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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第12章 魔王相談窓口と名前の登録

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魔王軍から苦情窓口のご提案

神様側が死亡ログの薄さに気づき始めました。

一方、拠点には魔王軍から妙に丁寧な通信が届きます。

敵の方が説明してくれる世界、だいぶ終わっています。


 死因研究室の隣に、黒い扉が生えた。


 もうそれは生えた、としか言いようがない。白い拠点の壁が、夜色のインクを吸ったように波打ち、その中央から木目のない扉がゆっくり押し出されてきた。取っ手は魔王軍の紋章をかたどっており、角のように曲がった銀の飾りがついている。扉の下からは、古い紙とインク、それから胃薬に似た薬草の匂いがうっすら流れてきた。


 コヨリは壁に書かれた言葉をちらりと見た。


【帰る】

【忘れない】

【神様の仕様を攻略する】


 そのすぐ横に、今度は魔王軍の扉。元の世界へ帰りたいだけなのに、拠点の内装がどんどん神様への苦情窓口みたいになっていく。


「ログル」

「はい」

「これ、開けていい扉?」

「魔王軍秘書課からの正式通信が接続されています。危険度は低めです」

「低めって言われると、だいたい死ぬんだよね」

「過去実績では、低めでも二割ほど死んでいます」

「二割を低めにしないで!」


 ログルの宝石が黒い扉へ光を伸ばす。扉の表面に文字が浮かび上がった。


【魔王軍秘書課より、勇者様および解析神獣ログル様へ】


 丁寧な書き出しに、コヨリは一歩引いた。神様の通知はだいたい軽い。ログルの警告はだいたい怖い。魔王軍の通信は、丁寧すぎて逆に心臓に悪い。


【死亡ログ送信系統に神様側の監査が入る可能性がございます。つきましては、勇者様の拠点内に、魔王軍側の正式な相談窓口を設置することを提案いたします。なお、魔王様は本件について「余、勇者に相談される側なのか?」と困惑しておられます】


 コヨリは通信文を二度読んだ。二度読んでも、魔王が困惑している事実は変わらなかった。


「ログル。魔王さん、敵だよね」

「分類上は魔王です」

「なのに相談窓口作ってくれるの?」

「はい。神様側監査への外部記録保管先として、有用と判断されます」

「敵組織を外部バックアップにする勇者、どこかで進路間違えてない?」

「神様側の運営が信用できないため、相対的に魔王軍の信頼度が上がっています」

「その相対評価、世界としてだいぶ悲しい!」


 死因研究室からネムが出てきた。黒いパーカーの袖を引きずり、抱えた台帳には新しく貼った付箋がいくつも揺れている。眠そうな目が黒い扉を見て、少しだけ細くなった。


「相談窓口を設置するなら、死亡受付との連携も必要ですね」

「なんで相談の隣に死亡受付が来るの?」

「相談中に死んだ場合、処理が早くなります」

「死ぬ前提の親切やめて!」

「コヨリさんですので」

「名前で納得しないで!」


 酒場席からリュシアが歩いてくる。褐色の肌に金の腕輪、ゆったりした服の裾が白い床をなで、手には小さな看板を持っていた。明るい笑顔のせいで、看板の文面が余計にひどく見える。


【祝・魔王相談窓口】


 コヨリは看板を見て、額を押さえた。


「祝うことかな」

「魔王さんとの関係改善は、乾杯案件よ。ちび勇者ちゃん、敵だった相手と苦情を出し合えるなんて大人の階段じゃない」

「幼女に登らせる階段が行政方面すぎる!」

「階段前で宝箱に釣られて死ぬより健全よ」

「比較対象がわたしの死因なの、つらい!」


 ログルは黒い扉の前に小さな魔法陣を広げ、慎重に通信経路を確認した。宝石の光は、神様側の白ではなく、魔王軍の黒紫へ薄く染まっている。以前なら不吉に見えた色が、今はむしろ落ち着いて見えるのが、コヨリには少し悔しかった。


