僕は今忙しい」
「忙しい、じゃない!」
ドンッと机を叩く近藤さん。
驚く周囲の人たちと動じない宇喜多くん。
「こんなことしてても身につかないわ。
席に戻って自分でやりなさい」
「何を言うか。
あとで「どうしてこういう結論になるのか」をしっかりと検証して解き直せば身につかないわけがないだろう。
そうは思わないか?斉藤さん?」
「うん、そう思います、宇喜多くん」
カリカリと必死にノートを書き写しながらもしっかりやり取りを聞いている周。
「ほら、皆こう言ってる。
そういうわけだからあっち行ってろ、恵」
そう言ってノートを書き写しながらも左手でしっしっと近藤さんを追い払おうとする浩明、もとい宇喜多くん。
周にしか聞いていないのに「皆こう言ってる」と言う辺り結構図太い神経をしているのかもしれない。
すると近藤さんはすっと右手を伸ばして宇喜多くんの頭を掴むと無理矢理自分の方を向かせる。
「な、何をするか、恵」
「ひろあき~?
アンタまさかそんな屁理屈が通じると思ってはいないわよね~・・・・・・」
近藤さんはそう言ってなにやらニヤリと笑う。
キラーンとメガネが光を反射し、目がどうなっているのかは分からないがおそらく笑っていない。
「ぬぬぬ・・・離せ恵、ノートが見えん。
いくら幼馴染とて許さんぞ」
と言う宇喜多くん。
そう、宇喜多くんと近藤さんは幼馴染なのだ。
「ほほぅ・・・・・・このノートが見えないとそんなに困ると・・・・・・?」
そうは言われたものの、近藤さんはそう言って空いている手をスーッとノートに伸ばす。
と、その時。
「終わったー!
ありがとしゅんくん!」
パタッと俊介のノートを閉じると席を立ち、周は俊介のところに返しに行った。
「あ、うん、どういたしまして」
「助かったよー、ホントに。
はい、ノート返すね」
「ま、待つんだ斉藤さん!
まだ僕は写し終わってない!」
近藤さんに抑えつけられ、席を立ち上がれない宇喜多くんが口で引きとめようとするが周は聞かずにノートを返してしまった。
そんな様子を近藤さんはなにやら黙ってみていたが、やがてフンッとそっぽを向いた。
「残念ね、浩明。
今度から自分でやりなさいよ」
「うぬぅ、おのれ恵。
さては斉藤さんに根回ししていたな?
っていうかいい加減手を離せ」
「はいはい」
パッと手を離すとスタスタと俊介に近づいていく近藤さん。
「今度から止めるようにしてね、林田君」
「あ、うん、そうだね、そうするよ近藤さん」
「そ、そう。
分かればいいのよ・・・・・・」
ぷいっとそっぽを向いて短く切りそろえた髪をなびかせ、近藤さんは自分の席に向かっていく。
と。
ガラガラガラ
「おはよう皆。
まだ始業のチャイムには早かったかな?」
クラス担任の影山先生が教室に入ってきた。
確かにまだチャイムには少々早い。
「あ、先生おはよう~」
「おはようございます先生」
「おはようございます~」
「おはよう先生」
あいさつを強いられているわけでもないのに自然と生徒達からあいさつが飛んでくる。
ひとえに先生の人柄のせいだろう。
やがて生徒が集まってチャイムが鳴ると朝のHRの時間となる。
授業の風景は割愛させていただく。
とても有意義とはいえない時間帯、ましてや勉強嫌いには退屈以外の何者でもない時間だったとだけ言っておこうか。
昼休みになると、授業中には収まっていた騒がしさが戻ってくる。
「斉藤さーん」
「一緒にご飯食べませんか?」
先生が教室を去ると同時にお弁当を持って周の席までやってくる野澤さんと凪さん。
この二人は中学の頃から友達だったらしく、高校に入ってからもいつも一緒だ。
「うん、いいよ~」
周は快く返事をすると机をがたがたと並べ替えてグループを作る。
そして3人でおしゃべりをしながら食事の時間となるのだ。
一方、男子の方も集まって食べるのかと思いきや、若干一名そうでもない。
「じゃ、俺学食行ってくるわ」
「うん、またね」
蓮田くんが俊介にそう告げて教室を出て行く。
俊介はすでに3時間目と4時間目の間にパンやサラダやジュースを購入済みだ。
このようなことをやっている生徒は多数いるため、購買部が混むのは昼休みよりもその前の休み時間の方だ。
予約は受け付けていないので純粋に教室の近い生徒に有利となる。
ちなみに購買部も学食も一階で、学生校舎では学年が上になるほど教室が下になるため、上級生にとても有利だ。
が、授業終了時間には各クラス前後があるので必ずしも先を取れると言うわけではない。
まぁ、その辺りも醍醐味と言えば醍醐味だろう。
それはさておき俊介のいる1年4組に戻るとしよう。
俊介が購入済みのパンやサラダを食べていると、いつも近くに宇喜多くんがやってくるのだ。
大概おかしな話題を振られるのだが。
「やぁ、林田くん」
「やぁ、宇喜多くん。
相変わらずお弁当も持ってこなければ学食にも行かないんだね」
「もちろんだ。
すぐに食料係が持ってくるからな」
話題を振られる前に他の話へ、との考えがあってかあらずか、俊介から話を振った。
こういうことはあまりない。
が、やはり他愛もない話なのですぐに宇喜多くんの話題に飲まれるのだろうが。
ちなみに彼が言う食料係とは・・・。
「誰が食料係よ」
そういいながら現れたのはいいんちょこと近藤さん。
手には少し大きめのお弁当を持っている。
「さぁね、恵が違うと言うのなら違うのではないか?」
「そ、じゃあ持って帰るわよ?」
「相変わらず冗談の通じないやつだな。
持って帰ったところで食べきれまい」
「・・・まぁ、そうだけどね。
作ってくるのが当然みたいな言われ方するのは心外よ。
感謝しなさい」
「うむ、恩に着る」
「・・・・・・ま、いいわ。
じゃ、食べ終わったら持って来なさいよ」
近藤さんはそういうとお弁当を置いて自分の机に戻り、自分用のお弁当を取り出して食べ始める。
ちなみに先程の会話から分かるように、宇喜多くんのところに持ってこられたお弁当は近藤さんの手作りだ。
「ではいただくとするか」
「にしても結構量多いよね」
いただきます、と手を合わせる宇喜多くんに俊介はそういう。
確かに一人で食べるには多そうだ。
「うむ、だから君も遠慮なく食べてくれたまえ」
「う~ん、いつものことだけど、いいの?
