過去のわたし、仮名の付け方が雑
死因再演迷宮6Fからは、食料、店、壺、未識別仮名の事故が待っています。
自分でつけた名前に、自分で殺される。
それもまた、死に覚えです。嫌すぎます。
6Fに降りた瞬間、コヨリのお腹が鳴った。
ぐう、と白い迷宮に響いた音は、思ったより大きい。コヨリは自分のお腹を押さえ、ログルを見た。
「ログル。今の、行動判定?」
「お腹の音は、通常ターン消費ではありません」
「よかった」
「ただし、近くの敵が音に反応しました」
「やっぱ、よくなかった!」
通路の奥から、丸い魔物が転がってくる。体に【満腹度】と書かれた札をぶら下げている。いかにも食料管理を学ばせる気満々の敵だ。
「名前からして嫌!」
「飢餓だるまです。接触されると満腹度が減ります」
「お腹の音に寄ってくる敵、最悪すぎる!」
コヨリは手持ちを確認した。ミーナの保存パンはない。以前使い切った記録の再演だからだ。代わりに、床に草が一本落ちている。
札には、見覚えのある仮名がついていた。
【未識別草:たぶん高級草】
コヨリの目が輝いた。
「あ――復活草だったやつ!」
「勇者様、待ってください」
「でも高級草だよ? 高額で、最後まで持ってたら復活草だったやつ!」
「それはシード100の店で購入した個体です。この迷宮の草は、死因ログを元に再演されています。仮名だけ同じで、中身が同じとは限りません」
「仮名のくせに中身を保証しないの!?」
「仮名ですので」
「仮名、信用ならない!」
飢餓だるまが近づいてくる。満腹度はじわじわ減っている。コヨリは草を握ったまま迷った。
飲むべきか。温存すべきか。
復活草かもしれない。満腹草かもしれない。爆裂草かもしれない。過去の自分がつけた仮名が、こんなに未来の自分を苦しめるとは思わなかった。
「ログル、どうする?」
「現状、満腹度は危険域です。草を使うなら、今です」
「復活草だったら?」
「復活草は、死んだ時に価値があります」
「今死にそう!」
「満腹度で死にそうです」
「じゃあ飲む!」
コヨリは草を飲んだ。
お腹が、ぽんと温かくなる。
【識別完了:満腹草】
「満腹草ううううううううう! いや助かったけど! 助かったけど、復活じゃなかったあああああ!」
叫んでいる間に、飢餓だるまが隣へ来た。
「勇者様、叫びは行動ではありませんが、敵はもう隣です」
「なんで叫び中に心の安全まで削るの!」
コヨリは横へ逃げた。床がぬるりと滑る。満腹草の葉が床に落ちていたらしく、足元が妙に青い。
つるん。
飢餓だるまに接触される。満腹度が一気に削れる。さっき増えた分が消え、さらにHPが減り始める。
「満腹草、使い方が下手だと満腹じゃなくなる!」
一手遅れた。
【死亡ログ】
【死因:満腹草を復活草だと思って迷い、飲んだあと油断した】
【評価:命綱は、使いどころと足元確認までが命綱です】
【累計死亡回数:79回】
【死因再演迷宮内死亡回数:3回】
【新規獲得:仮名に願望を混ぜない Lv.1】
拠点へ戻ったコヨリは、反省会テーブルに大きく書いた。
【仮名に願望を混ぜない】
その横に、さらに小さく書く。
【でも夢はほしい】
ログルがそれを見た。
「勇者様、二行目は攻略情報ではありません」
「心の情報!」
「心の情報は、拠点保存用ログに入れます」
「それならよし!」
再突入後、コヨリは6Fを抜け、7Fへ進んだ。そこには店があった。
死因再演迷宮の店は、普通の店よりさらに不気味だった。棚には草、壺、巻物、腕輪が並んでいる。値札はある。だが、値札の数字がたまに瞬きをする。
「値札が瞬きしてる」
「価格変動型の再演店です」
「店までわたしの反応を見て値上げするの?」
「可能性があります」
「神様、商売まで性格悪い!」
店主は、箱型の魔物だった。ミミックではない。たぶん。口は閉じている。だが、店主が箱型というだけで、コヨリは信用できない。
「いらっしゃいませ。......ご安心ください。噛みませんので」
「言った! ミミック商人系のこと言った!」
「勇者様、店内では叫ばず、商品を触る前に確認を」
「はい。店内で装備しない。店内で試食しない。店内で遠投しない。商品を飛ばさない。壺に大事なものを入れない」
「完璧です」
コヨリは慎重に棚を見た。
壺がある。
【未識別の壺:2000G】
「高い」
「保存壺、合成壺、識別壺、または危険な壺の可能性があります」
「危険な壺って何?」
「忘却壺、割れ壺、吸い込み壺、店主呼び壺など」
「最後の名前がもう死因!」
その時、店の奥に白い紙が落ちているのが見えた。
【死亡ログ写し】
コヨリは固まる。
「ログル、あれ、拠点保存用っぽい」
「はい。死因ログの一部です。回収できれば、差分解析に役立ちます」
「買うの?」
「値札がありません」
「拾ったら?」
「泥棒判定の可能性があります」
「じゃあどうするの!」
店主がにこりと箱のふたを揺らした。
「そちらは、お客様の記録でございます。お持ち帰りいただけます。ただし、壺に入れていただければ、持ち運びが安全です」
コヨリは目を細めた。
「ログル。この店主、親切すぎる」
「はい。かなり怪しいです」
「でもログは持ち帰りたい」
「壺を識別してからです」
「識別手段は?」
「ありません」
「詰んだわーーーーーー!」