「勇者様。窓口設置には、魔王軍苦情書類迷宮の初期試験が必要です」

「迷宮?」

「はい。書類、印章、通行証、相談申請、受付札が階層化した特殊ダンジョンです」

「書類がダンジョンになるな!」

「神様側の強制イベント書類と魔王軍の苦情書類が混線しているため、通常の設置処理では済まないようです」

「通常の設置処理って、机を置いてベルさんの通信石を置くだけじゃないの!?」

「本来はそうです」

「本来に戻して!」


 黒い扉が、きしみもなく開いた。


 向こう側には、薄暗い受付ロビーが広がっている。床には碁盤の目のような線が走り、受付カウンターの奥には、顔のないベルの幻影が立っていた。壁一面の書類棚は、静かに並んでいるようで、棚板の影が呼吸するように伸び縮みしている。


 コヨリは足元を見た。罠は見えない。見えないから安全、とはもう思わない。


「ログル、確認」

「足元、現時点では通常床です。受付カウンターまで七マス。右手の棚、少し動いています。左手の札置き場に、未識別札が三枚」

「未識別札ってなに」

「受付札、順番飛ばし札、死亡受付札などが混じる可能性があります」

「死亡受付札!? 相談窓口に置くなそんなもの!」

「ネム様の台帳と干渉しているようです」

「ネムさん、変なところでコラボしないで!」


 ネムは首をかしげるだけで、悪びれない。


 コヨリは小さく息を吸った。魔王軍の扉の向こうで、書類の紙が擦れる音がする。白い拠点とは違う、乾いた音。そこには敵の牙も、深層の黒い影もない。それなのに、足を踏み入れる前から、コヨリの背中には変な汗がにじんでいた。


「冒険って、もっと剣とか魔法とかで進むものじゃないの?」

「今回は、印章と書類です」

「幼女勇者の武器が、だんだん筆記用具になってきた」

「死因学者ですので」

「職業名で納得させないで!」


 それでもコヨリは、扉の前へ一歩進んだ。


 神様に読まれない記録が必要だ。ログルを守る場所も、コヨリの本当の死因を置く棚も必要だ。敵だった魔王が、神様より先に手を差し出している。その事実は腹立たしいくらいおかしいけれど、今のコヨリには見逃せない道だった。


「行くよ、ログル。死亡受付札だけは絶対に引かない」

「はい。まず札を識別します」

「相談の第一歩が札ガチャなの、神様ァ! いや、今回は魔王軍か! 魔王軍もちゃんとしてええええええ!」


 叫びながら、コヨリは魔王軍苦情書類迷宮へ入った。


【今回の勇者ステータス】

現在地:拠点/魔王軍苦情書類迷宮入口

累計死亡回数:86回

魔王軍苦情書類迷宮内死亡回数:0回

現在クラス:【死因学者】

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション

獲得済み主要スキル:【死因ログ参照 Lv.2】【死亡ログ改ざん Lv.1】【神様報告遅延 Lv.1】【総合盤面確認 Lv.1】【危険察知 Lv.4】【罠感知 Lv.3】【未識別警戒 Lv.4】【射線確認 Lv.3】【帰還門感知 Lv.1】【シード差分確認 Lv.2】

今回の注目スキル:【泥棒判定警戒 Lv.1】【店内装備禁止 Lv.1】【読む前に深呼吸 Lv.1】【札も識別 Lv.1】は未取得、または章内取得予定。

統合済み・内部保持:過去の細かい死因スキルは、危険察知・未識別警戒・総合盤面確認などに統合済み。

今回の新規獲得・更新:なし

拠点施設:【死因研究室】【思い出ログ棚】【帰還門建設予定地】【魔王相談窓口 仮設置中】


【登場人物紹介】

コヨリ:幼女勇者。帰還門に届いたと思ったら、次は相談窓口設置試験に挑むことになった。

ログル:解析神獣。神様への報告を遅らせ始めたため、外部記録先を探している。

ネム:死亡受付担当。相談と死亡受付を連携しようとする、縁起の悪い事務担当。

リュシア:酒神。魔王相談窓口の開店祝いを持ってくる大人の姉御。


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