死因再演迷宮、低層から心を折りに来る
死因図鑑室の奥に現れた、死因再演迷宮。
まず待っていたのは、黒狼、ミミック、未識別草。
つまり、コヨリの心に優しくない低層です。
死因図鑑室の奥にある扉は、木製でも鉄製でもなかった。
白い。
拠点の壁と同じ色をしているのに、そこだけ妙に冷たい。扉の表面には、コヨリがこれまで見た死亡ログの文字が、薄い傷のように刻まれていた。
【黒狼】
【ミミック】
【未識別草】
【満腹度切れ】
【射線確認不足】
【復活草:使用済み】
コヨリは扉の前で、両手を握ったり開いたりした。
「ログル」
「はい」
「この扉、開けたら死ぬ?」
「可能性は高いです」
「正直すぎてつらい」
「ですが、開けなければ、神様送信用ログと拠点保存用ログの差分は調べられません」
「分かってる。分かってるけど、扉に自分の死因が刻まれてるの、だいぶ嫌。表札に『死にました一覧』って書かれてる家に入る気分」
「かなり正確な比喩です」
「慰めて!」
ログルは少し考えたあと、コヨリの足元に近づいた。
「勇者様。ぼくが先に見ます」
「それはダメ。ログルが先に噛まれたら、わたしが泣く」
「扉が噛む前提なのですか」
「ミミック経験者は、全ての扉を疑うんだよ」
コヨリは扉に手を当てた。
冷たい。次の瞬間、床に青白いマス目が広がった。
【特殊領域:死因再演迷宮】
【階層:1F】
【開始条件:勇者コヨリの死亡ログ照合】
【警告:過去の対策は、そのままでは通用しません】
「過去の対策がそのまま通用しないって、入り口に書く親切はあるんだ」
「親切というより、煽りに近いです」
「ログル、神様語への翻訳がうまくなってる」
視界が白く揺れ、コヨリは草の匂いの中に立っていた。
1F。
そこは、最初に死んだ薬草採取場に似ていた。低い草むら。細い道。遠くの木陰。初めてこの世界へ落とされた時、何も知らずに歩いた場所。
コヨリはすぐにしゃがみ、足元を確認した。
「足元よし。草よし。木陰よくない。あそこから黒狼が来る。わたし知ってる」
「勇者様、左の草むらも確認してください」
「左?」
コヨリが見ると、草がわずかに揺れていた。
黒い影が、木陰ではなく、左の草むらから飛び出した。
「そっち!?」
「対策済み行動を読んでいます!」
コヨリは右へ跳んだ。黒狼の爪が空を切る。前ならここで終わっていた。けれど今は違う。コヨリには【黒狼の爪筋回避】がある。足元を見る癖もある。横へ逃げる判断もできる。
右へ逃げた先の草むらが揺れた。
もう一匹の黒狼がいた。
「二段構えは犯罪いいいいいいい!」
一手。
黒狼の牙が、コヨリの視界を黒く塗った。
【死亡ログ】
【死因:黒狼の再演を避けた先に黒狼がいた】
【評価:対策済みの対策です】
【累計死亡回数:77回】
【死因再演迷宮内死亡回数:1回】
【新規獲得:対策済み警戒 Lv.1】
白い拠点に戻ると、ネムが台帳に判を押した。
「再演一回目、処理完了です」
「処理しないで! 慰めて!」
「黒狼の再演を避けた先に黒狼がいた場合、慰めより配置確認が有効です」
「死神さんまで攻略目線!」
ログルは申し訳なさそうに尻尾を下げる。
「勇者様、次は回避先そのものを確認しましょう。敵が出る場所ではなく、勇者様が逃げる場所を狙ってきています」
「わたしの賢さを敵が踏み台にしてる。やだ」
「はい。とても嫌です」
ログルが素直に同意したので、コヨリは少しだけ気が抜けた。
再突入。
今度は、コヨリは黒狼の出現位置だけでなく、逃げ道も見る。左の草むら、右の草むら、後ろの小石、木陰の奥。ログルの宝石が淡く光り、危険マスが赤く染まった。
「左から一匹。右に逃げると二匹目。後ろに一歩下がると小石がある」
「投げますか」
「投げる。黒狼じゃなくて、右の草むらへ」
コヨリは小石を拾い、右の草むらへ投げた。小石が草を揺らすと、二匹目の黒狼が先に飛び出し、空振りした。
「よし!」
「勇者様、喜ぶのはあとです。一匹目が来ます」
「はい、今は生きる!」
