同意ボタンは踏むな
神様会議場へ入ります。
入口から規約です。
同意ボタン、だいたい罠。
神様会議場の入口は、やけに清潔だった。
白い大理石の床が、まっすぐ奥へ伸びている。左右には金色の柱が並び、天井にはふわふわした雲みたいな光が浮いていた。普通なら神聖だと思うところだ。
でも、わたしはもう、普通の白い床を信用しない。
白い床ほど、落ちる。きれいな扉ほど、噛む。親切な説明ほど、小さい文字がある。
ログルが肩の上で、そっと前足を上げた。
「勇者様。足元にマス目が出ています」
「会議場なのに?」
「はい。完全に特殊ダンジョンです」
「会議しようよ! ダンジョンじゃなくて!」
入口の前には、丸い光の台座があった。
【会議参加規約に同意する】
台座の中央で、青いボタンがぷかぷか光っている。押せと言わんばかりの位置だ。押すなと言われても押したくなる、悪い意味で完成度の高いボタンだった。
後ろでは、魔王ゼルドさんが黒いマントを整えている。ベルさんは分厚い書類鞄を抱え、すでに戦闘態勢みたいな目をしていた。
「勇者よ、押すな」
「押さないよ。わたしだって学習してるもん」
「勇者様、その右手」
「押してない! まだ近づいただけ!」
右手が勝手に伸びていた。
光るボタンってずるい。宝箱ほどではないけど、ちょっと押したくなる。しかも入口だ。押さなきゃ入れない気がする。
「ちょっとだけなら」
「勇者様」
「先っぽだけ」
「同意に先っぽはありません」
ログルの注意が終わる前に、わたしの指がボタンへ触れた。
床から細かい文字が噴き出した。
【神速攻撃による死亡は自己責任です】
【未識別仕様の事故は勇者側の検証不足です】
【魔王軍被害は演出上の都合です】
【ログル型解析端末は必要に応じて初期化される場合があります】
【死亡ログは二次利用される場合があります】
【上記すべてに同意します】
「同意しなああああああああああい!」
叫んだ瞬間、青いボタンが赤くなった。
【同意確認完了】
「完了するなああああああああああああ!」
床が抜けた。
【死亡ログ】
【死因:小さい文字を読まずに同意した】
【評価:現実でも危険】
【累計死亡回数:105回】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
死神ネムさんは、受付カウンターに小さな札を置いていた。
【神様会議場出張受付】
「出張しなくていい!」
「需要が高そうなので」
「会議場で死亡受付の需要を見込まないで!」
ネムさんは半分寝た目で、同意書の写しを差し出した。
「小さい文字、読んだほうがいいですよ」
「読める大きさで書いて!」
「神様側の規約は、だいたい小さいです」
「神様ァ! 大事なことほど大きく書けえええええ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
再挑戦。
今度は、ボタンから三マス離れて止まった。
ベルさんが前へ出る。眼鏡の奥の目は、もはや戦士の目だった。
「勇者様、お任せください。こういうものは、押す前に全文を読みます」
「全文って、どれくらい?」
「床面、壁面、天井、雲の裏側、ボタンの側面、あと空気中の光粒子に書かれております」
「読ませる気ないじゃん!」
「ですので、読むのです」
ベルさんは指を鳴らした。
魔王軍資料室から、黒い紙の鳥が何羽も飛び出す。紙の鳥は壁や天井に散り、小さい文字を写し取って戻ってきた。
ゼルドさんが眉間を押さえる。
「余の魔王軍法務部を呼べ」
「魔王さん、法務部あるの?」
「ある。神々対策で増員した」
「魔王軍、近代的!」
ログルの宝石が、台座の下を照らした。
「勇者様。ボタンの裏に別選択肢があります」
「裏?」
「はい。【異議申し立て】です」
青いボタンの下、台座の影に、ものすごく小さい黒いボタンがあった。
【異議申し立て】
わたしは膝をつき、ボタンを見た。
「小さい! 異議が小さい!」
「神様側の設計思想が出ていますね」
「悪い設計思想!」
ベルさんが規約を読み上げる。
「異議申し立てを押した場合、参加者分類が【勇者代表】から【共同被害申立人】へ変更されます。神様側は発言制限をかけられますが、会議場の罠は解除されません」
「罠は残るんだ」
「会議場ですので」
「だから会議場に罠を置くな!」
今度は、わたしは押さなかった。
ベルさんが正式な手順で異議申し立てボタンを押す。台座が低くうなり、入口の扉に文字が浮かんだ。
【参加分類変更】
【勇者コヨリ:共同被害申立人】
【魔王ゼルド:共同被害申立人】
【ベル:証拠資料提出者】
【ログル:解析補助/同期監視対象】
最後の文字に、わたしは目を細めた。
「ログル、同期監視対象ってなに」
「神様側から見ると、ぼくは元端末です」
「元ってつけて。元!」
「その主張は、会議内で行う必要があります」
わたしは黒いボタンをにらみつけた。
同意ボタンは踏まない。
小さい文字は読む。
そして、ログルは渡さない。
「よし。行く」
「はい」
「神様に文句を言う。正式に。全力で。大声で」
「会議場内では、大声が行動判定される可能性があります」
「じゃあ小声でキレる」
「それがよろしいかと」
扉が開いた。
向こうには、白い円卓が浮かぶ巨大な空間が広がっていた。
床には、議題タイル。
天井には、承認印。
壁には、議事録。
そして奥には、神様たち。
わたしは小声で言った。
「もう帰りたい」
「会議はまだ始まっていません」
「始まる前から帰りたい会議ってなに......」
【今回の勇者ステータス】
現在地:特殊ダンジョン【神様会議場】入口
累計死亡回数:105回
神様会議場内死亡回数:1回
クラス:【死因学者】
クラス兆候:【時読み】
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【神様報告遅延 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【一フレームの神様 Lv.1】
【シード差分確認 Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【小さい文字を読む Lv.1】
新規獲得:【同意ボタン警戒 Lv.1】
死亡ログ追加:【小さい文字を読まずに同意した】
【登場人物紹介】
コヨリ:
押すなと言われたボタンを押した幼女勇者。押したい形のボタンを置く神様が悪い。
ベル:
規約全文を読む女。魔王軍法務部とセットで強い。
ゼルド:
魔王なのに法務部を持っている苦労人。神様対策で組織が近代化している。
ネム:
会議場出張受付担当。出張しないでほしい。
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