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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第13章 一フレームの神様

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幕間 避けられない一撃、苦情対象になる

魔王軍相談窓口に、新しい苦情案件が届きました。

今回は「避けたのに当たった」攻撃です。

勇者、当たり判定へ正式抗議します。

 拠点の白い床に、また封筒が落ちていた。


 最初に気づいたのはログルだった。小さな前足で封筒の端を押さえ、額の宝石を淡く光らせる。封筒は魔王軍の黒い封蝋で閉じられていて、中央にはベルのきれいすぎる字で、やたら長い件名が書かれていた。


【神速攻撃および勇者側回避不能判定に関する共同苦情申立書】


 コヨリは、それを読んだ瞬間、そっと封筒を裏返した。


「ログル、見なかったことにしよう」

「勇者様。封筒を裏返しても、苦情は消えません」

「じゃあ燃やそう」

「魔王軍公式文書です」

「じゃあ神様に送り返そう」

「それが本来の目的です」


 逃げ道が全部ふさがっていた。


 反省会テーブルには、死因研究室から伸びた紙束と、魔王軍資料室から届いた黒いファイルが積まれている。紙が勝手にめくれ、白い床の上に文字だけが騒がしく浮いた。


【被害報告:避けた後に当たる】

【被害報告:回避動作を追尾された】

【被害報告:当たり判定が後出しで広がった】

【死亡受付分類:避けた気はした死】


「ネムさん! 分類名! 分類名に悪意ある!」

「でも、最近増えてるんですよ。避けた気はした死」


 いつの間にか、死神ネムが受付用の黒い帳面を抱えて立っていた。黒いパーカーの袖から指先だけ出して、眠そうな目で帳面をめくっている。


「コヨリさんだけじゃないです。魔王軍の兵士さんも、天使側の訓練兵も、けっこう来ています」

「みんな避けた気はしてるんだ......」

「はい。気持ちは避けています」

「体を避けたいの!」


 その時、魔王軍資料室側の壁に黒い光の窓が開いた。映ったのはサキュバス秘書ベルだった。背後の棚には「神様案件」「残業案件」「燃やしたい案件」と札が並んでいる。


「勇者様、書類をご確認いただけましたでしょうか」

「確認したくなかったです」

「お気持ちは分かります。ですが、今回は魔王軍としても正式な共同抗議を希望いたします」

「魔王軍も困ってるの?」

「はい。訓練場で、避けたはずの部下が飛ばされました。しかも神様側の回答が『気合いで避けてください』でした」

「神様ァ! 気合いで避けられないから苦情になってるんでしょ!」


 ベルの横から、黒い角とマントが映り込んだ。魔王ゼルドは、いつもより少し疲れた顔をしている。


「余の部下が、避けた後に当たる攻撃で十七名ほど訓練休暇を申請した。幼き勇者よ、これはもはや戦闘ではない。労災だ」

「魔王軍、ちゃんと休暇あるんだ」

「ある。神々よりは労働環境を整えている」

「魔王さんのほうが運営うまいの、どうなの......」


 ログルが封筒の中身を広げた。矢の軌道、魔法陣の発光、敵の足運び。どれも一見すると、コヨリが今まで覚えてきた危険と同じように見えた。


 でも、違う。


 射線確認は反応している。危険察知も鳴っている。罠感知も、未識別警戒も、死因ログ参照も沈黙していない。みんな働いている。それなのに、最後の一手だけが間に合わない。


「勇者様。これは、通常の遠距離攻撃ではありません」

「遠くから撃ってくるやつじゃないの?」

「遠くから撃ってはきます。ただし、射線を見てから避けるのでは遅い攻撃です」

「見てから避けたら遅いって、もうどうしろと!?」

「撃たれる前に、撃たれる場所を読む必要があります」

「それ、予知じゃん!」


 ログルは首を横に振った。


「完全な予知ではありません。攻撃には、発生前の癖があります。床の光り方、敵の重心、空気の震え、魔法陣の線の太さ、弓を引く前の肩の沈み込み。今までの【射線確認】は、飛んできたものと通る場所を見る力でした。これから必要なのは、飛ぶ前の一瞬を見る力です」

「一瞬......」

「神域属性で言うなら、時属性の入り口です」


 時属性。


 その言葉が出た瞬間、拠点の壁に書いた【帰る】の文字が、ほんの少しだけ光った気がした。帰還因子には、名前、座標、時間、記憶、縁、扉がある。時間なんて、まだ遠いと思っていた。けれど、目の前の苦情書類はコヨリをそこへ引っ張っている。


 ログルは、資料の端に浮いた名称を前足で示した。


()()()()()()()()


