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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第12章 魔王相談窓口と名前の登録

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魔王相談窓口、正式開設

五十階、魔王軍苦情書類迷宮の中枢です。

勇者名、魔王軍登録名、本名が同じ場所に並びます。

そして次の苦情案件は、一手一動の外から来る攻撃です。


 五十階には、敵がいなかった。


 罠の気配もない。書類棚は動かず、白い監査紙も見当たらない。広い部屋の中央に、巨大な受付カウンターだけが置かれていた。黒い木材は磨かれて深い艶を帯び、上には三つの印章台が並んでいる。魔王軍の黒印、秘書課の銀印、そして勇者用の小さな青い印。カウンターの前には、幼女でも届くように踏み台が置かれていた。


 コヨリは踏み台を見た瞬間、眉を寄せる。


「子ども扱い!」

「身長に合わせた合理的配慮です」


 通信石からベルが即答した。


「言い方が強い!」

「神様には不足している概念です」

「それはそう!」


 ゼルドはカウンターの奥に立ち、黒いマントを整えている。隣にはベルの本体が通信ではなく、半実体の姿で現れていた。眼鏡の奥の目は涼しく、スーツ風の魔族衣装は迷宮の湿った空気の中でも一切乱れていない。大人の色気と、事務処理で人を黙らせる圧が同居している。


 コヨリに向ける態度は、あくまで秘書だった。


「勇者様、これより魔王相談窓口の正式開設処理を行います」

「はい」

「必要事項は三点。勇者名、魔王軍登録名、本名」

「はい」

「誤字、略字、気分による愛称、死亡予定時刻の自己申告は不可です」

「最後の、わたしが書くと思われてるの!?」

「事故例は先に潰す主義です」

「有能だけど刺さる!」


 カウンターの上に、三つの欄が浮かぶ。


【勇者名】

【魔王軍登録名】

【本名】


 コヨリは踏み台に乗った。少し高くなっただけで、見える景色が変わる。広いカウンターの向こうに、ゼルドの顔が見えた。魔王は大きい。でも、今は見下ろしてこない。ベルも、コヨリの筆先が震えないよう、書類を低い位置に調整している。


 敵だった人たちの方が、神様より目線を合わせてくれる。


 それが、少し悔しくて、少し心強かった。


「ログル、確認」

「はい」

「勇者名」

「コヨリ」

「魔王軍登録名」

「勇者様/苦情代表。共同申立人情報は別紙に紐づけます」

「本名」

「天野こより」

「神様登録名は?」

「まだ未修正です」

「じゃあ、ここに置く。神様が直してないなら、先にこっちで置く」

「はい」


 コヨリは書いた。


【勇者名:コヨリ】

【魔王軍登録名:勇者様/苦情代表】

【本名:天野こより】


 ベルが銀印を手に取る。動きは美しく、無駄がない。ゼルドが黒印を持ち上げた瞬間、ベルの目が鋭くなった。


「魔王様、それは私用印です」

「む」

「正式印はこちらです」

「魔王印にも種類があるの!?」

「ございます。破壊用、宣戦布告用、胃痛休暇用、正式相談用」

「胃痛休暇用が一番使ってそう!」

「使用頻度は機密です」

「否定しないんだ!」


 正式印が押される。


 黒と銀と青の光が重なった。カウンターの奥から、細い線が伸びていく。その線は拠点の死因研究室へ、思い出ログ棚へ、帰還門建設予定地へつながった。白い神様回線ではない。黒紫の魔王軍回線と、ログルの淡い宝石光が混ざった、まだ細いけれど切れにくそうな線だった。


