先撃ちの審判者
敵は、動いたあとではなく動く前を狙ってきます。
場所替えも万能ではありません。
床は、移動先でも床です。
長い廊下の先に、白い影が立っていた。
人の形をしているが、顔は布で隠れている。弓は細く、矢は光でできていた。廊下の床には、一直線に赤い射線が浮いている。今までなら、射線に入らない。壁を使う。小石で誘導する。それで何とかしてきた。
けれど、今回は違う。
白い影は、コヨリが一歩踏み出す前から、もう矢を置いている。
【中級一:先撃ちの審判者】
【注意:動こうとした気配に反応します】
コヨリは廊下の入口でしゃがみ込んだ。
「ログル、これずるい」
「はい」
「まだ動いてないのに撃つ気でいる」
「先撃ちです」
「名前通りだけど、名前通りに嫌!」
廊下の左側には細い壁、右側には浅い溝。溝の奥には、見るからに怪しい転移札が落ちている。札には【場所替え】と書かれていた。親切すぎる。絶対に何かある。
「場所替えの札」
「ありますね」
「使えば後ろに回れる?」
「可能性はあります。ただし、場所替え先も床です」
「名言みたいに言わないで」
「かなり重要です」
壁の木札にも、追い打ちのように文字が浮かんだ。
【場所替え先も床です】
「道場まで同じこと言ってきた!」
「よほど大事なのでしょう」
「分かったよ! 床は全部床!」
手持ちは、小石一つ、壁生成の杖一回、場所替えの札一枚。眠りの巻物は使い切った。小盾は監査済の文字が残っているが、まだ使える。HPは満タン。満腹度は減っている。考えるだけでもお腹が鳴りそうだ。
審判者の弓が、ほんの少しだけ傾いた。
コヨリは動いていない。
それなのに、矢の先がこちらの右足を追う。
「足を出す気配、見られてる?」
「はい。筋肉の動き、重心、視線、呼吸。おそらく、その前兆に反応しています」
「わたしの呼吸まで攻撃対象!?」
「息を止めすぎると判断が鈍ります」
「息しても死ぬし、止めても死ぬ!」
コヨリは場所替えの札を見た。
札を使う。審判者と位置が替わる。背後を取れる。だが、先撃ちなら、場所替え先に先に矢が置かれているかもしれない。床は床。移動先も危険。あの木札がしつこく言うくらいだ。きっと死ぬ。
でも、一度は試す必要がある。
「ログル」
「はい」
「死ぬ前提じゃなくて、確認前提」
「表現は大切です」
「場所替え札、使う」
「移動先の床を見てください」
「見たいけど、場所替えしたあとに見たら遅いんだよね」
「はい」
コヨリは札を構えた。審判者の足元を見る。影。床。弓の向き。審判者の後ろ、壁際に小さな白い点がある。あれが場所替え先に置かれる矢かもしれない。
札を使う。
一手。
景色が反転した。
コヨリは審判者の後ろに立っていた。
同時に、足元の白い点が矢になった。
「やっぱり置いてあるううううううううう!」
【死亡ログ】
【死因:場所替え先に先撃ち矢が置かれていた】
【評価:場所替え先も床です】
【追記:木札は正しかった】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
道場入口。
コヨリは復活するなり、壁の木札に向かって頭を下げた。
「木札さん、ごめんなさい」
「勇者様が木札に謝っています」
「正しかった! 場所替え先も床だった!」
「はい」
「でも言い方が腹立つ!」
「そこは同意します」
ログルが先ほどの場所替えを宝石に再現する。審判者は、コヨリが札を使う前に、移動後の床へ矢を置いていた。コヨリの視線が札へ動いた時点で、場所替えを読む。札そのものが予兆になっていた。
「札を見ると読まれる」
「はい」
「じゃあ見ない」
「見ないと使えません」
「神様ァ! 目が足りない!」
今度は、審判者ではなく壁を見る。左の壁は薄い。壁生成の杖で手前に壁を作れば、射線を切れるかもしれない。だが、壁を作る一手に反応して矢が来る。なら、矢が来る場所をずらす。
「右へ行くふり」
「はい」
「実際は動かない?」
「ふりだけが行動判定される可能性があります」
「ふりで死ぬの嫌!」
「小石なら、ふりを外部化できます」
「外部化って言うとすごいけど、小石を投げるだけだよね」
「はい。小石は偉大です」
