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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第12章 魔王相談窓口と名前の登録

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勇者コヨリと天野こより

魔王軍通行証を買った先に、名前登録フロアが待っています。

勇者名、魔王軍登録名、本名。

帰るためには、コヨリが誰なのかを照合しなければいけません。


 二十一階の扉には、名前を書く欄があった。


 黒い石の扉に白い枠が浮かび、その内側だけが紙のようにざらついている。扉の前には小さな踏み台と、羽ペンが一本。幼女でも届く高さに調整されているのが、ありがたいようで腹立たしい。


 通路は静かだった。さっきまでの店の匂いも、紙の擦れる音も遠い。ここには、誰かの名前を待つ沈黙だけがある。


【登録名を入力してください】


 コヨリは羽ペンを持った。


「コヨリ」


 扉は開いた。


 二つ目の扉。


【勇者名を入力してください】


「勇者コヨリ」


 これも開く。少し腹立たしいくらい、すんなりだった。


 三つ目の扉の前で、コヨリは足を止めた。


【本名を入力してください】


 白い枠が、じっと待っている。ログルは何も言わない。肩の上で、宝石の光を弱めていた。


「......天野こより」


 コヨリは丁寧に書いた。漢字は少し震えた。異世界に来てから、剣や杖や札や死亡ログばかり握ってきた手は、元の世界の名前を書くには少し固くなっている。


 扉は半分だけ開いた。


 そこから、家の匂いがした気がした。夕方の廊下、靴箱、洗ったばかりの上履き、ランドセルの肩紐。胸の奥がきゅっと縮む。


 けれど、扉はすぐに閉じた。


【本名照合:不完全】

【異世界登録名との紐づけ不足】


「......わたし、自分の名前なのに足りないの?」

「名前そのものではなく、どの世界の誰として帰るか、という照合が必要なようです」

「難しいこと言わないで」

「勇者様が帰るには、勇者様ではなく、元の世界のこより様として認識される必要があります」

「それ、ちょっと怖い」

「はい」


 ログルの声は、いつもより低かった。


 コヨリは羽ペンを握ったまま、扉の白い枠を見つめる。勇者コヨリ。神様がそう呼んだ名前。ログルが呼ぶ「勇者様」。魔王軍が書類に書いた「苦情代表」。ネムの台帳にある死亡受付対象。どれも自分だ。けれど、元の世界の玄関へ帰るには、天野こよりでなければならない。


 通信石が震え、ベルの声が入った。


「勇者様、魔王軍登録名を確認いたします」

「今それ言う?」

「重要です。現在、魔王軍資料では【勇者様/神様運営被害共同申立人/死亡予定時刻過多】となっております」

「最後のやつ消して!」

「事実に基づく分類です」

「魔王軍資料からも死ぬ予定を消してええええ!」


 シリアスな空気が、紙飛行機みたいに飛んでいった。


 四つ目の扉には、三つの欄があった。


【神様登録名】

【魔王軍登録名】

【本名】


 コヨリは深呼吸する。今度は、焦らない。羽ペンの先を整え、足元を見て、扉の影が動いていないか確認し、ログルへ目を向ける。


「ログル、確認。これ、書き間違えたら?」

「登録名不一致による弾き出し、名前欄からの拘束、または神様登録名への強制上書きが考えられます」

「名前欄が攻撃してくるの?」

「この迷宮では、可能性があります」

「行政、だんだん物理攻撃してくる!」


 コヨリは一つ目に【勇者コヨリ】と書いた。二つ目に【神様運営被害共同申立人】と書こうとして、文字数の多さに手が止まる。


「長い!」

「ベル様の登録名です」

「ベルさん、わたしを長い書類名にしないで!」

「略称を設定しますか」

「して!」


 通信の向こうで紙をめくる音がした。


「では、魔王軍登録名は【勇者様/苦情代表】で仮登録いたします」

「まだ長いけど、死ぬ予定よりマシ!」


 三つ目に、コヨリはゆっくり書く。


【天野こより】


 今度は、扉が閉じなかった。白い枠が淡く光り、三つの名前を細い線でつなぐ。完全な線ではない。途中で何度も途切れ、かすれ、神様登録名のところだけ白いノイズが走る。それでも、初めて同じ画面の中に並んだ。


