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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第13章 一フレームの神様

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一フレームの神様

道場の最奥です。

相手は秒針天使ティック。

開始挨拶にも、ご注意ください。


 道場の最奥は、静かだった。


 畳の中央に、金色の輪が浮いている。その下で、小さな天使が待っていた。背丈はコヨリより少し低い。白い羽。金色の輪。丸い頬。ふわふわの髪。見た目だけなら、絵本から出てきたみたいにかわいい。


 ただし、手に持っているのは弓でも竹刀でもなかった。


 長い秒針。


 時計の針をそのまま槍にしたような、細くて鋭い針だ。


「ログル」

「はい」

「かわいい」

「はい」

「危険」

「非常に」


 秒針天使は、にこりと笑った。


 その笑顔が、あまりにもかわいかったので、コヨリは一瞬だけ見てしまった。


 見てしまった時点で、遅かった。


 チッ。


 秒針が鳴った。


 次の瞬間、世界が白く弾ける。


【死亡ログ】

【死因:開始挨拶の笑顔を見た】

【評価:顔ではなく、翼と床と秒針を見ましょう】

【追記:かわいいは罠です】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 道場入口。


 コヨリは目を覚ますなり、畳に突っ伏した。


「笑顔で死んだああああああああああ!」

「勇者様、開始挨拶にも攻撃判定がありました」

「挨拶は平和のためのものだよ!」

「この道場では、平和そうなものほど危険です」

「神様の道徳の授業、受け直して!」


 累計死亡回数、百三回。


 道場内死亡回数、九回。


 百回を超えてからの死因が「笑顔を見た」なのは、かなり納得いかない。黒狼、罠、魔法陣、モンスターハウス、監査コード。いろいろ死んできた。なのに、笑顔。絵面だけならほのぼのだ。死亡ログだけが血も涙もない。


 ログルは、ティックの動きを宝石に再現した。


「秒針天使ティックは、こちらが視線を固定した瞬間に動きます。顔を見ると、視線が止まる。そこへ秒針を差し込むようです」

「顔が罠」

「はい」

「かわいいのに」

「かわいいからです」

「神様ァ! かわいいを悪用するな!」


 ティックの攻撃は速い。速いというより、すでにそこにある。矢のように飛ぶのではなく、秒針が次の瞬間を刺してくる。射線を見ても遅い。床を見ても足りない。翼、輪、床、秒針音、影。全部を一度に見る必要がある。


 そんな目はない。


「ログル、目、増やせない?」

「できません」

「カーバンクル型解析神獣なのに?」

「目を増やす種族ではありません」

「じゃあ神様に目を請求」

「却下されると思います」

「神様ァ! 目くらい支給して!」


 ベルの声が、魔王軍資料室の小窓から届いた。


「勇者様、顔を見てはいけません。交渉でも戦闘でも、見た目の良い相手ほど資料を見るのが基本です」

「ベルさんの人生訓が重い!」

「サキュバス秘書ですので」

「説得力がありすぎる!」


 ゼルドの声も続いた。


「幼き勇者よ。天使の笑顔を信用するな。余は昔、それで勇者歓迎式典を三時間延長された」

「魔王さんの被害が地味!」

「三時間の祝辞は苦痛だ」

「それは苦痛!」


 ログルが小さく咳払いした。


「勇者様。ティックを見る場所を分けましょう」

「分ける?」

「顔は見ない。翼で始動を見る。輪で攻撃方向を見る。床で着地点を見る。秒針音で間隔を見る。影で本命を見る」

「情報量が宿題より多い」

「宿題は命を取りません」

「たまに心を取る!」


 コヨリは立ち上がった。


 顔を見ない。顔を見たら死ぬ。かわいい笑顔は罠。かわいいは危険。ひどい学習だ。でも、生きるためには仕方ない。


 最奥の畳へ戻る。


 ティックがまた、にこりと笑った。


 見ない。


 コヨリは顔ではなく、翼を見た。右の羽根が先に震える。金色の輪が、ほんの少し左へ傾く。床の畳目が、斜めに濃くなる。秒針音は、チッ、ではなく、チ、と短い。


 左に来る。

 いや、左へ見せて、影は右。

 コヨリは右へ動かない。半歩、後ろ。畳の目が薄いマスへ。


 一手。


 秒針が、コヨリの前髪だけをかすめて通る。髪が一本、ふわりと落ちた。


「髪! 髪一本持っていかれた!」

「生存しています」

「髪もわたしの一部!」

「あとで整えます」

「ログル美容師もできるの!?」

「毛並み管理なら少し」


 ティックが首を傾げた。かわいい。見ない。絶対に見ない。


 秒針が二度鳴る。


 チッ、チッ。


 二連撃。コヨリは床を見る。最初の畳目は右。次の影は後ろ。なら、右へ行くふりをして、後ろへ下がる。顔芸ではない。体の重心を半分だけ右へ寄せる。審判者で覚えた、発生前をずらす動き。


 一手。


 最初の秒針が右を刺す。


 一手。


 次の秒針が、コヨリの一歩前を刺す。


 避けた。


 避けたが、ティックの輪が光る。床に小さな時計盤が浮かんだ。針は十二時を指している。十二時。上。天井。コヨリは上を見そうになる。見たら遅い。上ではなく、輪の影。影は床の右後ろへ落ちている。