「......名前、かっこいい」

「はい。名前だけは非常にかっこいいです」

「名前だけって言った!」

「効果は、たぶん地味で怖いです」


 ベルが別の紙をめくった。


「魔王軍では、その名称を神域戦闘用語として扱っています。一フレームとは、通常の一手よりもさらに細かい、攻撃が発生する直前の最小処理単位。神様側の雑な説明では『すごく短い瞬間』で済まされております」

「雑!」

「はい。雑ですので、こちらで言い換えます。一フレームの神様ひとフレームのかみさまとは、速く動くための力ではございません。動くべき一瞬を間違えないための感覚です」


 反省会テーブルの紙束が、ぴたりと止まった。


「勇者様が一手を選ぶ前、世界は盤面のように止まります。でも、神域の攻撃には、その盤面の外側から差し込むものがあります。完全に反則ではありません。ほんの少しだけ、先に兆しが出る。そこを読む。たぶん、それがこの名前の意味です」

「神様が一瞬だけ、こっちを見てるみたいな?」

「近いです。あるいは、神様が雑に作った一瞬の隙間を、勇者様が逆に見る力です」

「それ、ちょっとかっこいい」

「はい」

「でも、絶対死ぬやつだよね?」

「はい」

「即答しないで!」


 ゼルドが腕を組み、重々しくうなずいた。


「幼き勇者よ。かっこいい名の訓練ほど、だいたい死ぬ」

「魔王さん、経験者の顔してる」

「余も昔、神速魔槍訓練場という施設名に騙された。神速で書類が増えただけだった」

「戦闘関係ない!」

「神々の訓練施設とは、そういうものだ」


 ベルが最後の紙を表示した。


【施設候補:一フレーム道場】

【接続条件:死因学者クラス】

【補助条件:魔王軍資料室による外部記録バッファ】

【注意事項:死亡受付窓口あり】


「道場に死亡受付窓口置くな!」

「利用者数が多いので」

「人気施設みたいに言わないで!」


 叫んだコヨリの声に反応して、拠点の奥がかすかに震えた。白い壁の一部が、古い障子戸のように形を変える。そこだけ畳の匂いがした。乾いた草と、冷たい鉄と、何度も拭かれた床の匂い。扉の上には、墨で書いたような看板が浮かんでいる。


【一フレーム道場】

【死亡受付はこちら】


 コヨリは扉に近づき、札を見て、無言で回れ右した。


「帰る」

「勇者様、ここが拠点です」

「じゃあ寝る」

「訓練前の仮眠は有効ですが、問題は解決しません」

「ログルが急に真面目!」


 ログルはいつもより静かに、コヨリの足元へ来た。


「勇者様。先に言っておきます。今回、ぼくの解析が間に合わない場面が出ます」

「......ログルが無理するなら、やめる」

「やめません。勇者様が帰るために必要な可能性があります。それに、ぼくが見られない一瞬を、勇者様が見られるようになるなら、それは成功ログです」


 成功ログ。


 死亡ログじゃない言葉が、拠点の空気を少しだけ変えた。


 コヨリは壁の【帰る】を見た。その下には【忘れない】と【神様の仕様を攻略する】が並んでいる。死んだ世界は消える。でも、ここに書いたことは残る。


「ログル。一緒に見る。ログルだけが無理するの、だめ」

「では、一緒に」


 コヨリは扉に手をかけた。


 中から、畳の匂いと、秒針の音と、死亡受付の札が見えた。


「やっぱり受付あるうううううううううううう!」


 叫びながら、コヨリは【一フレーム道場】へ足を踏み入れた。


【今回の勇者ステータス】


現在シード:拠点接続特殊ダンジョン【一フレーム道場】

累計死亡回数:94回

現在ダンジョン内死亡回数:0回

クラス:【死因学者】

クラス適性:【時読み】兆候前

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】


【死因ログ参照 Lv.2】

【死亡ログ改ざん Lv.1】

【神様報告遅延 Lv.1】

【総合盤面確認 Lv.1】

【危険察知 Lv.4】

【射線確認 Lv.3】

【罠感知 Lv.3】

【未識別警戒 Lv.4】

【帰還門感知 Lv.1】

【シード差分確認 Lv.2】


【今回の新規獲得・更新】


新規獲得:なし

兆候:【時読み】反応前

新規接続:【一フレーム道場】


※表示は主要スキルのみです。過去に得た下位スキルは消失しておらず、統合済み・内部保持されています。


【登場人物紹介】


コヨリ:

避けたのに当たる攻撃へ正式にキレた幼女勇者。


ログル:

解析が間に合わない可能性をコヨリに伝えた相棒。


ベル:

「一フレームの神様」を、動くべき一瞬を間違えないための感覚と説明した有能秘書。


ゼルド:

かっこいい名の訓練ほど死ぬと教えてくれる苦労人魔王。


ネム:

新分類【避けた気はした死】を持ってきた。分類名がひどい。


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