フェイント敵、性格が悪い
かわいい木人形が出ます。
かわいいだけなら安全ですが、この道場のかわいいは信用できません。
コヨリ、フェイントに怒ります。
次の部屋に立っていた木人形は、見た目だけなら土産物屋に置けそうだった。
まるい頭に、まるい手足。ほっぺたには赤い丸。頭の白い鉢巻きには、へたくそな字で【空振り師範】と書かれている。名前がもう嫌だった。
「空振り師範ってなに」
「おそらく、攻撃の空振りを誘う敵です」
「敵の自己紹介が親切に見えて、全然親切じゃない」
「はい。親切な敵は、たいてい敵です」
「もう何も信じられない!」
床は畳に戻っている。壁には木刀、竹刀、小さな盾が整然と並び、奥には【礼に始まり礼に終わる】と書かれた掛け軸がある。ただし掛け軸の下に【死亡受付は右奥】と矢印が足されていた。
「礼より先に死亡受付を案内しないで」
「導線としては正しいです」
「正しくない世界に帰りたい!」
空振り師範が、ぺこりと頭を下げた。
コヨリも反射で頭を下げかけて、止まる。
「ログル、これ礼したら一手?」
「敵への具体的反応として判定される可能性があります」
「礼儀で死ぬの嫌!」
「今回は無礼で生きましょう」
「言い方!」
空振り師範は、竹刀をゆっくり右へ構えた。いかにも右から振ってきそうな姿勢だ。床のマス目が薄く光り、コヨリの視界に予測線が浮かぶ。右から来る。右を避ける。左に一歩。簡単に見える。
簡単に見えるものほど、だいたい悪い。
「右から来る?」
「見た目は右です」
「見た目って言い方やめて!」
空振り師範が、竹刀をさらに大きく右へ振りかぶった。
コヨリは左へ跳んだ。
一手。
師範の竹刀は、右へ行かなかった。
右へ振るふりをしたまま、足元だけが先に沈み、体がくるりと回る。竹刀は左下から跳ね上がり、コヨリのあごにきれいに入った。
「フェイントの見た目が本気すぎるううううううううう!」
【死亡ログ】
【死因:フェイントを避けて本命に当たった】
【評価:腕ではなく重心を見ましょう】
【追記:礼はしていません】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
道場入口。
死亡受付端末が、右札をまた増やした。
「性格が悪い!」
「はい」
「あの木人形、顔だけかわいい!」
「はい」
「今の、右から来るって顔してた!」
「顔は常に同じです」
「じゃあ顔も悪い!」
ログルは師範の動きを宝石に再現した。小さな光の木人形が、右へ振る。見た目だけなら完全に右。だが、足元を拡大すると、右へ振る直前、左足の親指側が畳を押している。肩ではなく腰。竹刀ではなく膝。ほんの少しだけ、本命の方向へ体重が落ちていた。
「ここです」
「小さい! 情報が小さい!」
「一フレーム道場ですので」
「名前で納得させようとするな!」
コヨリは師範の部屋へ戻った。
空振り師範は、さっきと同じ顔で待っている。きっと、こちらの死亡など覚えていない。コヨリだけが覚えている。道場内リスポーンだから世界は完全に消えていないのに、それでも少しだけ、いつもの寂しさが胸に刺さった。
何度死んでも、相手は最初の顔で待っている。
「ログル」
「はい」
「今度は、竹刀を見ない。顔も見ない」
「はい」
「かわいいから」
「理由が混ざりました」
「でも顔を見ると腹が立つ!」
空振り師範が、今度は左へ構えた。
左に見える。見えすぎる。いかにも左。なら本命は右。そう思った瞬間、コヨリは自分の思考を疑った。右と読ませて、やっぱり左。いや、その裏の裏で右。考えすぎると、どんどん神様の顔が浮かぶ。
「ログル、脳がぐるぐるする」
「フェイント敵は、読み合いに見せて観察点をずらす敵です」
「読み合いじゃないの?」
「勇者様が間違った場所を見るよう誘導しています」
「性格が悪いの、確定!」
コヨリは師範の足だけを見た。
畳に沈む重さ。親指。かかと。膝。竹刀が左へ動く直前、右足のかかとが半分だけ浮いた。
右。
でもコヨリは、右へ避けない。右足が浮いたなら、次の踏み込みは左へ来る。竹刀の本命ではなく、体が動いたあとに硬直する場所はどこか。死因学者の頭の中で、さっきの死亡ログが開く。
