死因学者は、死に方を笑って終わらせない
死因再演迷宮30F、死亡ログ送信室。
神様に送るログと、拠点に残すログ。
コヨリは、自分の死に方を取り返します。
30Fは、部屋だった。
迷宮の最終階なのに、敵はいない。罠もない。宝箱もない。階段もない。
中央にあるのは、巨大な白い送信台だった。
送信台の上には、ログが並んでいる。薄い板のような記録札が、左右に分かれて浮いていた。
【神様送信用ログ】
【拠点保存用ログ】
コヨリは、まず左を見た。
【神様送信用ログ】
死因:射線確認不足。
死因:未識別品使用。
死因:感情による移動ミス。
死因:帰還門番への対処不足。
死因:死亡ログ改ざん未遂。
短い。きれいに分類されている。読むだけなら分かりやすい。
でも、そこには何もない。
カイを助けたかったことも。ミーナのパンを覚えていたことも。帰還門の向こうに見えた玄関へ手を伸ばしかけたことも。ログルを守ろうとして管理光の前に立ったことも。
本当に――何もない。
「ログル」
「はい」
「これ、わたしじゃない」
「死因としては、間違っていません」
「でも、わたしじゃない」
「はい」
次に、右を見た。
【拠点保存用ログ】
カイの幻影を助けようとして射線に出た。
同じ顔を罠にされ、怒った。
帰還門へ届くため、復活草で立ち上がった。
座標が足りないと分かっても、元の世界の玄関を見た。
ログルの記録領域を守ろうとして、管理光の前へ出た。
神様に死因を罠へ変えられることを拒んだ。
コヨリは、右のログへ手を伸ばした。
指先が震えている。
死亡ログは嫌いだった。毎回、死に方を大声で読まれるのは恥ずかしいし、ネムの台帳に増えるのは嫌だし、神様が「良い死亡ログだったよ」なんて言うのは最悪だった。
でも、この右側のログは、嫌いだけではなかった。
そこには、コヨリが何を守ろうとしたかが残っている。
「こっちが、わたしの死因だよ」
「はい」
「足りないんだよ。神様に送ってた方」
「はい」
「わたし、ただの失敗じゃない」
ログルは、送信台の前へ進んだ。額の宝石が光る。白い管理光が反応し、部屋全体が薄く震えた。
【警告】
【神様送信用ログの改変は、管理規約違反です】
コヨリは白い文字をにらんだ。
「規約出すの遅い! 召喚前に見せて!」
「勇者様、今はツッコミより処理を」
「はーい!」
ログルが宝石から虹色の線を伸ばす。神様送信用ログに触れる。左側の記録札が震えた。
「嘘は書きません」
ログルが言った。
「死因は送ります。死亡処理も送ります。ですが、勇者様の成功行動を、すぐに罠生成へ使える形では渡しません。感情ログ、拠点保存ログ、理由分類は、こちらを優先します」
【警告】
【送信遅延】
【改ざん判定】
白い光が強くなる。コヨリは一歩前へ出た。
「ログル、また光が来たら」
「下がってください」
「やだ」
「勇者様」
「でも、今度はわたしだけじゃなくて、罠も見てる」
コヨリは床を見る。白い部屋の床に、薄いマス目が浮かんでいた。管理光の発生点、射線、反射角。全部が見える。第10章で覚えた総合盤面確認。第11章で覚えた表示優先順位。
「今すぐ死ぬものだけ見る」
管理光の射線が、一本だけ赤く浮かぶ。
「右へ一歩」
コヨリは右へ動く。管理光が空を切る。
「ログル、続けて!」
「はい!」
ログルの宝石が強く光った。
【神様送信用ログ:最低限化】
【拠点保存用ログ:優先保存】
【理由分類:保護】
【感情ログ:保護】
【送信遅延:仮固定】
送信台の左右にあったログが、三つに分かれた。
【神様送信用】
【拠点保存用】
【コヨリの本音】
コヨリは、三つ目を見た。
そこには、短い文字が並んでいた。
【帰りたい】
【忘れたくない】
【ログルを消されたくない】
【神様に死に方を勝手に使われたくない】
【でも、怖い】
【それでも行く】
コヨリの顔が熱くなる。
「本音まで棚にしないで!」
「重要データです」
「ログル、そこは慰めて!」
ログルは少し迷ってから、静かに言った。
「ぼくには、とても大事です」
コヨリは、言い返せなかった。
送信台の上に、新しいログが浮かぶ。
【クラス解放:死因学者】
【拠点施設解放:死因研究室】
【スキル獲得:死亡ログ改ざん Lv.1】
【スキル獲得:神様報告遅延 Lv.1】
【スキル更新:死因ログ参照 Lv.1 → Lv.2】
部屋の奥に扉が開いた。
白い拠点へ戻る扉だ。
コヨリは、送信台を振り返った。
「これで、神様に何も送らないわけじゃないんだよね」
「はい。完全に遮断するわけではありません。完全に止めると、神様に即時検知されますし、世界処理にも異常が出ます」
「じゃあ、少しだけ隠す」
「はい。少しだけ遅らせて、少しだけぼかして、大事な理由は拠点へ先に残します」
「それ、改ざんって名前でいいの?」
「神様側から見れば改ざんです」
「わたし側から見たら?」
「防衛です」
コヨリは笑った。
「じゃあ、防衛で」