宇喜多くんの為に作ってくるんでしょ?近藤さんは」
「気にしないでくれ。
この通り箸も2膳ある」
スッとお弁当の袋から箸を取り出した宇喜多くんはそう言って箸を机に置いた。
「・・・・・・じゃあ、いただきます」
俊介はそういって箸を手におかずを口に放り込む。
「・・・うん、おいしいね、このから揚げ」
「うむ、卵焼きも旨い。
また腕を上げたかな、恵は」
二人はそういいながら箸を進める。
その時視界の端で近藤さんがガッツポーズをしたような気がした。
「ふむ、この僕に少しでもおいしいものを食べてもらいたいという想いの現われかな」
そう言って宇喜多くんがフフッと笑うと、なにやら突然近藤さんが不機嫌になったような気がする。
一体何があったのか。
そんな感じで食事をしていくとあっという間に食べ終わる。
食べ終わった後は外に運動をしに行ったり、教室でトランプをやったり、本を読んでいる人もいる。
中にはカードゲームを知る者や、携帯ゲームをやりこんだ者同士で集まり、熱いバトルを繰り広げていたりもする。
各々思い思いに1時間の昼休みを取り、午後の授業に挑むのだ。
とは言っても余談だが、午後の授業は寝ている生徒も少なくない。
むしろ午前に比べれば多いと言える。
高校生活が始まってまだ間もないと言えるのに少々先行き不安な光景だ。
午後の授業が終われば放課後だ。
部活をやっている生徒は部活に行くし、そうでない生徒は教室に残ったりすぐに帰ったり、これも様々だ。
「それじゃ、また明日ね~」
「また明日~」
「うん、また明日ー」
「またな~」
「ではまた明日」
「それではごきげんよう」
「それじゃあまたね」
前述の通り、部活に入っていない周と俊介は帰宅し、それ以外の5人は各々部活に行ったり教室で話し込んだり思い思いに放課後を過ごすのであった。
「やっぱりあの二人って付き合ってると思わない?」
周たちを見送りながら野澤さんがこっそりと凪さんに言う。
「本人は否定してますけどね、ああいうのを付き合ってるというのではないでしょうか?」
凪さんは凪さんでそう返す。
手をつないだりしているわけではないが、確かに高校生にもなって2人並んで帰ればそう取る人もいるだろう。
「これは由々しき事態じゃない?いいんちょ?」
「これは由々しき事態ですね~、近藤さん?」
「なんでそこで私が出てくるのかしら」
なぜ故か、突然近藤さんに話題を振るお二人。
そして些か不機嫌気味の近藤さん。
「2人が付き合ってないって言ってるんだから付き合ってないんでしょ」
「それは推測ですか~?それとも願望ですか~?」
「願望って何よ!願望って!」
凪さんの言葉に、近藤さんは怒った風に返事を返す。
「とにかく。
本人達が否定してるんだから、あんまり引っ掻き回すと迷惑よ」
「それもそうですね~。
あんまり意識させすぎて本気になっちゃったら、悲しむ誰かさんがいるかもしれませんからね~」
近藤さんの言葉を笑顔で受け流す凪さん。
ついでにこっそり追い討ちしてみたりするのだが。
「そうね、斉藤さん、結構いろんな人に人気あるみたいだからね」
なんてあっさり受け流されてしまう。
ついでに最後にこっそりと、あと林田君も、なんて小さな声が聞こえた気がするが。
「じゃ、私もう帰るわ。
さようなら、野澤さん、凪さん」
「はいさようなら」
「ごきげんよう~」
追求する間もなく立ち去ってしまう近藤さんを見送ると。
「はて、実際のところはどうなんでしょうね?」
「どうなのでしょうね~?あと近藤さんも」
む~、と2人で勝手な憶測を飛び交わせながら、周と俊介の後姿に目をやる。
斉藤周、身長160センチ。
明るく活発なクラスのムードメーカーに加えてその白髪が目立つため、まだ高校に上がって一ヶ月ちょっとしか経っていないにもかかわらず、男女問わず結構な人気を集めている。
ファンクラブと言うものはまだ出来ていないようだが、もしかするとこれから出来るのかもしれない。
そんな周のお近づきになろうとする者は、皆そろって俊介の存在に驚きを隠せない。
林田俊介、身長175センチ。
勉強は出来るし、身長も高くはないが低くもない、これだけあれば十分と言う高さ。
社交的だがしかし明るく活発と言うわけではなく、どちらかというと目立つ存在ではない。
何故こんな男が周と付き合っているのか・・・・・・と言う話になるのだが、当の本人たちは付き合っていないという。
じゃあ、二人の関係はと言うと・・・・・・ただの幼馴染、と言われてもそうは見えない。
それならなんだろうかと考えると・・・・・・皆そろって???である。
近いうちに2人はこの悠里ヶ丘高校の7不思議の一つになるかもしれない。




