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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第13章 一フレームの神様

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見えてから避けたら遅いです

一フレーム道場、初級訓練です。

ただし初級の定義は神様基準です。

幼女基準では、だいたい殺意です。

 【一フレーム道場】の中は、思ったより普通だった。


 畳の床。白い壁。壁に掛かった木札。遠くに置かれた丸い的。入口の横には、きちんと死亡受付の小窓がある。


 普通じゃないところを最後に置くな。


「ログル。死亡受付が内装に馴染んでる」

「長く運用されている施設ほど、受付導線が整理されます」

「死ぬ施設の導線を整理しないでほしい!」


 受付小窓の奥では、ネムに似た黒い影がうつらうつらしていた。本人ではなく、死亡受付の簡易端末らしい。カウンターには小さな札が立っている。


【初回死亡の方は左の札をお取りください】

【常連の方は右の札をお取りください】


 コヨリは右の札を見て、そっと左の札を取ろうとした。


「勇者様、右です」

「初回の気持ちで行きたい」

「記録が許しません」

「記録ぅ!」


 道場の中央に立つと、足元に薄いマス目が浮かんだ。いつもの一手一動ワンターン・ワンアクションだ。コヨリが動かなければ、世界は動かない。けれど、奥の的だけは違っていた。


 的の上に、小さな弓を持った木人形が立っている。顔はまん丸で、ほっぺたに赤い丸が描かれていた。かわいい。かわいいが、絶対に殺す顔だ。いや、顔はかわいい。だから余計に信用できない。


「ログル、あれ」

「初級訓練用の【予兆矢】です。矢が飛ぶ前に、床か壁か弓に小さな兆しが出るようです」

「予兆って、親切機能?」

「親切に見える罠は、だいたい罠です」

「名言みたいに言わないで!」


 壁の木札に、墨の文字が浮かんだ。


【初級一:見えてから避けない】


「見えてから避けないなら、何を見ればいいの」

「それを訓練する場所です」

「説明が仕事放棄してる!」


 奥の木人形が、ゆっくり弓を引いた。


 コヨリは息を止める。床にマス目が走る。矢の射線が薄く赤く浮かぶ。正面。避けられる。右に一歩。コヨリは右足を出した。


 一手。


 矢が飛んだ。


 避けた。


 そう思った瞬間、矢が曲がった。


「曲がるなあああああああああああ!?」


 矢は、コヨリの肩をかすめるように見えて、最後の最後で当たり判定だけを広げた。視界が白く弾ける。


【死亡ログ】

【死因:見えてから避けた】

【評価:目で追う速度ではありません】

【受付分類:避けた気はした死】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 コヨリは拠点ではなく、道場の入口に戻された。


 死亡受付の簡易端末が、右の札を一枚増やしている。


「常連対応が早い!」

「道場内リスポーンです。拠点本体までは戻されていません」

「地味に便利だけど、便利さの方向が嫌!」


 ログルは額の宝石を震わせていた。


「勇者様、大丈夫ですか」

「肩に当たった気がしたのに、心に当たった」

「物理的には死亡判定です」

「心配するなら最後まで心配して!」


 ログルが道場の床を見た。コヨリもつられて視線を落とす。木人形が弓を引く直前、的の横に貼られた小さな札が、かすかに震えていた。矢が飛ぶ場所ではない。射線でもない。的の横の札。そこに書かれた「右」という文字が、ほんの一瞬だけ薄くにじむ。


「......あれ?」

「勇者様?」

「矢じゃなくて、札が先に動いた」

「はい。今のが予兆かもしれません」

「矢のほうを見たら遅いんだ」


 コヨリは立ち上がった。


「次、札を見る」

「矢は?」

「見ない」

「勇者様、怖くありませんか」

「怖い。だから、怖いほうを見ないで、怖くなる前を見る」


 木人形がまた弓を引いた。


 コヨリは矢を見ない。見たくなる。めちゃくちゃ見たい。飛んでくるものを見ないのは、黒板に書かれた宿題を見ないふりするより難しい。いや、宿題は見なければ消えた気がするが、矢は消えない。