【評価:腕ではなく重心を見ましょう】
コヨリは一歩下がった。
一手。
師範の竹刀が空を切る。左でも右でもない。踏み込みの先は、コヨリがさっきまでいたマスだった。竹刀が空振りした瞬間、師範の体が半拍止まる。
「止まった!」
「硬直です」
「殴っていい!?」
「はい。ただし近づくと一手です」
「分かってる!」
コヨリは小石を投げた。
一手。
小石は師範の額にぽこんと当たった。音だけはかわいい。師範の体がぐらつき、鉢巻きの【空振り師範】の文字が一瞬だけ【空振りしました】に変わる。
「煽ってる! 自分で煽ってる!」
「仕様です」
「神様ァ! 木人形に煽り機能をつけるな!」
師範は再び構えた。今度は竹刀を下げている。低い。足元狙いか。コヨリは足を見た。右足が沈む。左肩が上がる。腰がほんの少しだけ遅れる。
これは、振らない。
コヨリは動かなかった。
動かない。行動しない。世界は進まない。けれど、恐怖で体が動きそうになる。竹刀が来る気配だけが、顔の前にある。動かないことが、こんなに怖いなんて聞いていない。
師範の足が、わずかに滑った。
硬直。
今だ。
「小石二号!」
コヨリは投げた。
一手。
小石が師範の胸に当たり、木人形がころんと倒れた。倒れ方まで丸くてかわいい。腹が立つ。
【初級三:通過】
【新規獲得:硬直読み Lv.1】
ログルの宝石に文字が浮かんだ。
「硬直読み」
「はい。敵の攻撃後、またはフェイント後の止まる瞬間を読む基礎スキルです」
「止まったら殴る」
「雑ですが、合っています」
「でも、かわいい敵を小石で殴るの心が痛い」
「勇者様を一度殺しています」
「じゃあ痛くない!」
倒れた師範のそばに、小さな木箱が出現している。クリア報酬っぽい。箱には【おつかれさま】と書かれていた。
「ログル」
「はい」
「箱」
「呼吸はしていません」
「罠は?」
「薄いですが、反応があります」
「おつかれさまって書く罠、最低!」
コヨリは箱を開けず、小石でつついた。
一手。
箱から紙吹雪が飛び出し、真上から小さな竹刀が落ちてきた。コヨリは一歩下がっていたので当たらない。紙吹雪の中に、木札が一枚落ちる。
【報酬:開ける前に下がった勇気】
「報酬が説教くさい!」
「でも、正しいです」
「正しい罠がいちばん腹立つ!」
次の襖が開いた。
向こうには、木の扉が一枚だけ立っている。扉の上には【休憩室】の札。扉の下から、細い影が動いた。時計の秒針みたいに、ちっ、ちっ、と揺れている。
「ログル」
「はい」
「休憩室って書いてある」
「はい」
「信じていい?」
「この道場では、休憩という言葉が最も危険かもしれません」
「だよね!」
【今回の死亡ログ】
死亡1:
【死因:フェイントを避けて本命に当たった】
【評価:腕ではなく重心を見ましょう】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】
累計死亡回数:99回
現在ダンジョン内死亡回数:5回
クラス:【死因学者】
クラス適性:【時読み】兆候中
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【予兆を見る Lv.1】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【硬直読み Lv.1】
内部保持:【一歩下がろう】【拾う前に周囲確認】【投擲前確認】が道場内の小石運用に連動
※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
空振り師範:
かわいい木人形。右から来る顔をして左から来る。顔はずっと同じだが、性格は悪い。
コヨリ:
フェイントに怒りながらも、重心と硬直を見ることを覚えた。
ログル:
フェイントに対しても冷静。かわいい顔に惑わされない。
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