 コヨリは心の中だけで叫び、右後ろへ転がった。


 一手。


 天井からではなく、床から秒針が突き上がった。さっきまでコヨリがいた場所の真下だ。


「床から来るの、ずるい!」

「ですが読めています」

「読めてるけど怖い!」


 ティックが初めて、秒針を少し止めた。


 硬直。


 今までの敵より短い。短すぎる。まばたきしたら消える。でも、ある。


 コヨリは小石を持っていない。盾はある。羽根がある。さっき拾った白い羽根。報酬。神様の報酬は信用しない。けれど、道場の報酬なら使い道があるはずだ。


 コヨリは羽根を投げた。


 一手。


 羽根はふわりと舞い、ティックの金色の輪に触れた。輪が一瞬だけ傾く。秒針音が乱れた。


 チ、チチッ。


「音、崩れた!」

「今です。発生前の基準がずれています」


 コヨリは走らない。走ると死ぬ。近づきすぎても死ぬ。なら、畳に落ちた監査済み小盾を足で押す。足で押すのも一手。盾は床を滑り、ティックの影を横切った。


 一手。


 ティックが影を守ろうとして、秒針を下げる。


 その瞬間、翼が止まった。

 硬直。


 コヨリは短剣を抜いた。

 速く動くのではない。


 動くべき一瞬を、間違えない。

 ベルの言葉が、頭の奥で光る。


 ログルが見られない一瞬を、コヨリが見る。

 帰るために、ほんの少し前を見る。


「ここ!」


 一手。


 短剣の刃が、ティックの秒針を弾いた。


 秒針が折れる音は、時計が止まる音に似ていた。ティックの体が光になり、金色の輪がゆっくりほどけていく。最後に、天使はまた笑った。


 今度は、攻撃ではなかった。

 コヨリは少しだけ、その笑顔を見た。

 死ななかった。


【試験終了】

【一フレーム道場:踏破】

【新規獲得:一フレームの神様 Lv.1】

【統合:予兆を見る Lv.1+発生前回避 Lv.1+硬直読み Lv.1】

【クラス兆候:時読み】

【帰還因子:時間 欠片反応】


 畳の床に、青白い光が広がる。


 壁の奥から、拠点の【帰る】の文字が見えた。遠い。けれど、さっきより少しだけ近い気がした。


 コヨリはその場に座り込み、短剣を膝の上に置いた。


「勝った?」

「勝ちました」

「死んだ?」

「今回は、生きています」

「じゃあ、叫んでいい?」

「訓練終了です」


 コヨリは天井に向かって両手を上げた。


「生きて勝ったああああああああああああああ!」


 道場の死亡受付端末が、なぜか拍手音を出した。


「受付に拍手機能いらない!」

「祝福かと」

「死亡受付に祝福されても複雑!」


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 拠点へ戻ると、反省会テーブルの上に新しい冊子が置かれていた。


 表紙には、知識神ミネルの眼鏡マーク。


【一フレーム干渉および時属性帰還因子に関する説明書】

【全八百ページ】


 コヨリは無言で冊子を閉じた。


 ログルも無言だった。


 ベルの小窓も沈黙した。


 ゼルドの通信も、なぜか途切れたふりをした。


 コヨリは、冊子をゆっくり持ち上げる。


「また八百ページ!」

 拠点に、コヨリの叫びが響いた。

「次は説明書ダンジョンでしょ、これええええええええええええええ!」


 壁の【帰る】の文字が、少しだけ光った。




【今回の死亡ログ】


死亡1:

【死因:開始挨拶の笑顔を見た】

【評価:顔ではなく、翼と床と秒針を見ましょう】

【追記:かわいいは罠です】


【今回のクリアログ】


踏破施設:【一フレーム道場】

撃破対象:【秒針天使ティック】

累計死亡回数:103回

道場内死亡回数:9回

獲得因子:【帰還因子:時間】欠片反応

解放施設:【一フレーム道場】正式登録

持ち帰り成功:【白い羽根の記録】【時属性訓練ログ】

ロスト:通常訓練用消耗品


【今回の勇者ステータス】


現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】踏破

累計死亡回数:103回

クラス:【死因学者】

クラス適性:【時読み】兆候

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】


【死因ログ参照 Lv.2】

【死亡ログ改ざん Lv.1】

【神様報告遅延 Lv.1】

【総合盤面確認 Lv.1】

【危険察知 Lv.4】

【射線確認 Lv.3】

【罠感知 Lv.3】

【未識別警戒 Lv.4】

【帰還門感知 Lv.1】

【シード差分確認 Lv.2】


【今回の新規獲得・更新】


新規獲得:【一フレームの神様 Lv.1】

統合:【予兆を見る Lv.1】+【発生前回避 Lv.1】+【硬直読み Lv.1】→【一フレームの神様 Lv.1】

クラス兆候:【時読み】

帰還因子:【時間】欠片反応

拠点施設:【一フレーム道場】正式登録


※表示は主要スキルのみです。過去に得た細かいスキルは消失せず、統合済み・内部派生として保持されています。

統合元:射線上位派生/発生前回避系/硬直読み系/予兆観察系


【登場人物紹介】


秒針天使ティック:

かわいい天使型ボス。開始挨拶の笑顔で殺してくる。かわいいは罠。


コヨリ:

速く動くのではなく、動くべき一瞬を選ぶことで突破した。累計死亡回数は103回。


ログル:

解析が間に合わない場面でも、コヨリと一緒に見続けた相棒。成功ログが増えた。


ベル:

一フレームの神様を「動くべき一瞬を間違えないための感覚」と説明した有能秘書。


知識神ミネル:

全八百ページの説明書を置いていった。説明する気はある。読む側の体力は考えていない。


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。コヨリの死に覚え攻略をこれからも見守っていただける方は、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、とても励みになります!

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