コヨリは悩んだ。死亡ログ写しを持ったまま歩けば、敵に奪われるかもしれない。壺に入れれば安全かもしれない。でも壺が危険なら終わり。
結局、コヨリは壺を買った。支払いを済ませた。店外へ出た。広めの通路で周囲を確認した。ログルも頷いた。
「ここなら、最悪割れても店主判定は来ません」
「じゃあ、死亡ログ写しを入れる」
コヨリは壺のふたを開け、死亡ログ写しを入れた。
壺の中が、白く光った。
【識別完了:忘却壺】
「名前からして怖い!」
壺から、白い煙が上がった。死亡ログ写しの文字が薄れていく。
「待って待って待って! 保存して! 忘れないで! 忘却って名前、今から保存壺に変えて!」
「勇者様、名称変更では効果は変わりません!」
「じゃあ壺としての志を変えて!」
無理だった。
死亡ログ写しの一部が白紙になり、その瞬間、迷宮の床も白く抜けた。足場が消える。
「ログを忘れたら床も忘れるの!?」
「記録型迷宮です!」
「記録に頼りすぎいいいいいい!」
落下。
【死亡ログ】
【死因:死亡ログを忘却壺に入れた】
【評価:保存先の識別は記憶より大事です】
【累計死亡回数:80回】
【死因再演迷宮内死亡回数:4回】
【新規獲得:ログ保存先確認 Lv.1】
拠点へ戻ると、ネムが台帳に判を押す前に止まった。
「コヨリさん。今の死因、書きにくいです」
「わたしも死ににくかった!」
「死ににくい死因ではなく、書きにくい死因です」
「冷静に訂正しないで!」
ログルは反省会テーブルに、壺の分類表を出した。
「保存壺、識別壺、合成壺、忘却壺。以後、記録類は識別済みの壺にだけ入れます」
「ログル」
「はい」
「わたし、自分の死因を守るために死んでる」
「はい」
「なんか本末転倒っぽい」
「ですが、少し進んでいます」
「本当に?」
「はい。今の死亡で、拠点保存用ログが損傷しかけた時、ぼくの宝石が自動で予備写しを作りました」
コヨリは顔を上げた。
「守れたの?」
「完全ではありませんが、一部は」
「じゃあ、死に損ではないってことか」
「はい」
「でも忘却壺は許さないもん」
「分類に赤印をつけます」
成功周回では、コヨリは壺を買わなかった。死亡ログ写しは、巻物の上に重ねて、胸元に抱えた。敵が近づいたら逃げる。壺に入れない。忘れない。
10Fに到達すると、小さな整理部屋があった。
中央には、ネムの台帳に似た机がある。机の上に、白い札が三枚置かれていた。
【死因】
【原因】
【理由】
コヨリは札を見比べる。
「死因と原因と理由って、違うの?」
ログルは机の上に飛び乗り、静かに答えた。
「死因は、何で死んだか。原因は、何が起きたか。理由は、なぜその一手を選んだかです」
「神様に送ってたのは?」
「主に死因と原因です」
「理由は?」
「拠点保存用ログにしか残っていません」
コヨリは三枚目の札を手に取った。
【理由】
薄い札なのに、少し重かった。
「じゃあ、ここから先は、理由も守る」
「はい」
「わたしが何で死んだかだけじゃなくて、何で動いたかも」
「記録します」
「神様に見せるかは?」
ログルは、すぐには答えなかった。
「......選びます」
コヨリはうなずいた。
「それでいい。全部渡さない」
整理部屋の奥で、次の階段が開いた。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:2回
累計死亡回数:80回
死因再演迷宮内死亡回数:4回
死因1:【満腹草を復活草だと思って迷い、飲んだあと油断した】
評価:【命綱は、使いどころと足元確認までが命綱です】
新規獲得:【仮名に願望を混ぜない Lv.1】
死因2:【死亡ログを忘却壺に入れた】
評価:【保存先の識別は記憶より大事です】
新規獲得:【ログ保存先確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在領域:死因再演迷宮10F到達
累計死亡回数:80回
死因再演迷宮内死亡回数:4回
クラス:勇者
クラス適性:【死因学者】強反応
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.3】兆候
【壺は先に識別 Lv.1】
【店ではおとなしくする Lv.1】
【死因ログ参照 Lv.1】
【対策済み警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【仮名に願望を混ぜない Lv.1】
新規獲得:【ログ保存先確認 Lv.1】
新規整理:【死因】【原因】【理由】の分類
【登場人物紹介】
コヨリ:未識別草の仮名と忘却壺に振り回される幼女勇者。自分のネーミングセンスに殺されかける。
ログル:死因、原因、理由の違いを整理する相棒。神様へ送る情報を選ぶ方向へ一歩進んだ。
ネム:死因が書きにくくても台帳を書く死亡受付。事務のプロ。
【ローグライクあるあるメモ】
未識別アイテムに仮名をつけるのは便利ですが、願望を混ぜると未来の自分が困ります。壺も同じで、保存できると思って入れたら取り返しがつかない。これぞダンジョンの悪意です。
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