コヨリは小石を右の溝へ投げた。
一手。
小石が溝の中で跳ね、かん、と音を立てた。審判者の弓が、コヨリではなく音のした方向へわずかに揺れる。矢が右の床に置かれた。
「今!」
「杖です」
コヨリは壁生成の杖を振った。
一手。
廊下の中央に土壁がせり上がる。矢は土壁に刺さり、光の粉になって消えた。審判者の弓が、一瞬だけ止まる。
硬直。
コヨリは走り出したくなる。だが走れば一手。審判者は次の矢を置く。なら、最短ではなく、矢を置きにくい場所を通る。
壁ぎわ。影の薄いマス。床の白い点が出る前の、線がまだ細いところ。
コヨリは一歩進む。
一手。
審判者が矢を番える。だが、土壁で射線が切れている。矢は壁をかすめて消えた。
もう一歩。
一手。
今度は審判者が左へ動く。倍速ではない。だが、反応が早い。コヨリの呼吸が乱れた瞬間、矢が次の床に置かれる。
コヨリは止まった。
動かない。
審判者も動かない。
床の白い点だけが、まだ出ていない。コヨリは右へ行きたい顔をした。顔だけ。実際の重心は左。審判者の弓が、右へほんの少し傾く。
「今、顔で騙せた?」
「顔芸が戦術になりました」
「もっとかっこよく言って!」
コヨリは左へ一歩。
一手。
矢は右の床に落ちた。コヨリの左足は安全マスに入る。審判者の弓が戻る。その戻りに、半拍の硬直。
コヨリは監査済み小盾を投げた。
一手。
盾はまっすぐ飛び、審判者の弓を弾いた。白い弓が床に落ち、光の矢がぱちんと消える。審判者は、初めて顔の布を少し揺らした。
【中級一:通過】
【内部更新:発生前回避 Lv.1】
【内部更新:硬直読み Lv.1】
コヨリはその場にへたり込んだ。
「顔芸で勝った......」
「主な勝因は、小石、壁生成、硬直読み、発生前回避です」
「顔芸は?」
「補助要素です」
「補助要素でもいい。顔もがんばった」
審判者が消えた場所に、白い羽根が一枚落ちている。拾う前に、コヨリは周囲を見る。床。壁。天井。矢の白い点。何もない。
「拾っていい?」
「一手です」
「拾う前に周囲確認」
「良いです」
コヨリは羽根を拾った。
一手。
何も起きなかった。
「何も起きないの、逆に怖い」
「報酬です」
「神様の報酬を信用するまで、あと百回くらいかかる」
「百回はもう死にました」
「そこ引っかけないで!」
次の襖が、ゆっくり開いた。
向こうは、道場の最奥らしい。畳の中央に、金色の輪が浮いている。輪の下には、小さな天使の影。羽音は軽く、秒針の音は鋭い。
チッ。
チッ。
チッ。
「ログル」
「はい」
「あれが、最後?」
「おそらく、秒針天使ティック」
「名前はかわいい」
「この道場で、名前がかわいいものは危険です」
「もう学んだ!」
【今回の死亡ログ】
死亡1:
【死因:場所替え先に先撃ち矢が置かれていた】
【評価:場所替え先も床です】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】
累計死亡回数:102回
現在ダンジョン内死亡回数:8回
クラス:【死因学者】
クラス適性:【時読み】兆候強
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【予兆を見る Lv.1】
【硬直読み Lv.1】
【発生前回避 Lv.1】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
内部更新:【発生前回避 Lv.1】
内部更新:【硬直読み Lv.1】
内部保持:【場所替え先確認】【顔芸による誘導】が追加
※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
先撃ちの審判者:
動こうとした気配に反応して矢を置く敵。場所替え先にも置く。とても嫌。
コヨリ:
顔芸、小石、壁生成、硬直読みで突破した。顔もがんばった。
ログル:
「場所替え先も床です」を強く推した。木札と意見が一致。
ここまで読んでいただきありがとうございます。ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、次の死因ログ作成の励みになります!




