魔法陣は、光った場所じゃなく次に爆発する
道場の次の訓練は魔法陣です。
光っている床は、だいたい罠。
光っていない床も、だいたい罠です。
襖の向こうは、畳の道場ではなかった。
足を踏み入れた瞬間、空気がひやりと変わる。床は黒い石でできていて、薄い銀色の線が部屋中を走っていた。線は丸になり、三角になり、時々ひらがなの「ぬ」みたいな形に曲がっている。
「ログル」
「はい」
「神様、魔法陣に『ぬ』を書いた?」
「解析上は古代式補助線です」
「でも『ぬ』に見える」
「勇者様の緊張が、少し変な方向に逃げています」
「逃げ道があるなら逃げたい!」
部屋の奥には小さな台座がある。その上に、緑色の小瓶が置かれていた。瓶の中では、砂時計の砂みたいなものが上へ向かって落ちている。普通は下に落ちるものだ。上に落ちる時点で、もう飲み物ではない。
壁の木札に文字が浮かぶ。
【初級二:光った床を避けない】
【補足:次に爆発する床を見なさい】
「補足が難しい!」
「光っている床は、すでに発動済みの可能性があります」
「光ってるところが危ないんじゃないの?」
「通常はそうです。ただ、ここは道場です」
「道場って言えば何してもいいと思うな!」
床の銀線が、一か所だけぽうっと光った。
コヨリはすぐに右へ避けようとした。だが、前の訓練が頭に残っている。見えてから避けたら遅い。光った床を見て動いたら、たぶん死ぬ。
なら、次だ。
コヨリは床全体を見た。光った丸から、細い線が二本伸びている。一本は壁へ。もう一本は、コヨリの足元から三マス先の三角へ向かっている。その三角の線が、ほんの少しだけ濃くなった。
「三角!」
「声」
「心の中で言った!」
「はい。今のは消費していません」
コヨリは左後ろへ一歩下がった。
一手。
さっきまで光っていた丸ではなく、三マス先の三角が爆発した。青白い火花が天井まで伸び、床石がぱちぱち鳴る。
「読めた! 読めたよログル!」
「はい。見事です」
「わたし、もう魔法陣に勝てるのでは?」
「その発言は、死亡率を上げます」
「言霊こわい!」
台座の小瓶が、きらりと光った。
上に落ちる砂。緑の液体。小さな札には【未識別の小瓶】とだけ書かれている。未識別。危険。絶対に飲むな。いや、拾うだけなら。拾ってから鑑定すれば。もしかすると時間草かもしれない。時間草だったら、この道場にぴったりだ。たぶん必要アイテムだ。拾わないと損では。
「勇者様」
「拾わない」
「目が拾っています」
「拾わないって言ったもん」
「足が拾う方向に向いています」
「足はわたしの管轄外」
「管轄してください」
床の銀線がまた光る。
今度は、台座の前の丸だ。小瓶の下ではない。台座の前。コヨリは光った丸から次に濃くなる線を探す。右の四角だ。コヨリは左へ一歩。
一手。
四角が爆発した。正解。
台座まであと二マス。小瓶は、どう見てもこちらを呼んでいる。瓶の中の砂が上へさらさら落ちるたびに、コヨリの心も上へ落ちていく。意味は分からないが、欲しい気持ちは分かる。
「ログル。あれ、時間草っぽくない?」
「草ではありません。瓶です」
「じゃあ時間瓶」
「名称を付けて誘惑を強めないでください」
「鑑定だけ! 拾って鑑定だけ!」
「拾う一手で爆発する可能性があります」
「でも拾わないと分からない!」
「投げ識別という手も」
「投げたら割れるじゃん!」
「命は割れません」
「命を比較対象に出すなあああ!」
床の光が消えた。
安全に見える。
あまりにも安全に見える。
コヨリは台座に手を伸ばした。
一手。
小瓶の下の台座ではなく、コヨリが立っていた床の銀線が、後から光った。
「後出し光りは犯罪ぃ!」
青白い爆発が足元から跳ね上がる。
【死亡ログ】
【死因:拾う一手で爆発した】
【評価:欲は時を早めます】
【対象物:未識別の小瓶】
【正式名称候補:拾わせる時間草】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
道場入口。
コヨリは床に両手をついた。
「拾わせる時間草ってなに!? 草でもないし時間でもないし拾わせる気まんまんじゃん!」
