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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第13章 一フレームの神様

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モンスターハウスは、扉を開ける前から始まっている

休憩室です。

もちろん休憩できません。

看板を信じたら、だいたい死にます。

 扉の札には、たしかに【休憩室】と書かれていた。


 木目は普通。取っ手も普通。扉の下からは、ほんのり温かい光が漏れている。中にはお茶と座布団があって、もしかするとおにぎりくらい出るかもしれない。


 コヨリは、扉から三マス離れて腕を組んだ。


「ログル」

「はい」

「休憩室って、休める場所だよね」

「一般的には」

「この道場では?」

「死亡率が高い単語です」

「だよね!」


 扉の下に、細い影があった。


 秒針みたいに、ちっ、ちっ、と左右へ揺れている。普通の影ではない。灯りの揺れでもない。コヨリが一歩近づくたびに、影がほんの少しだけ濃くなる。


「これ、何の影?」

「解析中です。扉の向こうに複数の敵反応。ただし、扉を開ける前から起動準備が進んでいます」

「開けたらモンスターハウス?」

「開けなくても、近づきすぎるとモンスターハウスかもしれません」

「部屋の概念が出張してきた!」


 壁の木札に文字が浮かんだ。


【初級四:扉を開ける前に始まっている】


「いやな詩みたい」

「おそらく訓練名です」

「訓練名がポエムだと信用できない」


 扉まで三マス。二マスなら取っ手に手が届く。普通のダンジョンなら、扉を開けた瞬間に敵が見える。見えてから巻物、杖、逃走。だが、ここは一フレーム道場だ。見えたら遅い。光った床は次が爆発する。かわいい敵はフェイントする。


 休憩室は、たぶん休ませない。


「手持ち確認」

「訓練用小盾、小石二つ、眠りの巻物一枚、壁生成の杖一回です」

「眠りの巻物って、部屋全体?」

「同じ部屋内の敵に有効です。ただし扉の外から読むと、現在いる場所だけが対象になる可能性があります」

「じゃあ開けてから読む?」

「開ける一手で敵が起動します」

「開ける前に読めない。開けたら死ぬ。神様ァ! 休憩室で詰ませるな!」


 コヨリは扉の下の影をにらんだ。


 ちっ、ちっ。


 秒針みたいな影が揺れるたび、扉の向こうの気配が増える。壁の奥から、爪が床をこする音。小さな羽音。何かが瓶を振る音。どう考えても休憩室ではない。休憩しているのは敵だけだ。


「ログル、扉に近づいたら?」

「おそらく起動」

「扉を小石で叩いたら?」

「それも一手です。ですが、起動位置をずらせる可能性があります」

「ずらす?」

「扉を開ける前に、向こう側の待機状態を一部消費させる。モンスターハウス入口停止の応用です」

「言葉は難しいけど、小石で嫌がらせするってこと?」

「かなり雑ですが、合っています」


 コヨリは小石を握った。


 狙うのは扉の取っ手ではない。扉の下の影。秒針の先。影が右へ振れた瞬間、左端に小石を当てる。


 チッ。


 影が右へ行く。


 コヨリは小石を投げた。


 一手。


 こつん、と小石が扉の左下に当たった。


 扉の向こうで、何かが一斉に動いた。


 そして、扉が内側から吹き飛んだ。


「開けてないのに開いたあああああああああああ!?」


 中は休憩室ではなかった。


 部屋いっぱいに、敵が詰まっている。弓木人形、空振り師範の小型版、魔法陣玉、眠り粉コウモリ、さらには【お茶どうぞ】と書かれた盆を持ったミミックまでいる。お茶がいちばん怖い。


 コヨリの足元に赤いマス目が一気に走った。敵はまだ完全には動いていない。小石で起動をずらしたおかげで、こちらに一手だけ残っている。


 でも、コヨリは一瞬だけ固まった。


 敵が多い。多すぎる。部屋というより、苦情の詰め合わせだ。何を使う。眠りの巻物か。壁生成か。逃げるか。叫ぶか。叫んだら死ぬ。叫ばなくてもたぶん死ぬ。


 迷った。


 その迷いを、秒針の影が待っていた。


 チッ。


 影が、コヨリの足元を踏んだ。


【死亡ログ】

【死因:扉を開ける前にモンスターハウスが始まった】

【評価:休憩室を信じました】

【追記:看板に負けない心を持ちましょう】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 道場入口。


 コヨリは起き上がると同時に、死亡受付端末を指さした。


「休憩室じゃない!」

 端末は何も言わない。

「看板詐欺!」

 端末は札を一枚増やした。

「札を増やすな!」


 その時、端末の上から小さな紙吹雪が降った。


【累計死亡回数:100回】

【おめでとうございます】

【死亡受付常連ランクが上がりました】


 コヨリは紙吹雪を頭に乗せたまま、固まった。


「......百回」

「はい」

「わたし、百回死んだの」

「はい」


 ログルの声は、いつもより少し低かった。


 コヨリは紙吹雪を一枚つまむ。白い紙には、小さく【生存時間更新を応援しています】と書かれていた。たぶんネムの端末が用意したものだ。お祝いなのか、慰めなのか、事務処理なのか分からない。


