ログル、送信を止める
死因ログが神様に利用されている疑惑は、ほぼ確信へ。
ログルはついに、神様への送信系統へ手を伸ばします。
相棒が、端末であることをやめ始める回です。
26Fから先は、白かった。
床も、壁も、天井も、拠点に似ている。けれど拠点の白さとは違う。ここは温度がない。思い出ログ棚の白でも、反省会テーブルの白でもない。
管理画面の白だ。
コヨリはその色を見ただけで、むっとした。
「神様の部屋っぽい」
「はい。神様送信系統に近い領域です」
「つまり、嫌な場所」
「かなり嫌な場所です」
「ログルがそこまではっきり言うなら、本当に嫌なんだね」
ログルはうなずいた。
26Fの中央には、細い柱が立っていた。柱の上には、白い光の玉が浮いている。そこから糸のような光が、迷宮の天井へ伸びている。
【死亡ログ送信線】
コヨリは、それを見上げた。
「これが、神様に行ってるやつ?」
「はい。通常は、死亡ごとに死因、階層、状況、対策候補がここを通ります」
「わたしが死んだ瞬間、神様に報告?」
「はい」
「神様、通知オンにしてるの?」
「おそらく」
「オフにしろおおおおおおおおお!」
叫びに反応して、白い光の玉が点滅した。
【不正発言検知】
「発言まで検知するな!」
「勇者様、ここでは大声もログ化されます」
「じゃあ小声で言う。神様のバーカ......」
【不正発言検知】
「小声もダメなんかい!」
「はい」
コヨリは唇を尖らせた。ログルは柱の周りを歩き、宝石を光らせる。いつもの解析光ではない。もっと細く、慎重な光だ。
「ログル、壊せる?」
「壊すと、神様側に即時検知されます。拠点にも負荷がかかります」
「じゃあ隠す?」
「完全に隠すのは難しいです。ですが、遅らせることはできるかもしれません」
「送信遅延」
「はい。死因そのものは送る。けれど、詳細な対策候補や感情ログ、拠点保存用の理由までは送らない。送るとしても、時間をずらす」
「それ、神様にバレる?」
「いずれは――」
「じゃあ今すぐは?」
「うまくいけば、今すぐではありません」
コヨリは柱を見た。
白い光は、まるで何も悪いことをしていない顔で浮いている。記録を送る。ただそれだけ。けれど、その先で神様がコヨリの死因を読み、次の罠を作っているなら、それはもうただの記録ではない。
「ログル」
「はい」
「怖い?」
ログルの耳が、少し下がった。
「怖いです」
「神様に怒られるから?」
「それもあります。でも、それだけではありません」
「ほかに何が怖いの?」
ログルは柱を見上げたまま、ゆっくり言った。
「ぼくは、神様が作った解析神獣です。記録して、分類して、送る。それが役割でした。送信を遅らせることは、ぼくの役割に反します」
「うん」
「役割に反すると、ぼくの中の神様側権限が、ぼくを異常として扱う可能性があります」
「ログルが?」
「はい」
「初期化とか?」
「可能性はあります」
コヨリは息を止めた。初期化。
その言葉だけで、胸の奥が冷える。ログルが、ただの端末に戻る。コヨリを勇者様と呼ぶ声から、今の迷いや遠慮や、少し毒舌な優しさが消える。
それは嫌だった。
「じゃあ、やめる?」
コヨリは聞いた。自分でも、聞きたくない声だった。
ログルはコヨリを見た。
「勇者様は、やめてほしいですか」
「ログルが消えるなら、やめてほしい」
「ぼくが消えないなら?」
「やってほしい」
「正直ですね」
「だって、ログルに消えてほしくない。でも、神様にわたしの死に方を渡したくない。両方ほんと」
ログルは少しだけ笑った。ほんの小さな表情だったが、コヨリには分かった。
「では、消えない範囲でやります」
「そんな都合よくできる?」
「努力します」
「ログル、努力って言葉使うようになった」
「勇者様の影響です」
「わたしのせいにされた!」
ログルが柱へ近づく。宝石が光り、白い送信線に淡い虹色が混ざった。
【送信処理】
【死亡ログ照合】
【対策候補生成】
【送信先:主神管理領域】
ログルの宝石が、低く鳴る。
「まず、対策候補の自動生成を遅らせます」
「それで神様は?」
「死因だけを受け取ります。詳細な行動パターンは、後で送られる形になります」
「後でって、いつ?」
「できれば、勇者様が次の一手を選んだ後です」
「すごく助かる!」
「ただし、失敗すると管理走査光が来ます」
「来ないで!」
失敗した。
白い柱が、鋭く光った。
【送信異常】
【改ざん検知】
【対象:解析神獣ログル】
光がログルへ向かう。
コヨリは反射的に前へ出た。
「ログル!」
「勇者様、下がって!」
「やだ!」
白い管理光がコヨリの肩を貫いた。痛みというより、存在を薄くされるような感覚だった。足元のマス目が消える。手が透ける。
「神様の光、攻撃の種類が気持ち悪い!」
「勇者様!」
視界が白く落ちた。
【死亡ログ】
【死因:死亡ログ改ざん未遂で管理光に撃たれた】
【評価:隠し事には練習が必要です】
【累計死亡回数:86回】