「正式名称候補です。おそらく、拾う行動に反応して周囲を起爆する罠アイテムです」
「アイテムの顔をした罠!」
「ローグライクでは珍しくありません」
「珍しくない世界に幼女を入れないで!」
ログルの宝石に、死亡ログの詳細が浮かぶ。小瓶は、拾う前の二ターンだけ周囲の魔法陣を鈍くする。そのせいで、安全に見える。拾った瞬間、鈍らせていた分の魔力がまとめて起爆する。
神様の性格が床に出ている。
「勇者様。次は拾わず、床の連動だけ見ましょう」
「拾わない」
「本当に?」
「拾わない!」
「小瓶のほうを見ながら言っています」
「目がわたしの管轄外!」
「先ほども言いましたが、管轄してください」
再挑戦。
コヨリは台座を見ないようにした。見ないようにすると、余計に見える。視界の端で緑がちらちらする。未識別は敵。未識別は敵。未識別は、たまに味方。だから困る。
床の丸が光る。
コヨリは、光った場所ではなく、次に線が濃くなる場所を見る。三角、四角、壁際の細い線。爆発は、光の順番ではなく、線の太さで来る。だったら、床全体をひとつの盤面として見る。
右へ一歩。
一手。
背後が爆発。
左へ一歩。
一手。
前が爆発。
小瓶まであと一マス。拾わない。拾わない。拾わない。拾わないが、台座の上の札がぱたりと倒れた。
【たぶん便利】
「うわあああああああああ! 札で誘惑してきた!」
「勇者様、札も罠です」
「たぶん便利って書かれたら、便利か確かめたくなるでしょ!」
「それを人は罠と呼びます」
コヨリは歯を食いしばり、小瓶を小盾で押した。拾わない。手に取らない。小盾の端で、台座から転がすだけ。
一手。
小瓶が床に落ちた。周囲の銀線が一斉に光る。
「やっぱり爆発するやつ!」
コヨリは反射的に伏せかけて、止まった。光った場所は見ない。次。光った線の外側、入口に近い小さな「ぬ」が、ほんの少し濃くなっている。
コヨリは入口側へ転がった。
一手。
小瓶の周囲が連鎖爆発し、床の「ぬ」だけが安全地帯として残る。安全地帯の形が「ぬ」なのは、やっぱり納得いかない。
爆風がおさまると、壁の木札に新しい文字が浮かんだ。
【初級二:通過】
【新規獲得:予兆を見る Lv.1】
「正式に出ました」
「やった! でも時間瓶は?」
「消滅しました」
「便利だった?」
「罠としては便利でした」
「こっちに便利じゃない!」
次の襖が開く。
向こうには、丸い木人形が一体立っていた。さっきの弓人形より、さらにかわいい。丸い手。丸い足。頭には白い鉢巻き。表情はにこにこしている。
その手には、竹刀が握られていた。
【初級三:フェイントを信じない】
「ログル」
「はい」
「あの顔、性格悪い」
「解析前ですが、同意します」
【今回の死亡ログ】
死亡1:
【死因:拾う一手で爆発した】
【評価:欲は時を早めます】
【対象物:未識別の小瓶】
死亡2:
【死因:光った床だけ避けた】
【評価:次に爆発する場所を見ましょう】
※本文内では反省ログとして統合表示しています。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】
累計死亡回数:98回
現在ダンジョン内死亡回数:4回
クラス:【死因学者】
クラス適性:【時読み】兆候中
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因ログ参照 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【予兆を見る Lv.1】
内部保持:【拾う前に周囲確認】【未識別警戒】【罠感知】が道場内判定に連動
※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。
【登場人物紹介】
コヨリ:
時間っぽい小瓶を拾おうとして爆発した。未識別アイテムへの欲がまだ強い。
ログル:
「目と足を管轄してください」と冷静に言う相棒。正論が痛い。
拾わせる時間草:
草ではない。時間でもない。拾わせるための罠。
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