幕間 神様たち、死亡ログを読む
今回はコヨリ不在の神様側幕間です。
死にまくった勇者の記録を、神様たちはどう見ていたのか。
反省会のはずなのに、反省の気配が薄いです。
白い会議室の中央に、薄い光でできた長机が浮かんでいた。
机の表面には無数の札が並んでいる。黒狼、ミミック、爆裂キノコ、射線、魔法誤爆、携帯食、帰還門番の影。札の一枚一枚には、幼い勇者がどこで倒れ、何を踏み、何を食べ、どの一手を間違えたのかが、やけに整った文字で記録されていた。
整いすぎている。
そこに、泣きそうになった息づかいも、怒鳴る前に飲み込んだ言葉も、誰かを助けるために踏み出した足の震えも残っていない。白い机の上にあるのは、失敗の形だけだった。
長机の上座で、主神アドミニスが頬杖をついている。白い髪は光を含んで柔らかく揺れ、笑みはいつものように軽い。けれど、机上の死亡札を眺める目だけは、子どもの遊びを見るものではなかった。
「それじゃあ、定例死亡ログ会議を始めようか」
「会議名をもう少し柔らかくできませんか、主神様」
眼鏡を押し上げた知識神ミネルが、八百ページどころでは済まなそうな資料束を机に置いた。分厚い紙束が、どさり、と神域の床まで響く音を立てる。
「今回の議題は、勇者コヨリの帰還門到達、死因再演迷宮の突破、ならびに解析神獣ログルの送信粒度低下についてです。関連資料は本編資料六百四十二ページ、別紙ログ比較表二百十七ページ、補足脚注が......」
「ミネル。三行で」
「説明を三行に圧縮すると誤解が生じます」
「じゃあ五行」
「最低でも百二十行は必要です」
戦神バルガが大きな腕を組み、机の札を一枚つまみ上げた。筋肉質な指の間で、【黒狼初死亡】の札が小さく震える。
「初手の黒狼は悪くなかった。勇者娘の胆力を測るには、やはり牙と速度だ」
「HP十五の幼女に、初手から黒狼を置く設計は過剰です」
「根性があれば避けられる!」
「避ける前に食べられました」
「なら次は、避け方を覚えた。良い訓練だ!」
ミネルは額を押さえた。アドミニスは笑っている。運命神フォルテは椅子の背にもたれ、サイコロ形の耳飾りを指でつついていた。眠たげな目に、ログの光がちらちら映る。
「黒狼は乱数より配置の問題。ミミックは低確率。爆裂キノコは、まあ、食べた方にも少し責任があるかな」
「フォルテ様、乱数で責任を薄めないでください」
「乱数だから」
「その四文字で会議を終わらせないでください」
豊穣神メリメルが、柔らかい緑色の髪を揺らして札をのぞき込む。おっとりした笑顔の横で、机上の【爆裂キノコ】札が不穏に赤く光った。
「でも、食材はたくさん実りましたよ。勇者ちゃん、お腹がすくと可哀想ですもの」
「爆裂キノコも豊かに増えました」
「まあまあ、命は巡りますから」
「巡る速度が速すぎます」
ミネルの声に、酒神リュシアが肩を揺らして笑った。褐色の肌に金の装飾が映え、手元の杯からは甘い果実酒の香りが漂っている。会議室の硬い空気の中で、彼女だけが少し温度を持っているように見えた。
「あたしから見れば、ちび勇者ちゃんはよくやってるわよ。死んでも戻って、飯を食べて、また潜るんだもの。普通は三回目くらいで心が折れるわ」
「だから拠点に酒場を置いたんだろう?」
「反省会には温かい飲み物がいるの。死亡ログだけ出して『次』って言われたら、誰だって乾くわよ」
美神ヴェルティアは、札の端に小さな薔薇の模様を描き足そうとして、ミネルに手首を止められた。整った横顔に不満そうな影が差す。
「せっかくの死亡記録ですのに、演出が質素ですわ。帰還門番の影に追いつかれた場面など、白い羽根を散らせばもっと美しく......」
「死亡ログに装飾を足さないでください」
「映えは大切ですわ」
「死因解析に薔薇はいりません」
「コヨリ様なら『映え死ぬな』とおっしゃるでしょうね」
「分かっているならやめてください」
アドミニスは、机を指で軽く叩いた。死亡札が波紋のように動き、古い順から淡く浮かび上がる。
黒狼で倒れた初日。呼吸する宝箱を開けて噛まれた低層。満腹度をケチって倒れた通路。火球が油床に引火した属性階。射線を消して弓に撃たれた谷。魔王城が近すぎて、魔王より先に補給庫の泥棒判定に追われたシード。ミーナとカイの札が増えた、同じ顔の世界。魔王城地下三十層で、未識別草が復活の草と分かり、帰還門の前まで届いた記録。
神々は、そのすべてを見ていた。
ただし、見ていたのは画面の外側からだ。コヨリの小さな手が震えた理由までは、死亡ログに書かれていない。
「魔王城地下三十層は、想定より早かったね」
アドミニスが、帰還門の札を指で押さえた。
「復活草の乱数が仕事したから」
「フォルテ様、あの高額草は意図的配置ですか」
「半分は乱数。半分はシード安定値。つまり、まあまあ偶然」
「偶然で帰還門まで到達される設計も問題ですが」
「でも面白かったよね」
バルガが満足そうにうなずく。
「深層鎧鬼、倍速黒狼、帰還門番の影。良い圧だった。勇者娘は正面から倒さず、杖と罠で抜けた。あれは戦士ではなく、探索者の勝ち方だ」
「珍しく評価が正しいですね」
「珍しくとはなんだ、ミネル!」
リュシアは杯を机に置き、帰還門の札をじっと見た。
