相談窓口の設置試験で死ぬ勇者
魔王軍苦情書類迷宮、開始です。
敵は書類、罠は札、初手から死亡受付が混ざっています。
行政手続きにもターン制があります。
魔王軍苦情書類迷宮の一階は、受付ロビーの形をしていた。
天井は高く、黒い石柱には魔王軍の紋章が彫られている。壁のランプは紫色の火を揺らし、磨かれた床には一マスごとの線が薄く走っていた。受付カウンターの奥に立つベルの幻影は、サキュバス秘書らしい整った姿をしている。艶のある黒髪を後ろでまとめ、細い眼鏡の奥に冷静な光を宿し、スーツ風の魔族衣装を一分の乱れもなく着こなしていた。
ただし、顔は少し透けている。幻影だからだ。
「勇者様、本日は魔王相談窓口設置試験へようこそ」
「ベルさん、幻影でも説明が丁寧」
「神様側の説明不足により発生した死亡事故については、当軍でも問題視しております」
「敵組織の方がコンプライアンス意識高いの、世界として敗北してない?」
「比較対象が主神様ですので」
「ベルさん、丁寧な声で毒を吐くの上手いね」
カウンターの手前には、三枚の札が置かれていた。赤、青、黒。どれも同じ大きさで、角に小さな魔王軍印が押されている。札の下には、親切な注意書きがあった。
【受付前に札をお取りください】
【札の種類は、必ずご確認ください】
【確認不足による死亡処理について、当軍は責任を負いかねます】
コヨリは注意書きを読み終えて、札からさらに一歩下がった。
「ログル。これ、罠だよね」
「罠ではありません。手続きです」
「手続きで死ぬなら罠でしょ!」
「魔王軍分類では、手続きです」
「分類を変えれば許されると思うなよおおおお!」
ログルはコヨリの肩に乗り、宝石の光を細く伸ばした。青い札に触れかけ、すぐに止める。
「勇者様、札を取る前に見てください。赤札は魔力反応が強いです。青札は通常受付に近いですが、裏面に小さな文字があります。黒札はネム様の死亡受付台帳とつながっています」
「黒は絶対ダメ。赤も怖い。青は裏面が怖い。全部怖い」
「はい。全部怖いです」
「そこは一個くらい安心させて」
カウンターの向こうで、ベル幻影が微笑んだ。
「勇者様、迷った場合は説明書をご確認ください」
「説明書どこ?」
「四階の棚でございます」
「一階の札を取るための説明が四階にあるのおかしいでしょ!」
「神様側の書式が混入しております」
「神様ァ! 魔王軍の親切を邪魔するなあああ!」
コヨリは深く息を吸った。札を取る。それだけで一ターン使う。世界の基本法則が、受付ロビーでもしっかり働いているのが腹立たしい。動けば棚も動く。札が変化する可能性もある。考えるだけなら、まだ時間は止まっている。
「ログル、わたしが札を取ったら何が動く?」
「右手の書類棚が一マス近づきます。左手のカウンター下から、受付小鬼が顔を出す可能性があります。赤札なら即時処理、黒札なら死亡受付へ転送、青札なら通常受付。ただし裏面条件があります」
「青札の裏面、読める?」
「小さすぎます。取らないと読めません」
「神様の説明書みたいなことしてくるなあ」
悩んだ末、コヨリは赤い札に手を伸ばした。
「早い処理って、もしかしたら優先受付かもしれないし」
「勇者様、それは希望的観測です」
「でも赤って目立つし、重要そうだし」
「死亡ログに残りそうな発言です」
「まだ死んでないから!」
指先が赤札に触れた。
札の文字が変わる。
【死亡受付札】
「ほらあああああああああ!」
天井が開いた。紙の束が滝のように落ちてくる。紙なのに重い。死亡受付印が押された書類の山が、コヨリの頭上に降り注ぎ、視界が白と黒の紙吹雪で埋まった。
【死亡】
【今回の死亡ログ】
累計死亡回数:87回
魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:1回
死因:【受付札だと思って死亡受付札を取った】
評価:【窓口を間違えると、処理が早すぎます】
新規獲得候補:【札も識別 Lv.1】
次に目を開けると、コヨリは拠点の死亡受付カウンターに突っ伏していた。ネムが無表情で判子を押す。
「処理が早いですね」
「早さを褒めないで! 死亡受付のスピード感いらない!」
再挑戦。
今度のコヨリは、札を取らずにカウンターへ向かうことにした。受付番号を飛ばすのはよくない。でも、死亡受付札を引くくらいなら、直接聞いた方がマシに思えた。