【魔王相談窓口:正式開設】

【魔王軍資料室:正式解放】

【帰還因子:名前 欠片反応】

【魔王軍登録名:仮照合完了】

【本名:未完全照合】

【神様登録名:未修正】


 コヨリは表示を読み、胸の前で手を握った。


「まだ完全じゃない」

「はい」

「でも、ちょっと進んだ」

「大きく進みました」

「ログルが大きくって言うなら、大きいんだよね」

「はい」


 ベルが小さな黒い鍵を差し出した。


「こちらが、魔王相談窓口の鍵でございます」

「わたしが持っていいの?」

「勇者様は共同申立人であり、窓口利用者であり、主な死亡事故発生者です」

「最後の肩書きいらない!」

「重要です」


 ゼルドは、カウンター越しに低い声で言った。


「勇者コヨリ。神は、我らを役割で呼ぶ。勇者、魔王、敵、味方、討伐対象。だが、お前が帰るためには、役割では足りぬのだろう」

「うん」

「ならば、余も役割だけで動くのをやめよう。余は魔王だ。だが、神の雑な仕様に苦情を出す者でもある」

「魔王さん、それちょっとかっこいい」

「そうか」

「でも肩書きは地味」

「言うな」


 部屋に、少しだけ笑いが生まれた。


 その笑いが消えきらないうちに、ベルが一枚の黒い書類をカウンターへ置く。紙の端には、赤い警告線が走っていた。


【次回相談案件:避けられない一撃について】


 コヨリの顔から笑いが消える。


「避けられない一撃って、なに」


 ゼルドが答える前に、ログルの宝石が重く光った。


「勇者様。神様側には、一手一動ワンターン・ワンアクションの外側から割り込む攻撃が存在する可能性があります」

「一手の外側?」

「こちらが一手を使う前、あるいは一手の隙間に発生する攻撃です」

「それ、ルール違反じゃん!」

「はい」

「基本スキルの意味、なくなるじゃん!」

「完全にはなくなりません。ただ、次の攻略には発生前の予兆を読む必要があります」


 ゼルドは苦い顔でうなずく。


「魔王軍でも被害が出ている。強制魔王戦の開始前に、演出光だけが先に走ることがある。余の台詞より速い」

「台詞より速い攻撃、ずるい!」

「うむ。だから苦情対象である」


 ベルが書類を一枚めくる。


【次回候補:一フレーム道場】

【関連因子:時間】

【危険分類:一手一動外干渉】


 コヨリは踏み台の上で、両手を空へ突き上げた。


「行政手続きが終わったと思ったら、今度は反射神経!? 幼女に求める科目が多すぎるううううううう!」


 ログルは、その叫びを聞きながら、魔王軍資料室へ新しい記録を送る。


【魔王相談窓口:開設完了】

【次回攻略対象:一フレーム道場】

【帰還因子候補:時間】


 拠点へ戻ると、死因研究室の隣に黒い小部屋ができていた。受付カウンターにはベルの通信石、ゼルドの胃薬箱、そして幼女用の踏み台。コヨリは踏み台を見て、また少しだけ文句を言った。


 けれど、鍵はポケットに入れた。


 神様に読まれない記録を置く場所が、ひとつ増えた。帰るための名前は、まだ欠片だけ。けれど、その欠片はもう、コヨリ一人の手の中だけではない。



【今回の勇者ステータス】

現在地:拠点/魔王相談窓口

累計死亡回数:94回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:8回

現在クラス:【死因学者】

解放済みクラス:【勇者】【料理人】【魔法使い】【罠師】【弓使い】【魔物使い】【地図師】【死因学者】

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【帰還門感知 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】【店内装備禁止 Lv.2】【名前は丁寧に書く Lv.1】

第12章獲得・更新:【札も識別 Lv.1】【順番待ち確認 Lv.1】【薄い書類ほど読む Lv.1】【印章は道具で確認 Lv.1】【店の床を信じるな Lv.1】【店内装備禁止 Lv.2】【名前は丁寧に書く Lv.1】【監査書類を飛ばすな Lv.1】

統合済み・内部保持:料理、魔法、罠、射線、投擲、魔物、地図、人物、店対応、帰還門関連の下位スキルは消失せず、上位スキルまたは内部派生として保持。

今回の新規獲得・更新:拠点施設【魔王相談窓口】正式解放/【魔王軍資料室】正式解放

帰還因子:【名前】欠片反応

次回候補:【一フレーム道場】

関連因子:【時間】


【登場人物紹介】

魔王ゼルド:魔王にして、神様運営被害の共同申立人。胃痛休暇用の印がある。

ベル:魔王軍秘書。正式印の管理まで完璧な事務参謀。

コヨリ:勇者名、魔王軍登録名、本名を同じ場所に並べた幼女勇者。次は一手の外側と戦う予定。


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