八百ページ説明書は武器じゃない
一フレーム道場の次は説明書です。
知識神ミネル、物理で来ます。
勇者、読書で死にます。
拠点に戻った瞬間、わたしは床に座り込んだ。
一フレーム道場の畳の匂いが、まだ鼻の奥に残っている。秒針天使ティックの羽音も、翼の影も、見えない矢が飛ぶ前の空気の震えも、体のどこかに引っかかったままだ。
死んだ。
いっぱい死んだ。
でも、最後は勝った。
【一フレームの神様 Lv.1】
【帰還因子:時間 欠片反応】
ログルの宝石に浮かぶ文字を見て、わたしは少しだけ胸を張った。
「ログル。わたし、ちょっとかっこよくない?」
「はい。最後の一手は非常に見事でした」
「でしょ」
「ただし、その前に開始挨拶の笑顔を見て死亡しています」
「そこは思い出さなくていい!」
言い返したところで、拠点の天井から白い光が落ちてきた。
光は紙束の形になり、空中でびしっと整列する。表紙には金色の文字で、ものすごく嫌な題名が浮かんでいた。
【一フレーム干渉および時属性帰還因子に関する説明書】
【全八百ページ】
【知識神ミネル監修】
わたしは、表紙を見ただけで後ろへ下がった。
「ログル。逃げよう」
「まだ一ページも読んでいません」
「八百ページって書いてある時点で敵だよ!」
「敵ではありません。説明書です」
「説明書が敵じゃない保証、どこにあるの!」
答える前に、説明書がふわりと持ち上がった。
ページの端から、小さな眼鏡マークが光る。
『勇者コヨリさん。知識神ミネルです。おめでとうございます。時属性への接触を確認しましたので、理解を深めるための詳細資料を送付します』
声は丁寧だった。
けれど、紙束は分厚かった。辞書より厚い。鍋のふたより強そうだ。幼女に向けて落とすには、完全に武器判定の物体だった。
「理解を深める前に、床がへこむ量なんだけど!」
『大丈夫です。物理的にも重厚な内容です』
「今、物理って言った!?」
説明書が、すとんと落ちてきた。
わたしは一フレームの神様で影を見る。見た。見えた。落下の前兆は、表紙の角が少しだけ傾くところだ。
避けられる。
そう思った瞬間、足がもつれた。道場帰りの体が、まだ緊張で固い。短剣の鞘が椅子に引っかかり、わたしの体は半歩しか動かなかった。
「ぎゃっ」
白い部屋が暗転した。
【死亡ログ】
【死因:八百ページ説明書を頭で受け止めた】
【評価:説明は重い】
【累計死亡回数:104回】
死神ネムさんの受付に座ったわたしは、カウンターに両手を置いて訴えた。
「読書死ってなに!?」
「今回の分類は読書死ですね」
「本は読むもので、当たるものじゃないよ!」
「知識神ミネル様の本は、たまに当たります」
「当たるなああああああああああああああ!」
ネムさんは眠そうに帳面をめくり、小さく判を押した。
「死亡受付番号、またコヨリさんです。説明書による打撲系は、過去にも神様職員が何名か」
「神様職員も死んでるの!?」
「労災ですね」
「神様側も書類で死ぬな!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戻ったわたしは、説明書の真下に立たなかった。
ログルが反省会テーブルに地図ではなく、落下予測線を描く。ベルさんは魔王軍資料室から黒い窓を開き、眼鏡をきらりと光らせていた。
「勇者様。説明書は、まず目次と索引です」
「いきなり本文に殴られたんだけど」
「物理的な本文は避けてください」
「本文ってそういう意味じゃない!」
ベルさんは涼しい顔で続けた。
「魔王軍では、知識神ミネル様の書類は必ず二名以上で受け取ります。一名が読む担当、もう一名が潰された場合の救助担当です」
「危険物扱い!」
「危険物です」
ログルが、説明書の端を前足で押した。
「勇者様。今度は影が動いた時点で右へ。紙束の落下判定は、表紙ではなく背表紙側に寄っています」
「説明書にも当たり判定あるの、もうダンジョンだよ」
「はい。これは説明書型の特殊ダンジョンかもしれません」
「本棚に帰って!」
一手。
説明書の影が揺れた瞬間、わたしは右へ転がった。紙束はどすんと床に落ち、白い床に四角いへこみを作る。
その衝撃でページが勝手に開いた。
【目次】
第一項 一フレーム干渉について
第二項 時属性帰還因子について
第三項 神速攻撃の責任区分について
第四項 神々の実装ミス会議について
第五項 勇者側からの異議申し立て手順について
わたしは第四項で指を止めた。
「神々の実装ミス会議?」
「嫌な文字列ですね」
「神様、自分で実装ミスって言ってるじゃん!」
「目次に出ている以上、完全には隠せなかったようです」
ベルさんが資料室側で、すでに別の書類を積んでいた。
「魔王軍も参加申請済みです。勇者様、こちらは共同被害申立人として出席できます」
「会議って、座って話すやつ?」
「神様側の会議場ですので、座るまでに三回ほど罠がある可能性があります」
「会議場に罠置くなあああああああああああ!」
説明書の最後のページが、勝手にめくれた。
【接続先:神様会議場】
【分類:特殊ダンジョン】
【推奨持ち物:異議申し立て、眠りの巻物、魔王軍法務部】
【死亡受付:常設】
わたしは真顔になった。
「死亡受付、常設しないで」
「需要があるのでしょう」
「会議で死ぬ需要ってなに!?」
ログルは少しだけ宝石を曇らせて、それでもわたしの隣に立った。
「行きましょう、勇者様。神様の仕様を、今度は正面から見に行く番です」
「正面は嫌だなあ。罠ありそう」
「あります」
「あるって言った!」
それでも、わたしは説明書の表紙を開いた。
八百ページの先にあるのは、神様会議場。
そして、たぶん。
わたしを元の世界へ帰さない理由の、もう少し奥だ。
【今回の勇者ステータス】
現在地:拠点/説明書接続前
累計死亡回数:104回
神様会議場内死亡回数:0回
クラス:【死因学者】
クラス兆候:【時読み】
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【一フレームの神様 Lv.1】
【帰還門感知 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:なし
死亡ログ追加:【八百ページ説明書を頭で受け止めた】
次回接続:【神様会議場】
※表示は主要スキルのみです。過去の下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
コヨリ:
説明書に物理で負けた幼女勇者。本は読むものだが、神様の本は落ちてくる。
ログル:
説明書を敵か資料かで迷っている解析神獣。たぶん両方。
ミネル:
知識神。説明は丁寧だが、八百ページを幼女に落とす。
ベル:
魔王軍秘書。説明書を危険物扱いしているあたり、実務経験が深い。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




