差し戻しゲートを一フレームで止める
会議場決着です。
神様は議題を差し戻します。
勇者は小石で止めます。
共同被害申立書に、勇者と魔王の名前が並んだ。
その瞬間、神様会議場の空気がきしんだ。
議題タイルが一斉に裏返り、白い円卓の下から巨大な門がせり上がる。門には、金色の文字が刻まれていた。
【議題差し戻しゲート】
わたしは、名前を見た瞬間に嫌な予感でいっぱいになった。
「ベルさん、差し戻しってなに」
「議題を最初からやり直す処理です」
「やだ!」
「会議ではよくあることです」
「神様会議でやらないで!」
アドミニスは、困ったように笑っていた。
「いやあ、さすがにこのまま議事録を持ち帰られると困るんだよね。だから、いったん差し戻し」
「いったんで殺すな!」
「殺すというか、処理を戻すだけ」
「処理を戻されたら、わたしが消えるんだよ!」
差し戻しゲートが開いた。
攻撃ではない。矢でも、魔法でも、罠でもない。だから射線確認が遅い。罠感知も弱い。危険察知だけが、胸の奥で必死に鳴っている。
ベルさんが議事録を押さえる。ゼルドさんが魔王軍代表印を構える。ログルが宝石を光らせる。
わたしは小石袋改に手を伸ばした。
でも、その前に。
白い光が、わたしの足元をさらった。
【死亡ログ】
【死因:議題差し戻しで存在ごと戻された】
【評価:会議は終わっていません】
【累計死亡回数:111回】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ネムさんが紙吹雪を出した。
「累計死亡回数、百十一回です。ぞろ目です」
「百回の時より雑!」
「出張受付なので紙吹雪が少なめです」
「そういう問題じゃない!」
わたしは受付カウンターに額を押しつけた。
「差し戻しで死ぬの、会議として最悪だよ......」
「差し戻しはつらいですね」
「ネムさんも分かる?」
「書類が戻ってくると、残業なので」
「事務の闇!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
再挑戦。
差し戻しゲートが現れる前の会議場は、静かだった。
でも、わたしにはもう見えている。
円卓の下。議事録の端。ベルさんの羽ペンが置かれた場所。そこに、ほんの少しだけ白い震えが走る。
一フレーム前。
ゲートが開く前の、神様側処理の呼吸。
「ログル」
「はい」
「今度は、わたしが見る」
「一緒に見ます」
ログルの宝石が、わたしの視界の端で光った。
ベルさんが小声で確認する。
「異議申し立て文、準備済みです」
ゼルドさんが代表印を握る。
「会議継続権、押印準備完了」
「魔王さん、かっこいいのに言葉が事務!」
「事務は戦いだ」
アドミニスが、また笑う。
「じゃあ、いったん差し戻しで」
「差し戻させない」
声は小さくした。
叫ばない。
敵を動かさない。
会議場に、白い震えが走る。
わたしは小石を一つ、床へ置いた。
投げない。
転がさない。
ただ、差し戻し判定が生まれる場所に、先に置く。
一手。
小石が、議題タイルの境目に触れた。
【差し戻し対象:小石】
ゲートが開きかけて、止まった。
「え」
アドミニスの声が初めて、軽くなくなった。
その隙に、ベルさんが羽ペンを走らせる。
「本件、共同被害申立人による異議申し立て継続。議題差し戻しは不当。勇者様および魔王軍側には、仕様書閲覧権限と議事録保管権限を要求いたします」
ゼルドさんが代表印を押す。
黒い印が、白い議事録に刻まれた。
【魔王軍代表印】
【会議継続】
ログルの宝石が強く光る。
「神様側への送信ログ、遅延します」
「ログル!」
「今だけ、会議場の記録を拠点側へ逃がします」
会議場の天井が割れた。
白い光の奥に、見覚えのある拠点の壁が見える。
【帰る】
その文字の下に、新しい文が浮かび始めた。
【帰る場所の座標を探す】
わたしは息を飲んだ。
差し戻しゲートは、小石だけを飲み込んで閉じた。
小石は消えた。
でも、わたしたちは残った。
【特殊ダンジョン:神様会議場】
【踏破扱い:未完全】
【議事録保管権限:一部獲得】
【仕様書閲覧権限:一部獲得】
