同じ顔を罠にするな
16Fからは、人物ログの再演です。
ミーナ、カイ、ピヨラ、ゼルド、ベル。
思い出まで罠にしてくる迷宮に、コヨリが怒ります。
16Fに降りると、パンの匂いがした。
コヨリは反射的に足を止める。迷宮の中に、木の棚がある。棚の向こうには、ミーナがいた。
パン屋のミーナだ。
シード012で出会った、腹が減ってちゃ勇者もできないよ、と言ってパンをくれた人。けれど、その腰には、女騎士ミーナが持っていた短剣も下がっている。
「ログル」
「はい」
「本物?」
「再演です。思い出ログ棚と神様送信用ログの混合体に近いです」
「混ぜないでほしい」
「はい」
ミーナの再演は、柔らかく笑った。
「ほら、食べな。腹が減ってちゃ、勇者もできないよ」
手にしているパンは、温かそうだった。
コヨリは一歩も動かなかった。
「ログル、パンは?」
「匂い誘引反応があります。食べると蜂型魔物が寄る可能性があります」
「ミーナさんは?」
「近づくと、床罠が起動します」
「じゃあ、罠?」
「はい」
コヨリは唇を噛む。
「でも、ミーナさんの形をしてる」
「はい」
「それが嫌」
ミーナの再演は、変わらず笑っている。罠だ。分かっている。けれど、その声も、手の角度も、パンを差し出す時の少し雑な優しさも、コヨリが覚えているものだった。
通路の奥で、別の声がした。
「勇者さん、こっち!」
カイだった。
木剣を持った少年カイ。敵兵だったカイ。弓兵だったカイ。いくつもの顔が重なって見える。
カイの再演は、床に倒れた小さな魔物をかばっている。奥の弓兵が弓を引く。
コヨリの足が動きかけた。
「勇者様」
ログルの声が低くなる。
「射線」
「分かってる」
「床罠」
「分かってる」
「感情で一歩出ると、前と同じ死因になります」
「分かってるってば!」
叫んだ時には、もう一歩出ていた。
床のマス目が赤く光る。矢が飛ぶ。
コヨリはその瞬間、自分が分かっていなかったことを理解した。分かっていることと、止まれることは違う。
矢が胸元に届く。
【死亡ログ】
【死因:カイの幻影に走って射線確認を忘れた】
【評価:感情にも遮蔽物が必要です】
【累計死亡回数:83回】
【死因再演迷宮内死亡回数:7回】
【新規獲得:感情ログ確認 Lv.1】
拠点に戻ったコヨリは、すぐには叫ばなかった。
ネムが台帳を開き、判子を持ったまま止まる。
「今回は、通常評価で処理しますか」
「......通常って、なに」
「神様送信用なら、感情による移動ミスです」
コヨリは顔を上げた。
「違う」
「はい」
「わたし、ミスしただけじゃない。助けたかった」
「拠点保存用には、そう記録します」
ログルが静かに近づいた。
「勇者様。次は、助けるために止まりましょう」
「止まったら、見捨てるみたいで嫌」
「止まることと、見捨てることは違います」
「違う?」
「はい。助けるために盤面を見る。罠を避ける。射線を切る。安全な一手を選ぶ。勇者様が死ねば、幻影も記録も守れません」
コヨリは黙った。
しばらくして、小さくうなずく。
「次は、走らない」
「はい」
「でも、無視もしない」
「それでいいと思います」
再突入。
16Fのミーナ再演。コヨリはパンを受け取らない。代わりに、床へ小石を投げた。罠が起動し、パン棚の手前に落とし穴が開く。
ミーナの再演は、少しだけ笑い方を変えた。
「見えるようになったんだね」
その声に、コヨリは胸が詰まる。
「再演なのに、そういうこと言わないで」
17F、カイの再演。
今度は、コヨリは走らない。通路の角で止まり、ログルと確認する。
「ログル、これ罠だよね」
「はい。幻影です。射線が二本、足元に転送罠、カイ様の手前に眠り罠があります」
「でも、わたしが助けたいと思うのは本物だよね」
ログルは、すぐには答えなかった。
「......はい。本物です」
「じゃあ、罠だから無視、じゃなくて、助けるために止まる」
「それが、一番生存率の高い選択です」
「生存率だけじゃないよ」
「分かっています。少しずつですが」
コヨリは深呼吸した。
まず射線を切る。壁ぎわへ一歩。敵の弓兵が矢を放つが、壁に当たる。次に小石で転送罠を起動。床が光り、空振りする。眠り罠は、あえて起動させない。
「カイの手前、眠り罠。罠移設できる?」
「右の魔物に踏ませられます」
「やる」
一手。
コヨリは小石を投げ、魔物の注意を引く。魔物が眠り罠へ乗り、ふらりと倒れた。カイの再演がかばっていた小さな魔物も消える。
カイの再演は、コヨリを見た。
「ありがとう、勇者さん」
「覚えてないくせに」
コヨリは小さく言った。
「でも、わたしは覚えてる」
カイの再演は光になり、小さな札になった。
【思い出ログ補強:カイ】
【記録分類:助けたかった理由】
20Fの整理部屋に着くと、ログルの宝石が二つのログを表示した。
【神様送信用ログ】
感情による移動ミス。
【拠点保存用ログ】
カイの幻影を助けようとして射線に出た。再挑戦時、助けるために立ち止まり、射線と罠を確認した。
コヨリは神様送信用ログを見て、むっとした。
「短すぎる」
「はい」
「わたしの一手、そんな雑にまとめないでほしい」
「だから、変える必要があります」
ログルの声は静かだったが、前よりはっきりしていた。
コヨリはうなずく。
「死因学者って、死に方を分類するだけじゃないんだね」
「はい。理由を、消さないためのクラスです」
「それ、ちょっとかっこいい」
「ただし、死にます」
「そこはかっこよく濁して!」
整理部屋の奥で、次の階段が開いた。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:1回
累計死亡回数:83回
死因再演迷宮内死亡回数:7回
今回の死因:【カイの幻影に走って射線確認を忘れた】
評価:【感情にも遮蔽物が必要です】
新規獲得:【感情ログ確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在領域:死因再演迷宮20F到達
累計死亡回数:83回
死因再演迷宮内死亡回数:7回
クラス:勇者
クラス適性:【死因学者】強反応
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【人物レイヤー地図 Lv.1】
【縁感知 Lv.1】
【感情ログ確認 Lv.1】
【死因ログ参照 Lv.1】
【表示優先順位 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【感情ログ確認 Lv.1】
思い出ログ補強:【カイ】
記録分類追加:【助けたかった理由】
【登場人物紹介】
コヨリ:同じ顔の幻影を罠にされて怒る幼女勇者。走らず、でも無視せず、助けるために止まることを覚えた。
ログル:感情と生存率を両方扱おうとする相棒。少しずつ、記録以上のものを見ようとしている。
ミーナ再演:パンと罠を同時に差し出す、ひどい再演。でも言葉だけは優しい。
カイ再演:コヨリの「助けたい理由」を引き出した幻影。
【ローグライクあるあるメモ】
焦って走ると射線に出る。分かっていても、助けたい相手がいると一手が早くなります。感情にも遮蔽物が必要です。
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