【帰還因子:名前 欠片反応】

【魔王軍登録名:仮照合】

【本名:未完全照合】

【神様登録名:未修正】


 コヨリは、光の線を見つめた。


「わたし、勇者コヨリだけじゃないんだ」

「はい」

「天野こよりでも帰る」

「そのための照合です」

「じゃあ、神様の登録名も直させる」

「かなり難しいです」

「知ってる。でも、攻略する」


 その時、足元の白い枠がぬるりと動いた。


【名前入力欄:再確認】


 油断していた。コヨリは最後の確認欄に、ひらがなで雑に「ゆうしゃこより」と書いてしまう。


【登録名不一致】


 名前欄から白い手が伸びた。


「名前欄が本当に攻撃してきたあああああ!」


 手はコヨリの足首をつかみ、白い枠の中へ引きずり込んだ。


【死亡】


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:93回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:7回

死因:【名前入力欄にひらがなで雑に書いた】

評価:【帰還因子は、テストの名前欄より厳しいです】

新規獲得候補:【名前は丁寧に書く Lv.1】


 拠点で目を覚ましたコヨリは、最初に羽ペンをにらんだ。


「わたし、名前欄で死んだ」

「はい」

「テストでも名前は書けたのに」

「異世界の名前欄は攻撃してきます」

「学校の先生、優しかったんだなあ!」


 再挑戦では、最後の確認欄まで丁寧に書いた。神様登録名、魔王軍登録名、本名。ひとつずつ声に出して、ログルに確認させる。


「勇者コヨリ」

「一致」

「勇者様/苦情代表」

「魔王軍仮登録と一致」

「天野こより」

「本名欄、部分照合」

「最後、確認欄」

「丁寧に」

「はい。丁寧に」


 白い線が、もう一度つながる。今度は、途切れながらも消えない。


 コヨリは羽ペンを置いた。手のひらにはインクがついている。黒い点が、元の世界の名前を書いた証みたいに見えた。


「ログル。これ、まだ欠片なんだよね」

「はい。完全な【名前】因子ではありません」

「でも、欠片は取れた」

「はい」

「じゃあ、欠片をなくさない。わたしの名前だから」

「記録します。神様送信用ではなく、拠点保存用と魔王軍資料室に」

「うん。神様には、あとで自分で言う」





【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:93回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:7回

死因:【名前入力欄にひらがなで雑に書いた】

評価:【帰還因子は、テストの名前欄より厳しいです】


【今回の勇者ステータス】

現在地:魔王軍苦情書類迷宮 30F到達

累計死亡回数:93回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:7回

次回開始:Lv1/HP15

現在クラス:【死因学者】

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【店の床を信じるな Lv.1】【店内装備禁止 Lv.2】【印章は道具で確認 Lv.1】【札も識別 Lv.1】【順番待ち確認 Lv.1】【死因ログ参照 Lv.2】【帰還門感知 Lv.1】

今回の新規獲得・更新:【名前は丁寧に書く Lv.1】

関連内部スキル:【人物レイヤー地図 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】【縁感知 Lv.1】【思い出ログ記録 Lv.1】

帰還因子:【名前】欠片反応

重要情報:【神様登録名:未修正】【本名:未完全照合】

備考:勇者名、魔王軍登録名、本名が初めて同じ記録台に置かれました。


【登場人物紹介】

ベル:魔王軍登録名を管理する有能秘書。死亡予定時刻過多を事実分類に入れてくる。

ログル:コヨリの本名を、神様ではなく拠点と魔王軍資料室に残すことを選ぶ。


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