「ログル、札を取らないで行ったら?」
「順番待ち違反の可能性があります」
「でも、札ガチャよりは安全じゃない?」
「勇者様、その考え方は、罠を踏む人の顔です」
「顔で判断しないで!」
一歩、二歩。カウンターまであと三マス。ベル幻影は笑顔のまま、コヨリを見ている。右手の書類棚がぎしりと一マス近づいた。床の線が淡く光る。
【順番待ち違反】
足元が開いた。
「行政いいいいいいいい!」
コヨリは落ちた。落ちた先は、矢罠がずらりと並ぶ細い列だった。列の最後尾にぴたりと立たされ、次の一手で、壁から矢が一斉に飛んでくる。
【死亡】
【今回の死亡ログ】
累計死亡回数:88回
魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:2回
死因:【順番待ちを飛ばして矢罠列に送られた】
評価:【行政手続きにもターン制があります】
新規獲得候補:【順番待ち確認 Lv.1】
三度目。
コヨリは赤札を見ない。黒札も見ない。青札だけを見る。取る前に、足元、棚、カウンター、ベル幻影、受付小鬼の気配まで確認する。小さな手は震えていたが、今度は希望的観測を混ぜない。
「ログル、確認」
「足元は通常床。右手の棚は一ターン後に近づきます。黒札は死亡受付、赤札は死亡受付、青札は通常受付の可能性が高いです」
「赤も死亡なの!?」
「先ほど識別されました」
「赤を重要そうって思った過去のわたし、反省して!」
「反省会テーブルに書きます」
「大きく書いて!」
コヨリは青札を取った。棚が一マス近づく。受付小鬼がカウンターの下から顔を出しかけたが、ベル幻影が書類でぺしりと叩く。小鬼はしゅるんと引っ込んだ。
青札の裏面に、細かな文字がある。
【通常受付札】
【ただし、死亡受付札を引いた記録がある方は、再発防止確認を受けてください】
「再発防止確認ってなに」
「たぶん、怒られます」
「魔王軍に怒られる勇者、かなり嫌!」
カウンターへ着くと、ベル幻影が深々と頭を下げた。
「勇者様、まず番号札を確認し、次に申請内容を明確にしてください。関係書類を提出し、最後に、死なずに窓口へお越しください」
「最後だけ難易度おかしくない!?」
「勇者様向けに追加された項目です」
「個別対応がつらい!」
カウンターの奥で、小さな黒い看板が光る。
【魔王相談窓口 仮】
それは拠点へ転送され、死因研究室の隣に小さく掲げられた。
コヨリは受付ロビーの床にへたり込み、札を両手で握りしめる。紙とインクの匂いが鼻に残り、頭の上にはまだ死亡書類の重みが幻のようにある。
「ログル」
「はい」
「剣で敵を倒す冒険より、番号札の方が怖い」
「本日の学習として記録します」
「書き方! もうちょっと勇者っぽくして!」
「【勇者、受付制度に敗北しかける】」
「余計ひどい!」
【今回の死亡ログ】
累計死亡回数:88回
魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:2回
主な死因1:【受付札だと思って死亡受付札を取った】
主な死因2:【順番待ちを飛ばして矢罠列に送られた】
評価:【行政手続きにもターン制があります】
【今回の勇者ステータス】
現在地:魔王軍苦情書類迷宮 5F到達
累計死亡回数:88回
魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:2回
次回開始:Lv1/HP15
現在クラス:【死因学者】
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】
今回の新規獲得・更新:【札も識別 Lv.1】【順番待ち確認 Lv.1】
関連内部スキル:【読む前に深呼吸 Lv.1】【泥棒判定警戒 Lv.1】【足元確認 Lv.3】
拠点施設:【魔王相談窓口 仮】設置
備考:受付札、順番札、死亡受付札も未識別アイテム扱い。札だから安全、という考えは死亡しました。
【登場人物紹介】
ベル幻影:魔王軍秘書ベルの受付用幻影。説明は丁寧だが、勇者向け項目が容赦ない。
ネム:死亡受付担当。受付札の失敗と死亡受付が連携してしまった。
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