「でも、ちび勇者ちゃんには、帰れるって最初に言ったんでしょう?」
「魔王を倒せば帰れる、とは言ったかな」
アドミニスの声は軽い。けれど、会議室の白い光が、ほんの少しだけ冷たくなった。
「実際には、帰還門の因子照合が必要です」
ミネルが資料をめくる。
「現在反応済みは【縁】【扉】。不足は【名前】【座標】【時間】【記憶】。魔王討伐条件は、帰還門への間接接続に過ぎません」
「それ、説明したの?」
リュシアの問いに、ミネルは言葉を止めた。アドミニスは机の端に指を滑らせ、浮かび上がった【説明不足】の札を、見なかったことにするように裏返す。
「言ったら検証にならないからね」
静かな一言だった。
ヴェルティアが扇を閉じ、メリメルの笑顔がわずかに固まる。バルガでさえ、少しだけ眉を動かした。
「主神様」
ミネルが眼鏡の奥で目を細める。
「その発言は、議事録に残しますか」
「残さなくていいよ」
「では、非公開議事録に残します」
「ミネルは真面目だね」
「説明不足は、事故原因ですので」
会議室の奥で、別の札が浮かび上がる。第十一の記録だ。死因再演迷宮。死亡ログ改ざん。死因学者。
ミネルは札を二枚並べた。
【以前の神様送信用ログ】
死因:感情による移動ミス。
補足:対象人物幻影への反応。縁反応微弱。
対策候補:感情行動制御。
【最新の神様送信用ログ】
死因:射線確認不足。
白い机の上で、その差は明らかだった。
「ログが薄いね」
フォルテが眠そうに言う。
「はい。解析神獣ログルの送信粒度が低下しています。死因自体は届いていますが、行動理由、人物反応、縁反応、感情補足が欠落しています」
「壊れたのか?」
バルガが身を乗り出す。
「故障ではありません。選別です」
ミネルの声は、少しだけ硬かった。
アドミニスは笑った。楽しそうでもあり、寂しそうでもある、不思議な笑みだった。
「あ~あ、ログル、相棒になっちゃったか」
「裏切りか?」
「バルガ。そういう言い方をすると、また問題が増えます」
「神様側端末が勇者娘に寄ったのだろう?」
「記録対象への共感が増えた、と表現してください」
「同じではないか」
「全然違うわよ」
リュシアが杯を揺らした。果実酒の香りが、白い会議室に少しだけ人間くさい甘さを足す。
「あの子、ただ死んでるだけじゃないもの。誰かを助けようとして死んで、帰ろうとして死んで、忘れないために死んでる。ログ坊がそれを数字だけで送りたくなくなったなら、それは故障じゃなくて成長じゃない?」
会議室が一瞬、静かになった。
アドミニスは、その静けさを破るように手を伸ばした。指先に白い紙が一枚現れる。紙面には、冷たい文字が並んでいた。
【解析神獣ログル動作監査票】
【死亡ログ送信状況確認書】
【魔王軍側記録保管先調査申請】
「じゃあ、様子を見よっか」
アドミニスは白い紙を机に置く。紙はすぐに薄く沈み、どこか別の場所へ送信されていった。
「魔王軍が変な窓口を作ろうとしてる。ゼルドもベルも、思ったより仕事ができるからね」
「魔王軍の事務処理能力は、現状、神様側より高い可能性があります」
「ミネル、そこは小声で」
「事実です」
リュシアが笑い、メリメルが困ったように首をかしげ、バルガが「次は窓口にドラゴンを置くか」と言ってミネルに資料束で叩かれた。
白い会議室の机上で、コヨリの死亡札がまた一枚、かすかに震える。
本人のいない場所で、彼女の死に方が読まれている。けれど、その死に方の本当の意味は、少しずつ神様の手からこぼれ始めていた。
【今回の勇者ステータス】
現在地:拠点/魔王相談窓口・一フレーム道場入口前待機中
累計死亡回数:86回
現在クラス:【死因学者】
解放済みクラス:【勇者】【料理人】【魔法使い】【罠師】【弓使い】【魔物使い】【地図師】【死因学者】
獲得済み主要スキル:
【死因ログ参照 Lv.2】
【死亡ログ改ざん Lv.1】
【神様報告遅延 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】
【危険察知 Lv.4】
【罠感知 Lv.3】
【未識別警戒 Lv.4】
【射線確認 Lv.3】
【帰還門感知 Lv.1】
【シード差分確認 Lv.2】
【店内装備禁止 Lv.2】
【名前は丁寧に書く Lv.1】
統合済み:【魔法安全確認】【属性識別】【遠隔戦術】【投擲前確認】【間合い管理】【おとも管理】【外縁地図作成】【泥棒判定警戒】【強制部屋事故警戒】などの上位スキルに統合、または内部派生として保持されています。
【今回の新規獲得・更新】
なし
拠点施設:【死因研究室】【思い出ログ棚】【帰還門建設予定地】
備考:本人不在のところで、死亡ログ会議にかけられています。
【登場人物紹介】
アドミニス:主神。軽い声で重いことを言う、だいたい問題の中心。
ミネル:知識神。説明は正確だが、資料の厚みが攻撃力になっている。
バルガ:戦神。難易度調整を根性論で押し切ろうとする。
フォルテ:運命神。乱数で済ませる係。
リュシア:酒神。神様側にいながら、コヨリとログルの温度も知っている。
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