神様監査は、一瞬の迷いを狙ってくる
道場に神様監査が割り込みます。
監査はだいたい正義っぽい顔で邪魔をします。
ログル、少し危ないです。
襖の向こうは、白かった。
道場の畳でも、黒い石床でもない。拠点の白とも違う。もっと硬くて、目に刺さるような白だ。床のマス目は細く、線の一本一本が定規で引いたみたいにまっすぐだった。壁には文字が流れている。
【監査項目:死亡ログ送信遅延】
【監査項目:魔王軍資料室との外部接続】
【監査項目:勇者側予兆学習速度】
【監査項目:解析神獣ログルの報告品質】
コヨリは、最後の一行で足を止めた。
「ログル」
「はい」
「これ、ログルのこと?」
「はい」
「監査って、怒られるやつ?」
「怒られるだけなら軽いほうです」
「軽くない答えやめて」
ログルの額の宝石が、灰色に曇る。いつもの解析の光ではない。外から押しつぶされるみたいな、嫌な点滅だった。
部屋の中央には、白い板が浮いている。板には目も口もないのに、なぜかこちらを見ている気がした。神様側の監査コード。生き物ではない。けれど敵だ。
【確認:死亡ログの送信に遅延を検出】
【確認:魔王軍記録領域への分岐を検出】
【修正:解析神獣ログルの報告経路を標準化します】
ログルが、小さく息をのんだ。
「標準化ってなに」
「ぼくが神様側に送るログを、元の形式に戻す処理です」
「戻したら?」
「勇者様の拠点側ログと、神様送信用ログの分離が難しくなります」
「神様に全部見られる?」
「......はい」
コヨリの胸が、かっと熱くなった。
「だめ」
「勇者様、足元を」
「ログルを勝手にいじるの、だめ!」
大きな声を出しそうになって、コヨリは歯を食いしばった。声は一手になる。監査コードは、それを待っている。怒らせて、動かして、判断を鈍らせる。そういう顔をしている。顔はない。なのに腹が立つ。
床のマス目の一部が、白く光った。
光った場所ではない。次に動く場所を見る。魔法陣の訓練と同じだ。白い線の流れを追う。監査文字が流れるたび、床の右端に細い影が走った。
「右端」
「はい。ですが、同時に上からも来ます」
「上?」
天井から、白い針のような文字列が降りてきた。槍ではない。矢でもない。監査項目そのものが、攻撃として降ってくる。コヨリは右端を避け、上を見て、ログルを見た。
ログルの宝石に、小さな亀裂みたいな光が走った。
見てしまった。
床を見るべきだった。
分かっていたのに、ログルを心配した。
白い床の線が、コヨリの足元で閉じる。
【死亡ログ】
【死因:ログルを心配して床を見なかった】
【評価:心配は悪くありません。床も見ましょう】
【監査ログ:送信保留】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
道場入口に戻った瞬間、コヨリはログルを両手でつかんだ。
「ログル!」
「生きています」
「宝石! 割れてない!?」
「表面ノイズです。破損ではありません」
「ほんと?」
「ほんとです」
「嘘だったら怒る」
「嘘なら、ぼくも困ります」
ログルはいつものように少し毒舌で、でも声が小さかった。
コヨリは、ログルをぎゅっと抱きしめた。ふわふわの毛並みが頬に当たる。何度も死んで、何度も戻って、ログルはずっと記録してくれた。最初は神様側の端末だった。でも、今は違う。コヨリの相棒だ。
勝手に戻されていいわけがない。
「勇者様」
「なに」
「強く抱きしめすぎると、別の死亡ログが増えます」
「ログルが?」
「主にぼくが」
「ごめん!」
魔王軍資料室の小窓が、ぱちりと開いた。ベルの声だけが届く。
「勇者様、こちらで監査ログの一部を吸収します。魔王軍側の書類棚に、いったん分類不明案件として格納可能です」
「分類不明でいいの?」
「神様の監査書類など、だいたい分類不明です」
「ベルさん、強い」
「ただし長くは持ちません。監査コードを完全に止めることはできません」
続いて、ゼルドの低い声が響いた。
「神々の書類は、後で余が燃やす。勇者は生きろ」
「魔王さん、燃やすって言った」
「正式な保管期間を終えた後に燃やす」
「急にちゃんとしてる!」
ログルの宝石が少しだけ澄んだ。
「勇者様、次はぼくを見ないでください」
「無理」
「無理でも、見ないでください」
「だってログルが危ない」
「ぼくを見ると、勇者様が死にます」
「それも嫌」
