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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第12章 魔王相談窓口と名前の登録

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魔王様、苦情代表になる

いよいよ魔王ゼルド本人が迷宮に入ってきます。

勇者と魔王が争うはずの場所で、まず確認するのは勤務表。

神様運営のブラックさが、魔王の胃を直撃します。


 四十一階に入ると、空気が玉座の間の匂いを帯びた。


 黒い絨毯がまっすぐ伸び、両側には書類棚ではなく、重厚な柱が並んでいる。柱の上には小さな魔王軍旗が垂れ、遠くで低い鐘の音が鳴った。威厳はある。とてもある。けれど、絨毯の上に散らばる書類の束が、その威厳を台無しにしていた。


【魔王戦開始申請書】

【魔王敗北予定表】

【勇者勝利予定表】

【演出用玉座召喚書】

【魔王様台詞指定書】

【胃痛休暇申請却下通知】


 最後の一枚で、コヨリは何とも言えない顔になった。


「ログル。魔王さん、休めてない」

「はい」

「敵だけど、かわいそう」

「分類が揺れています」


 黒い炎が絨毯の奥で揺れた。そこから、魔王ゼルドが現れる。背は高く、黒いマントは重そうで、角のような冠が暗い光を受けて鈍く光っていた。威圧感のある赤い目。広い肩。人間なら足がすくむ姿だ。


 ただし、片手に胃薬の小瓶を持っている。


「勇者コヨリよ。余は魔王である」

「はい」

「本来なら、ここで敵対するべき存在である」

「うん」

「だが、まず言わせてもらう」

「なに?」

「この勤務表は、おかしい」


 ゼルドは書類束を広げた。


 一日に十二回の魔王戦。敗北演出三種類。勇者が低レベルで来た場合の即死処理。勇者が会話を試みた場合の強制戦闘移行。魔王側の休憩時間は、なし。玉座の間の照明演出は細かく指定されているのに、胃痛休暇は却下済み。