【死因再演迷宮内死亡回数:10回】
【新規獲得:送信遅延 Lv.1】
拠点に戻ったコヨリは、勢いよく起き上がった。
「ログルは!?」
「ここです」
ログルは隣にいた。宝石が少し暗い。けれど、目はログルのままだった。
コヨリはほっとして、すぐ怒った。
「前に出ちゃダメって言われたけど、ログルに光が飛んだら出るよ!」
「分かっています。ですが、危険です」
「危険なのは知ってる!」
「次は、ぼくが先に防ぎます」
「それもダメ!」
ネムが台帳を持って近づいてきた。珍しく、少し困った顔をしている。
「二人とも、死亡受付の前で守り合いを始めないでください。台帳の欄が増えます」
「ネムさん、今それ?」
「大事です。死因欄に『相棒をかばった』『勇者をかばった』『またかばった』が続くと、分類が面倒です」
「分類の心配!?」
リュシアがホットミルクを二つ置いた。ひとつはコヨリ用。もうひとつはログル用に、小さな皿へ注がれている。
「ログ坊。飲める?」
「はい。少しだけ」
「飲みな。裏切り初日は喉が渇くものよ」
「裏切り初日」
ログルはその言葉を繰り返し、小さく息を吐いた。
「ぼくは、裏切ったのでしょうか」
コヨリは皿を見つめるログルを見た。
「神様から見たら、たぶん」
「勇者様から見たら?」
「味方になってくれた」
ログルは黙った。
「ログルは嫌?」
「嫌ではありません」
「怖い?」
「怖いです」
「じゃあ、一緒に怖がろうね」
ログルが顔を上げる。
「一緒に――?」
「うん。わたしも怖い。帰れなかったのも怖い。神様が何考えてるか分からないのも怖い。ログルが消えるかもしれないのも怖い。でも、怖いからやめるって言ったら、神様の仕様、そのままだよ」
「......はい」
「だから、一緒に怖がって、一緒にやる」
ログルの宝石が、少しだけ明るくなった。
再突入。
今度は、ログルが無理に送信線を切らなかった。代わりに、細い虹色の輪を一つ、白い送信線にかける。
「完全遮断ではありません。遅延輪です」
「輪っかで遅らせるの?」
「はい。神様へ届くまでに、少しだけ寄り道させます」
「神様へのログ、道草食わせるんだ」
「悪い言い方ですが、近いです」
白い光が点滅する。
【送信遅延:0.5秒】
「短い!」
「これでも大きいです」
【送信遅延:1.0秒】
「伸びた!」
【送信遅延:3.0秒】
ログルの足が震える。
「ログル、無理しない」
「はい。ここまでです」
送信線が安定した。
【神様報告遅延:仮登録】
コヨリは、ふうと息を吐いた。
「三秒」
「はい」
「三秒あれば?」
「次の一手を選べます」
「じゃあ、十分。今は」
27F、28F、29Fと進む。管理光は何度も揺れたが、ログルは送信を遅らせ続けた。コヨリはその間に、罠を避け、敵を眠らせ、偽階段を確認し、本物の階段へ進む。
29Fの終わりで、白い扉が現れた。
【死亡ログ送信室】
コヨリは扉の前で、ログルを見た。
「行ける?」
「はい。怖いですが」
「わたしも怖い」
「はい」
「じゃあ一緒」
扉が開いた。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:1回
累計死亡回数:86回
死因再演迷宮内死亡回数:10回
今回の死因:【死亡ログ改ざん未遂で管理光に撃たれた】
評価:【隠し事には練習が必要です】
新規獲得:【送信遅延 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在領域:死因再演迷宮29F突破
累計死亡回数:86回
死因再演迷宮内死亡回数:10回
クラス:勇者
クラス適性:【死因学者】正式化直前
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【死因ログ参照 Lv.1】
【送信遅延 Lv.1】
【正解行動の足元確認 Lv.1】
【階段も確認 Lv.1】
【感情ログ確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【送信遅延 Lv.1】
兆候:【神様報告遅延 Lv.1】
関係変化:ログルが神様側端末からコヨリ側の相棒へ大きく傾く
【登場人物紹介】
コヨリ:ログルをかばって管理光に撃たれた幼女勇者。怖いけど、一緒に怖がることを選んだ。
ログル:送信線に干渉し、神様への報告を三秒遅らせた解析神獣。三秒は短いが、生死の一手には十分すぎる。
ネム:かばい合い死因の分類を心配する死亡受付。職業病が強い。
リュシア:裏切り初日のホットミルクを出す酒神。やっぱり大人。
【ローグライクあるあるメモ】
一手一動の世界では、三秒の猶予が命になります。送信遅延は派手な攻撃ではありませんが、敵に対策される前に一手選べる、かなり大きな攻略資源です。
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