 笑える。


 笑えるはずなのに、少しだけ笑えなかった。


「百回死んでも、まだ帰れてない」

「......はい」

「帰るって書いたの、いつだったっけ」

「最初の拠点です」

「覚えてる?」

「記録にも残っています。ぼくも覚えています」


 コヨリはログルを見た。


「記録だけ?」

「いいえ」


 ログルは、短く答えた。


「百回分、帰るための記録は残っています」


 紙吹雪が畳に落ちる。


 コヨリは鼻をすすって、立ち上がった。


「じゃあ、百一回目はまだ先にする」

「はい」

「休憩室、攻略する」

「はい。今度は、見てから選ばない。開く前に、使うものを決めます」

「眠りの巻物」

「扉が開いた瞬間に読む」

「声は?」

「出さない」

「叫びたい」

「我慢です」

「勇者に厳しい!」


 再挑戦。


 コヨリは扉から三マス離れ、小石を握った。今度は投げた後に迷わない。扉が吹き飛ぶ。その瞬間に、眠りの巻物を読む。巻物は一手を消費する。敵も動く。だが、モンスターハウスの起動が半拍ずれていれば、眠りが先に入る。


 コヨリは心の中で数える。


 チッ。


 小石を投げる。


 一手。


 扉が吹き飛ぶ。敵が見える。見てしまう。多い。怖い。けれど、もう決めている。コヨリは巻物を広げた。


 一手。


【眠りの巻物】


 白い文字が部屋いっぱいにほどけた。眠り粉コウモリが眠り、弓木人形が弓を構えたまま倒れ、ミミックの盆からお茶がこぼれる。空振り師範の小型版だけが半歩動きかけたが、目を閉じてすやすや倒れた。


 コヨリは、息を止めたまま壁生成の杖を振る。


 一手。


 入口の左右に土壁が盛り上がり、部屋の敵との間に細い通路ができた。完全封鎖ではない。けれど、逃げ道はある。


「ログル」

「はい」

「今なら叫んでいい?」

「小声で」

「勝った......ちょっとだけ勝った......!」


 部屋の奥、眠った敵の向こうに、次の襖が見える。


 コヨリは休憩室だったはずの地獄を横目に、そっと通路を抜けた。途中、ミミックの盆に残ったお茶が湯気を立てている。


 札には【お茶どうぞ】。


「飲まない」

「えらいです」

「百回死んだ勇者は、お茶にも勝てる」

「かなり低い勝利ですが、重要です」


 襖の前に立つと、壁の木札が新しく光った。


【初級四:通過】

【記念ログ:累計死亡回数100回】

【内部更新:モンスターハウス入口停止】


「百回死んだ記念が、モンスターハウス入口停止なの?」

「とても実用的です」

「もっとかわいい称号がよかった」

「【避けた気はした勇者】など」

「それは嫌!」


 次の襖の向こうから、冷たい光が差した。


 光の色が、道場のものではない。白すぎる。神様の管理画面に似た、嫌な白だ。


 ログルの宝石が、ぴりっと鳴った。


「勇者様。監査コードです」

「休憩の次が監査なの、世の中つらい!」

【今回の死亡ログ】


死亡1:

【死因:扉を開ける前にモンスターハウスが始まった】

【評価:休憩室を信じました】


【記念ログ】


累計死亡回数:100回

記念分類:【百回死んでも帰る勇者】


【今回の勇者ステータス】


現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】

累計死亡回数:100回

現在ダンジョン内死亡回数:6回

クラス:【死因学者】

クラス適性:【時読み】兆候中

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】


【死因ログ参照 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.1】

【危険察知 Lv.4】

【射線確認 Lv.3】

【罠感知 Lv.3】

【未識別警戒 Lv.4】

【予兆を見る Lv.1】

【硬直読み Lv.1】

【死亡ログ改ざん Lv.1】

【神様報告遅延 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】


内部更新:【モンスターハウス入口停止】

内部更新:【眠りの巻物使用判断】

記念ログ:【百回死んでも帰る勇者】


※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。


【登場人物紹介】


コヨリ:

累計死亡回数100回到達。紙吹雪で祝われたが、本人はわりと複雑。


ログル:

百回分の記録を「帰るための記録」と言ってくれる相棒。


休憩室:

休憩できない。中身はモンスターハウス。看板詐欺。


死亡受付端末:

紙吹雪を出す機能がある。妙に腹が立つ。


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