 コヨリは真顔になった。


「魔王さん」

「なんだ」

「神様、ひどいね」

「うむ」

「わたし、魔王を倒しに来たはずなのに、今ちょっと労基に相談したい」

「労基とは何だ」

「たぶんベルさんが好きなやつ」


 通信石が即座に震えた。


「正式な労務監査窓口がございましたら、魔王軍は即日申請いたします」

「ベルさんの反応が速い!」

「魔王軍も無限残業ではございません」

「セリフが強い!」


 書類束が突然ふくらんだ。紙が羽のように広がり、黒い絨毯の上で巨大な鳥のような姿になる。書類の端には、白い神様印章がいくつも貼りついていた。


【強制魔王戦書類束】


 紙の怪物が、ゼルドの声を真似る。


「勇者よ、よくぞ来た。ここで余と戦うがよい」

「それ、魔王さんの台詞?」

「指定書にはあるが、余は今言っておらぬ」

「書類が魔王さんのセリフを代読してる!」


 書類束が広がる。床に白い線が走り、コヨリとゼルドを戦闘開始位置へ押し込もうとする。ログルの宝石が警告の光を放った。


「勇者様、会話キャンセル処理が来ます。ここで一手動くと、強制戦闘へ移行します」

「じゃあ動かないで考える。ログル、書類束の弱点は?」

「偽印章が三枚。中央の【休戦無効】、右翼の【会話キャンセル】、左翼の【魔王敗北予定】です」

「ベルさん、無効申請できる?」

「申請書を投げます。ただし、勇者様が受け取ると一ターン消費します」

「魔王さん、動ける?」

「余は魔王権限で、玉座固定を一度だけ拒否できる」

「じゃあ、わたしは射線を切る。ログルは偽印章を見る。ベルさんは申請書。魔王さんは休戦宣言。勇者と魔王の共同作業、変だけど行くよ!」

「変ではあるが、異議はない」


 一手。


 コヨリは横へ動かず、足元の書類をこども杖で押した。直接触らない。紙の端がめくれ、中央の偽印章が見える。ゼルドが黒いマントを広げ、白い線を遮った。


「余は本日、勇者コヨリとの戦闘予定を休止する!」


 ベルの申請書が通信石から黒い光になって飛ぶ。


【休戦継続申請書】

【魔王軍秘書課承認】

【勇者側同意:口頭確認】


「口頭でいいの!?」

「緊急時の簡易処理です」

「魔王軍、臨機応変!」


 書類束が暴れる。強制台詞入力が飛び、ゼルドの口元へ白い紙が貼りつこうとした。ゼルドは胃薬の瓶をポケットにしまい、片手で紙をつかむ。


「余の台詞は、余が決める」


 黒い炎が走る。紙の怪物は、ばさばさと崩れ始めた。


 コヨリは最後の偽印章を封印ばさみでつまみ、ログルの指示した線まで引きずる。


「ここ?」

「はい。そこです」

「押す?」

「押さずに剥がします」

「鼻は?」

「近づけないでください」

「はい!」


 偽印章が剥がれた瞬間、書類束はただの紙に戻った。玉座の間の圧が抜け、黒い絨毯の上に、神様書式の紙だけが情けなく散らばる。


 ゼルドは深く息を吐き、胃薬の小瓶を取り出した。


「勇者よ」

「はい」

「余は、お前を討伐対象ではなく、神様運営被害に関する共同申立人として認める」

「共同申立人」

「つまり?」


 ベルが通信で淡々と言った。


「一緒に苦情を出す仲です」

「冒険の仲間の言い方じゃない!」


 ゼルドは笑わなかった。けれど、目元の硬さが少しだけ緩む。


「勇者コヨリ。余は魔王だ。お前の敵であるべき存在だ。だが、神の雑な仕様で無限に魔王戦へ呼び出される身でもある。お前が帰るために、余を倒す必要がないのなら、余にも協力する理由はある」

「魔王さん、協力してくれるの?」

「神に苦情を出すためにな」

「理由が魔王っぽくないけど、すごく助かる!」


 コヨリは手を差し出そうとして、少し迷った。魔王の手は大きい。昔なら怖かったかもしれない。でも今は、その手よりも、白い神様書式の方がずっと怖い。


 ゼルドは片膝をつき、幼女勇者の高さに合わせて手を差し出した。


 コヨリはその手に触れた。


 握手というより、休戦の確認。敵だったはずの相手と、同じ書類に苦情を出すための一手。


 ログルの宝石が静かに光った。


【魔王軍協力関係:正式化】

【共同申立人登録:仮完了】


 コヨリは表示を見て、少しだけ笑った。


「ログル、わたし、魔王と仲間になったの?」

「正確には、苦情手続き上の共同申立人です」

「だから言い方めんどくさっ!」


【今回の勇者ステータス】

現在地:魔王軍苦情書類迷宮 49F到達

累計死亡回数:94回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:8回

現在クラス:【死因学者】

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【監査書類を飛ばすな Lv.1】【名前は丁寧に書く Lv.1】【印章は道具で確認 Lv.1】【店内装備禁止 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【魔王会話ログ Lv.1】

今回の新規獲得・更新:魔王軍協力関係の正式化/【魔王会話ログ Lv.1】更新扱い

関連内部スキル:【非殺傷ルート選択 Lv.1】【倒さない判断 Lv.1】【泥棒判定警戒 Lv.1】

拠点施設候補:【魔王相談窓口】【魔王軍資料室】正式解放目前

備考:魔王ゼルドは討伐対象ではなく、神様運営被害の共同申立人として仮登録されました。


【登場人物紹介】

魔王ゼルド:魔王。本来は敵だが、神様の勤務表に苦しむ共同被害者。

ベル:魔王軍秘書。休戦継続申請を緊急処理する有能すぎる事務担当。

強制魔王戦書類束:魔王戦を無理やり始めようとする書類の怪物。敵より書類が怖い章の象徴。


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