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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第12章 魔王相談窓口と名前の登録

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魔王軍売店は親切、でも店は店

魔王軍売店に到着です。

注意書きは親切、値札も親切、店主も笑顔。

それでも店内で一歩間違えれば泥棒判定です。


 十一階に降りた瞬間、コヨリは甘い匂いを感じた。


 紙とインクばかりだった通路の奥に、温かいパン、薬草茶、磨いた金貨の金属臭が混ざっている。黒い絨毯の上に商品が整然と並び、棚には巻物、腕輪、通行証、壺、薬草が一つずつ値札つきで置かれていた。壁には大きな注意書きが貼られ、字は読みやすく、危険な箇所は赤で囲んである。


【店内での遠投禁止】

【未識別品の試食禁止】

【支払い前の通行証持ち出し禁止】

【盗む意思がなくても、出口を越えた時点で泥棒判定です】

【魔王軍は説明しました】


 店主は小柄な悪魔商人だった。丸眼鏡に、きちんと結んだ蝶ネクタイ。にこにこ笑っているが、足元には太い棍棒が置かれている。笑顔と棍棒の組み合わせが、店の床より怖い。


「ログル」

「はい」

「神様より説明が親切すぎて、逆に怖い」

「説明後に死ぬと、言い訳できません」

「説明責任を果たした上で殺しに来るな!」


 黒い絨毯は、店の領域を示しているらしい。絨毯の外は通常通路。通行証は、棚の中央に置かれていた。値札には【一二〇〇魔王軍貨】とある。コヨリの手持ちは、ちょうど一三〇〇。買える。買えるが、ほぼ全部なくなる。


「通行証、高い」

「重要書類です」

「命より高い?」

「過去実績では、命より高い場面があります」

「わたしの命の値段、店で変動するのやだなあ」


 コヨリは商品棚の前に立ち、通行証へ手を伸ばした。持ち上げる。軽い紙なのに、責任だけが重い。


「値段を確認して、財布を出して、店主さんの前へ......」

「勇者様、足元」

「へ?」


 値札を見ようと一歩下がった。


 その一歩で、黒い絨毯の端を越えた。


【泥棒判定】


 店主の笑顔が、音を立てずに深くなった。次の瞬間、姿がぶれる。倍速どころではない。商人の皮をかぶった処刑装置が、棍棒を振り上げていた。


「盗む気はなかったああああ!」


 棍棒が来る。


【死亡】


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:91回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:5回

死因:【支払い前の通行証を持って絨毯の外へ出た】

評価:【盗む意思は不要です。判定は床がします】

新規獲得候補:【店の床を信じるな Lv.1】


 次の挑戦では、コヨリは絨毯の境界へ小石を置いた。赤い糸も置いた。さらにログルが地図に黒い線を引く。通行証を見るだけで、ここまで大げさな準備がいる。だが、コヨリはもう床の判定を信じない。


「ログル、確認」

「絨毯内側です。商品はまだ棚の上。勇者様の手は空です。財布は足ります。店主様は笑顔です」

「笑顔って安全?」

「いいえ」

「知ってた!」


 通行証を買う前に、他の商品も見る。巻物、壺、腕輪。未識別腕輪の値札は高い。高いものは強い。強いものは事故る。コヨリは学んでいる。


 なのに、腕輪はとてもきれいだった。


 銀色の輪に、小さな黒い宝石がついている。手首に通せば、何か便利な効果がありそうだ。店主は笑顔。ログルは無言。無言が一番怖い。


「ちょっと装備して効果を見るだけなら......」

「勇者様」

「まだつけてない」

「顔がつけています」

「顔を先に装備扱いしないで!」


 それでも、誘惑は強かった。コヨリは腕輪を持ち上げ、そっと手首に通した。


【会計前引き寄せの腕輪】


 床の商品が、全部コヨリの足元へ吸い寄せられた。巻物、草、壺、通行証、胃薬購入申請書まで、ぞろぞろ集まる。悪魔商人の笑顔が完成する。


【大量持ち出し準備判定】


「商品が勝手に来たんですけどおおおおお!」


 棍棒が来る。


【死亡】


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:92回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:6回

死因:【店内で会計前引き寄せの腕輪を装備した】

評価:【商品が寄ってきても、支払い義務は寄ってきます】

新規獲得候補:【店内装備禁止 Lv.2】


 三度目の魔王軍売店。


 コヨリは、腕輪の棚に背中を向けた。見ない。見たら欲しくなる。欲しくなると、心が一歩動く。心の一歩はターン消費しないが、手が動いたら終わる。


「ログル、確認」

「通行証、棚の上です。腕輪、見ていません。壺、未識別です。店主様、笑顔です。黒い絨毯、勇者様の足元から二マス後ろまで続いています」

「財布」

「一三〇〇魔王軍貨」

「通行証」

「一二〇〇魔王軍貨」

「買ったあと」

「残り一〇〇魔王軍貨。胃薬購入申請書は買えません」

「魔王さん、ごめん」

「魔王様は自費で買うと思われます」


 通信石が震え、ベルの声が入る。


「勇者様、店内確認手順としては優秀です」

「ベルさんに褒められた!」

「ただし、魔王軍基準では幼稚園の遠足前確認です」

「褒めたあと落とすのやめて!」

「遠足前確認を怠ると、死亡しますので」

「遠足と死亡を並べないで!」


 コヨリは通行証を取り、絨毯の内側を歩き、店主の前に立つ。金貨を出す。店主は笑顔のまま、金貨を数え、通行証に小さな黒い印を押した。


【魔王軍通行証:仮登録】


 通行証は、ただの紙ではなくなった。コヨリの手の中で、薄い黒紫の光を帯びる。ログルの宝石が同じ色に応えた。


「買えた」

「はい」

「盗んでない」

「はい」

「腕輪もつけてない」

「かなりえらいです」

「今日のわたし、店で普通に買い物できた!」

「勇者様、基準が低いですが、大きな進歩です」

「低いって言わないで!」


 黒い絨毯を出る前に、コヨリはもう一度振り返った。棚の腕輪は、まだきれいに光っている。欲しい。とても欲しい。でも、手は伸ばさない。


 通行証を胸に抱えたまま、コヨリは店を出た。背中に店主の笑顔が刺さっている気がしたが、泥棒判定は出なかった。


 それだけで、少し勝った気分になった。


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:92回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:6回

主な死因1:【支払い前の通行証を持って絨毯の外へ出た】

主な死因2:【店内で会計前引き寄せの腕輪を装備した】

評価:【盗む意思は不要。店内装備も不要です】


【今回の勇者ステータス】

現在地:魔王軍苦情書類迷宮 20F到達

累計死亡回数:92回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:6回

次回開始:Lv1/HP15

現在クラス:【死因学者】

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【印章は道具で確認 Lv.1】【薄い書類ほど読む Lv.1】【札も識別 Lv.1】【順番待ち確認 Lv.1】【未識別警戒 Lv.4】【泥棒判定警戒 Lv.1】【死因ログ参照 Lv.2】

今回の新規獲得・更新:【店の床を信じるな Lv.1】/【店内装備禁止 Lv.1】→【店内装備禁止 Lv.2】

関連内部スキル:【店内試食禁止 Lv.1】【投擲前確認 Lv.1】【泥棒判定警戒 Lv.1】

獲得アイテム:【魔王軍通行証:仮登録】

備考:店内では、盗む意思より床判定が強い。魔王軍は説明しました。


【登場人物紹介】

悪魔商人:魔王軍売店の店主。笑顔が丁寧で、棍棒が速い。

ベル:遠足前確認レベルで勇者を褒めてくれる有能秘書。


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