 的の横の札が震えた。


 今度は「左」。


 コヨリは左へ動こうとして、口を開いた。


「左!」


 その瞬間、世界が動いた。


 大声が行動判定に引っかかった。足より先に声が一手になり、木人形の矢が放たれる。コヨリの体はまだ畳の上。矢だけが、きれいに飛んできた。


「声が一手扱いなのずるうううううううううう!?」


【死亡ログ】

【死因:予兆を見つけて叫んだ】

【評価:分かっても黙りましょう】

【追記:声量が元気でした】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 道場の入口で、コヨリは畳に正座した。正座なんて元の世界でも長くできないが、道場なのでつい正座してしまう。神様の罠だ。雰囲気で人を正座させる。


「世界、わたしの声に厳しすぎる!」

「敵に話しかける、大声を出す、物を落とす。これらは一手扱いになることがあります」

「仕様書に書いて!」

「たぶん八百ページのどこかに」

「八百ページを読ませるなあああ!」


 今度は声を出さない。


 矢を見ない。


 札を見る。


 木人形が弓を引く。札が震える。文字は「下」。


 下?


 コヨリは一瞬だけ混乱した。左右ではない。下。床。足元。畳の目が一筋だけ濃くなる。コヨリは盾を前に出さず、膝を折って伏せた。


 一手。


 矢が頭上を通り過ぎ、背後の壁に刺さる。


「......生きてる?」

「生きています」

「叫んでいい?」

「今は訓練終了判定です。どうぞ」

「生きたあああああああああああああ!」


 今度の叫びは、矢を呼ばなかった。コヨリは畳の上でごろごろ転がりたい気持ちを抑え、木札を見上げる。


【初級一:通過】

【新規反応:予兆を見る】


 ログルの宝石に、まだ薄い文字が浮かんだだけだ。正式獲得ではない。けれど、何かが引っかかった。


「ログル、今の」

「完全なスキル化には足りません。ただ、勇者様の視線が変わりました」

「矢を見るんじゃなくて、矢が飛ぶ前の場所を見る」

「はい」

「神様の雑な当たり判定、ちょっと見えた」

「かなり嫌な表現ですが、正確です」


 道場の奥で、次の襖が開いた。


 中から、薄い魔法陣の光が漏れてくる。床一面に、丸や三角や、踏んではいけなそうな線が走っていた。


「ログル。今度は床が光ってる」

「はい」

「光ってる床を避ければいいやつ?」

「さきほどの訓練を踏まえるなら、たぶん光っている床だけ見たら死にます」

「学習したくなかった方向に学習してる!」


 コヨリは小盾を抱え、襖の向こうを見た。


「次は、光る前を見る」


【今回の死亡ログ】


死亡1:

【死因:見えてから避けた】

【評価:目で追う速度ではありません】


死亡2:

【死因:予兆を見つけて叫んだ】

【評価:分かっても黙りましょう】


【今回の勇者ステータス】


現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】

累計死亡回数:96回

現在ダンジョン内死亡回数:2回

クラス:【死因学者】

クラス適性:【時読み】兆候前

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】


【死因ログ参照 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.1】

【危険察知 Lv.4】

【射線確認 Lv.3】

【罠感知 Lv.3】

【未識別警戒 Lv.4】

【死亡ログ改ざん Lv.1】

【神様報告遅延 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】


兆候:【予兆を見る Lv.1】

内部更新:【射線確認】の上位派生として、発生前を見る訓練開始


※表示は主要スキルのみです。下位スキルは統合済み・内部保持されています。


【登場人物紹介】


コヨリ:

矢を見て避けようとして死んだあと、予兆を見つけて叫んでまた死んだ。学習速度は高いが、声量も高い。


ログル:

今回の教訓を冷静に整理する相棒。コヨリの大声が一手扱いになったことを事務的に伝える。


死亡受付端末:

道場内リスポーン担当。顔はないが、なんとなく「またですか」と言っている気がする。


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