勇者と魔王の共同署名
会議の整理回です。
勇者と魔王が共同署名します。
ログルの話で少しだけ真面目になります。
会議場の中央に、黒と白の書類が並んだ。
白は神様側の議事録。
黒は魔王軍の正式抗議書。
そして、その間に置かれた一枚の紙は、どちらの色でもなかった。白いけれど、端に黒い線が入っている。神様側にも、魔王軍側にも、そしてわたしにも読める共通書式だ。
【共同被害申立書】
ベルさんが羽ペンを持ち、静かに読み上げる。
「項目一。チュートリアル外即死敵の配置」
「黒狼」
「はい。勇者様の初期死亡案件です」
「項目二。HP15固定に対する敵火力の不均衡」
「幼女に優しくない」
「はい」
「項目三。一手一動外からの神域干渉」
「避けた気はした死」
「分類名はひどいですが、内容は重要です」
「項目四。帰還条件未説明」
「一番怒ってるやつ」
「はい」
「項目五。死亡ログの無断利用」
「勝手に使われたやつ」
「はい」
「項目六。魔王軍の強制ラスボス労働」
「魔王さんの勤務表」
「重要だ」
ゼルドさんが即答した。
わたしはちょっと笑いそうになったけれど、最後の項目で止まった。
「項目七。ログル型解析端末の初期化権限濫用疑惑」
ログルの宝石が、かすかに光を弱めた。
アドミニスは、いつもの軽い顔で椅子にもたれている。
「そこは誤解があるかな。ログルは元々、僕たちの端末だからね。同期し直せば、だいたい元に戻るよ」
「戻さない」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
会議場の床が、少しだけ静かになる。議題タイルも、乱数床も、承認印も、全部こちらを見ているみたいだった。
わたしはログルを抱き寄せた。
「ログルは、わたしの相棒だから」
ログルは何も言わなかった。
ただ、額の宝石が一度だけ、ゆっくり光った。
アドミニスが笑おうとした。でも、笑顔は途中で止まる。
「勇者ちゃん。端末は、端末だよ」
「違う」
「記録を取るために作られた」
「今は、一緒に帰るためにいる」
「帰る時、ログルをどうするの?」
「......まだ分からない」
そこだけは、嘘をつけなかった。
わたしが元の世界へ帰る時、ログルはどうなるのか。拠点はどうなるのか。ゼルドさんやベルさんや、ネムさんやリュシアさんは。シードで消えていく人たちは。
分からないことだらけだ。
でも、分からないからって、神様に決められたくない。
「分からない。でも、初期化はしない」
「勇者様......」
「ログルはログルのまま。一緒に考える」
ゼルドさんが、静かにうなずいた。
「相棒を初期化するなど、魔王軍でもしない」
「魔王さん......」
「部下の引き継ぎ資料ですら慎重に扱う」
「急に事務!」
「事務は命を守る」
ベルさんが、共同被害申立書の項目七に赤い線を引いた。
「本件、最重要項目として扱います」
リュシアが温かいスープをそっと置く。ネムさんも、眠そうなまま帳面を閉じた。
「死亡受付としても、ログルさんの記録は急に消されると困ります」
「ネムさん」
「処理が面倒なので」
「理由は事務だけど、ありがとう!」
ミネルが会議資料をめくる。
「帰還門エラーの表示を再掲します」
床に文字が浮かぶ。
【帰還門エラー】
【名前:欠片反応】
【時間:欠片反応】
【縁:反応済】
【扉:反応済】
【記憶:不足】
【座標:未登録】
今度は、座標の文字が強く光った。
ミネルの声は、いつもより短かった。
「帰還するには、帰りたい場所を指す座標が必要です」
「わたしの家の場所......」
「はい。どの世界の、どの時間の、どの場所へ帰るのか。それを示す情報がなければ、帰還門は開けません」
わたしは、拠点の壁を思い出した。
【帰る】
下手な字で書いた、最初の約束。
「ログル」
「はい」
「わたし、家の住所、ちゃんと思い出せるかな」
「思い出します」
「言い切るの?」
「はい。ぼくも記録します。勇者様が忘れそうになったら、一緒に探します」
わたしは、少しだけ笑った。
「じゃあ、署名する」
羽ペンを握る。
字は少し震えたけど、ちゃんと書いた。
【勇者コヨリ】
その隣に、ゼルドさんが堂々と書く。
【魔王ゼルド】
勇者と魔王の共同署名。
神様会議場の空気が、また一つ変わった。
【今回の勇者ステータス】
現在地:特殊ダンジョン【神様会議場】共同申立区域
累計死亡回数:110回
神様会議場内死亡回数:6回
クラス:【死因学者】
クラス兆候:【時読み】
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】
【一フレームの神様 Lv.1】
【映えより生存 Lv.1】
【低確率を信じるな Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
死亡なし
会議記録追加:【共同被害申立書】
重要情報更新:【帰還先座標:未登録】
ログル関連:【初期化拒否】明確化
【登場人物紹介】
コヨリ:
ログルを相棒だと言い切った幼女勇者。帰る方法は探す。でも、相棒を勝手に初期化させない。
ログル:
元神様側端末。今はコヨリの相棒。宝石が少し揺れた。
ゼルド:
勇者と共同署名した魔王。事務で命を守る男。
アドミニス:
ログルを端末として見ている主神。軽い笑顔が少しだけ止まった。
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