【仕様書保管棚:解放】
【神様会議議事録:拠点登録】
【実装ミス検知 Lv.1:獲得】
【神様会議乱入 Lv.1:獲得】
【仕様書要求 Lv.2:更新】
【帰還因子:座標 候補反応】
【管理画面の扉:微開放】
会議場が遠ざかる。
アドミニスは、最後までこちらを見ていた。笑っているのか、困っているのか、今度は分からなかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ると、新しい棚が増えていた。
白い木でできた棚。背表紙のない仕様書が、何冊も並ぶ。その横に、黒い表紙の議事録が一冊だけ収まっている。
【仕様書保管棚】
わたしは、壁の文字を見上げた。
【帰る】
【忘れない】
【神様の仕様を攻略する】
【帰る場所の座標を探す】
帰る場所。
わたしの家。
玄関の匂い。靴箱。台所から聞こえた音。ゲーム機の置いてあった部屋。たぶん、まだ覚えている。けれど、少し怖かった。何度も死んで、何度もシードが変わって、世界の人たちが別の人生になっていく中で、わたしの家の形まで薄くなったらどうしよう。
ログルが、そっと隣に座った。
「勇者様」
「うん」
「次は、座標です」
「うん」
わたしは壁に手を当てた。
「家の場所、忘れない」
「はい。ぼくも記録します」
「ログル」
「はい」
「小石、帰ってこないかな」
「差し戻し処理に巻き込まれました」
「小石いいいいいいいいいいい!」
泣きそうな声で叫んだら、拠点の床に小さな文字が浮かんだ。
【小石袋改:残り十六個】
「現実的!」
「残数管理は大切です」
「感動のあとに在庫表示しないで!」
でも、少し笑えた。
神様会議場は、まだ完全には攻略できていない。
仕様書も、議事録も、帰還門のエラーも、分からないことだらけだ。
それでも、次に探すものは決まった。
帰る場所の座標。
わたしは、壁の文字をもう一度見た。
「神様ァ! 家の住所くらい、召喚前に控えといてよおおおおおおおおおおおお!」
拠点に、わたしの声が響いた。
今度の叫びは、ターンを消費しなかった。
【今回の勇者ステータス】
現在地:拠点
累計死亡回数:111回
神様会議場内死亡回数:7回
クラス:【死因学者】
クラス兆候:【時読み】継続
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【一フレームの神様 Lv.1】
【帰還門感知 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【実装ミス検知 Lv.1】
新規獲得:【神様会議乱入 Lv.1】
更新:【仕様書要求 Lv.1】→【仕様書要求 Lv.2】
拠点施設解放:【仕様書保管棚】
拠点登録:【神様会議議事録】
帰還因子:【座標】候補反応
管理領域:【管理画面の扉】微開放
死亡ログ追加:【議題差し戻しで存在ごと戻された】
【統合候補】
【小さい文字を読む Lv.1】+【仕様書目次確認 Lv.1】+【同意ボタン警戒 Lv.1】
→【仕様書確認 Lv.1】
【会議前確認 Lv.1】+【会議中に叫ばない Lv.1】+【承認印回避系経験】
→【会議場生存術 Lv.1】
※表示は主要スキルのみです。過去の下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
コヨリ:
神様会議場を特殊ダンジョンとして踏破しきった幼女勇者。小石で差し戻しゲートを止めた。家の住所は神様が控えていなかった。
ログル:
会議場の記録を拠点へ逃がした相棒。端末ではなく、コヨリの隣にいる存在。
ベル:
異議申し立てと議事録保管権限を勝ち取った有能秘書。会議ダンジョン攻略の実質参謀。
ゼルド:
勇者と共同署名した魔王。魔王軍代表印が会議場で大活躍した。
アドミニス:
差し戻しを使った主神。今回は完全には止められなかったが、コヨリたちに仕様書閲覧権限を一部奪われた。
次は、帰る場所の座標探しへ。
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