「なら、床を見てください。ぼくは、声で言います」
コヨリは唇を噛んだ。
「分かった。でも終わったら撫でる」
「それは歓迎します」
再突入。
白い監査部屋。流れる文字。中央の白い板。
【修正:解析神獣ログルの報告経路を標準化します】
コヨリは板をにらまず、床を見た。
右端の線が濃くなる。天井から文字列。左足元に小さな白い点。ログルが肩の上で短く言う。
「右、待って。上、次に左足」
コヨリは心の中でうなずく。右へ行きたい衝動を止める。今、右へ逃げると、天井の文字列に当たる。なら、半歩後ろ。だが半歩は行動判定になる。マスとしては一歩だ。
コヨリは小盾を床に置いた。
一手。
白い文字列が小盾に刺さり、盾の表面に【監査済】と焼きつく。盾は消えない。訓練用だからだ。よかった。持ち帰り品なら泣いていた。
「勇者様、左足」
コヨリは左足を引く。
一手。
足元の白い点が針になって伸びるが、すでに足はない。針は空振りし、床に小さな穴を開けた。
監査板が揺れる。
【異常:勇者側の発生前回避を検出】
「言い方が悪者!」
「声量」
「小声!」
床の線が一斉に光る。今度は見えすぎる。全部光ると、逆に分からない。コヨリの視界が白に塗られ、ログルの声も遠くなる。
その時、魔王軍資料室の黒い紙片が、部屋の隅にひらりと落ちた。ベルが投げ込んだ外部記録だ。白い監査文字が、一瞬だけそちらへ吸われる。黒い紙片には、ベルの字でこう書いてあった。
【神様監査コード:要再提出】
「ベルさん、書類で殴ってる!」
「勇者様、今です」
コヨリは床を見る。
白が全部消えたあと、最後に残る線が一本だけあった。監査板の足元から、コヨリの右斜め前へ伸びる線。発生前の核。
コヨリは小石を投げた。
一手。
小石が線の根元に当たり、監査板の白が乱れる。板の表示が文字化けした。
【修正しmmmmm】
【報告けえええろ】
【監査項目:勇者の小石が不当】
「小石は正当!」
「通りました!」
白い部屋が、ぱきんと割れた。
【初級五:通過】
【新規獲得:発生前回避 Lv.1】
ログルの宝石に、同じ文字が浮かぶ。今度は曇っていない。
コヨリはその場に座り込み、肩のログルをそっと撫でた。
「約束」
「はい」
「ログル、無事?」
「無事です」
「わたしも?」
「今回は生きています」
「今回はって言うなあ!」
白い監査部屋の奥で、次の襖が開いた。
そこには、まっすぐな長い廊下が見えた。廊下の突き当たりには、弓を持った白い影が立っている。影は、コヨリが動く前から矢を番えていた。
【中級一:先撃ちの審判者】
「先に撃つって書いてある」
「はい」
「こっちが動く前に撃つの?」
「おそらく、動こうとした気配に反応します」
「神様ァ! 心を読むな!」
「心ではなく、発生前動作です」
「どっちも嫌!」
【今回の死亡ログ】
死亡1:
【死因:ログルを心配して床を見なかった】
【評価:心配は悪くありません。床も見ましょう】
【監査ログ:送信保留】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】
累計死亡回数:101回
現在ダンジョン内死亡回数:7回
クラス:【死因学者】
クラス適性:【時読み】兆候強
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【予兆を見る Lv.1】
【硬直読み Lv.1】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【発生前回避 Lv.1】
外部支援:【魔王軍資料室】監査ログ一部吸収
内部更新:【ログル保護優先】と【床を見る】の両立開始
※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
監査コード:
神様側の白い管理処理。正義っぽい顔でログルを標準化しようとする。顔はないが嫌な顔をしている。
ベル:
書類で監査コードを殴った有能秘書。【要再提出】は強い。
ゼルド:
神々の書類を燃やす宣言をした魔王。なお保管期間は守る。
ログル:
監査対象。コヨリに「見ないでください」と言うが、終わった後は撫でられる。
コヨリ:
心配して死んだ。だが、心配を捨てずに床も見る方向へ一歩進んだ。
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