ログルも、小さく笑った。
拠点に戻ると、死因図鑑室の隣に新しい扉ができていた。
【死因研究室】
中には三つの棚がある。
【神様送信用】
【拠点保存用】
【コヨリの本音】
ネムが台帳を抱えて入ってくる。
「分類先が増えましたね」
「ネムさん、仕事増えた?」
「増えました」
「ごめん」
「いいですよ。神様向けの雑なログだけで処理するより、こちらの方が正確です」
「ネムさんが味方っぽいこと言った!」
「死亡受付として、正確な死因管理を支持します」
「事務目線だった!」
リュシアは酒場席から顔を出し、にやっと笑った。
「死因研究室、開店祝いする?」
「死因の開店祝いって何!?」
「ホットミルクと小さいクッキー」
「それならする!」
コヨリが椅子に座った時、反省会テーブルの上で、魔王軍通信石が光った。
ベルの整った文字が浮かぶ。
【魔王軍秘書課より、勇者様および解析神獣ログル様へ】
死亡ログ送信系統に神様側の監査が入る可能性がございます。つきましては、魔王軍側にも正式な苦情窓口および記録保管先を設置することを提案いたします。
なお、魔王様はすでに胃を押さえております。
サキュバス秘書ベル
コヨリは通信を読み、深くうなずいた。
「魔王軍、また神様より説明が親切」
「はい」
「次、魔王さんのところ?」
「相談窓口の設置です」
「勇者の冒険、だんだん行政手続きになってきてない?!」
ログルは死因研究室の棚を見上げた。
「ですが、必要な手続きです。帰還因子【名前】にも、正式な登録名の問題が関係する可能性があります」
「名前」
コヨリは自分の胸に手を当てた。
勇者コヨリ。
天野こより。
神様が登録した名前。
魔王軍が呼ぶ名前。
ログルが呼ぶ名前。
帰るために必要なものが、また一つ見えてきた。
コヨリは壁の文字を見る。
【帰る】
【忘れない】
【神様の仕様を攻略する】
その横に、小さく書き足した。
【死因は、わたしのもの】
ログルが隣でうなずく。
「はい。勇者様のものです」
コヨリは羽ペンを置き、通信石へ向き直った。
「じゃあ次は、魔王軍に苦情を出しに行く」
「冒険らしくはありませんが、かなり重要です」
「神様より説明が親切な敵組織、頼もしすぎる!」
死因研究室の扉が、静かに閉じた。
ただの死因ログではない。
ここからは、死に方も、理由も、本音も、攻略に変える。
【今回のクリアログ】
クリア領域:死因再演迷宮30F
累計死亡回数:86回
死因再演迷宮内死亡回数:10回
クリア報酬:【死因研究室】解放
クラス解放:【死因学者】
【今回の勇者ステータス】
現在領域:白い拠点/死因研究室
累計死亡回数:86回
クラス:死因学者
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.3】兆候
【射線確認 Lv.2】兆候
【総合盤面確認 Lv.1】
【死因ログ参照 Lv.2】
【表示優先順位 Lv.1】
【感情ログ確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
クラス解放:【死因学者】
新規獲得:【死亡ログ改ざん Lv.1】
新規獲得:【神様報告遅延 Lv.1】
更新:【死因ログ参照 Lv.1】→【死因ログ参照 Lv.2】
施設解放:【死因研究室】
分類棚追加:【神様送信用】【拠点保存用】【コヨリの本音】
【帰還因子状況】
【名前】未取得 次回以降、魔王軍登録名と本名照合へ
【座標】未取得
【時間】未取得
【記憶】不足だが、死因研究室により保護強化
【縁】反応済
【扉】反応済
【拠点施設】
【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【属性検証卓】【罠訓練場】【射線訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【人物レイヤー】【反省会テーブル】【思い出ログ棚】【帰還門建設予定地 仮】【死因研究室】
【登場人物紹介】
コヨリ:死因学者になった幼女勇者。死に方を笑って終わらせず、自分の理由として取り返した。
ログル:死亡ログ改ざんと神様報告遅延を実行した相棒。完全な遮断ではなく、少し遅らせ、少しぼかし、大事な理由を拠点へ守る。
ネム:死亡受付担当。正確な死因管理という名目で、コヨリ側へ静かに寄る。
リュシア:死因研究室の開店祝いにホットミルクとクッキーを出そうとする酒神。
ベル:魔王軍秘書。次の相談窓口設置を提案。相変わらず神様より説明が親切。
魔王ゼルド:通信文だけで胃痛が伝わる苦労人魔王。
【ローグライクあるあるメモ】
死因ログは攻略メモです。しかし敵に読まれると、正解行動そのものが罠になります。ここからは、ログをどう残し、どう隠し、どう使うかも攻略になります。
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