コヨリは後ろへ下がり、最初の黒狼の突進を避ける。二匹の黒狼が同じ通路に並んだ。小石袋改からもう一つ石を取り出し、足元の転び石へ投げる。
黒狼が滑った。
「自分の死因で作った迷宮なのに、黒狼が転ぶとちょっとうれしい!」
「だいぶ性格が出ています」
「ログル、今のは褒めてないよね?」
「攻略面では褒めています」
1F突破。
2Fには宝箱があった。
ひとつだけ、部屋の真ん中に置かれている。いかにも開けてくださいという顔をしている。
コヨリは距離を取った。
「呼吸してる」
「はい」
「開けない」
「賢明です」
「小石も投げない」
「なぜですか」
「小石を当てたら、起きるかもしれない。ここは放置」
「かなり成長しています」
コヨリは胸を張り、宝箱を迂回した。宝箱が、ぱかりと自分から開いた。
「開けてない!」
ミミックは床を蹴って跳ねた。宝箱なのに跳ねた。
「宝箱が自走するなあああああ!」
「勇者様、後退!」
「後ろ、確認済み!」
後ろに下がった。安全マスのはずだった。そこに、もう一つ宝箱が落ちてきた。
「上から追加するなあああああ!」
上下から宝箱に挟まれ、視界ががぶりと閉じた。
【死亡ログ】
【死因:開けていない宝箱に噛まれた】
【評価:今回は向こうから来ました】
【累計死亡回数:78回】
【死因再演迷宮内死亡回数:2回】
【新規獲得:能動ミミック警戒 Lv.1】
拠点に戻ったコヨリは、死因図鑑室の床に寝転がった。
「もう宝箱という概念が信用できない」
「以前からかなり信用していませんでした」
「開けなければ安全っていう最低限の約束を破られたの!」
ログルは額の宝石に、ミミックの図を表示した。宝箱に足が生えている。
「能動型です。勇者様が開けない対策を取ったため、自分から接近するよう再演されています」
「わたしの成長に合わせて、宝箱も成長するな!」
「敵も死因ログを参照している可能性があります」
「やっぱり神様、わたしの攻略メモ読んでるじゃん!」
再突入後、コヨリは宝箱を見た瞬間、床に線を引いた。
「ログル、ミミックは敵。宝箱は敵。宝箱っぽい床も敵。箱型の影も敵」
「対象が広すぎます」
「広めに疑って、狭めに生きる!」
今度は宝箱を無視するだけではなく、距離を保って壁ぎわへ誘導する。近づいてきた瞬間、コヨリは転び石を蹴った。転び石がミミックの足元へ転がる。
宝箱が転んだ。
「宝箱が転ぶ絵面、ちょっと面白い!」
「笑っている間に通路へ」
「はい!」
3Fには未識別草が落ちていた。コヨリは拾わず、まず周囲を見る。
「草は安全地帯で試す」
「はい」
「でも、安全地帯ってどこ?」
「この迷宮では、完全な安全地帯は確認できません」
「じゃあ試せないじゃん!」
「なので、今は仮名をつけて持ちます」
コヨリは草を見つめ、慎重に札をつけた。
【未識別草:たぶん草】
「......情報量ゼロです」
「願望を混ぜると死ぬ気がするから!」
5Fでは、黒狼とミミックが同じ部屋にいた。低層小ボスのような顔をしている。正面から戦う必要はない。コヨリは壁沿いに動き、宝箱を黒狼の突進路へ誘導する。
黒狼がミミックに噛まれた。
「敵同士でやってる!」
「勇者様、今です」
「はい、拾わない、見ない、欲張らない!」
階段へ走る。階段前に宝箱がある。コヨリは見ない。絶対に見ない。
「ログル、今わたし、すごくえらい」
「はい。かなりえらいです」
5F突破。
階段を降りる直前、ログルの宝石に小さな文字が浮かんだ。
【死因分類:低層再演】
【学習項目:対策済み行動も狙われる】
コヨリは口を尖らせた。
「わたし、強くなってるのに、敵も意地悪になってる」
「はい」
「でも、前より長く生きた」
「はい」
「じゃあ、次」
コヨリは階段を降りた。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:2回
累計死亡回数:78回
死因再演迷宮内死亡回数:2回
死因1:【黒狼の再演を避けた先に黒狼がいた】
評価:【対策済みの対策です】
新規獲得:【対策済み警戒 Lv.1】
死因2:【開けていない宝箱に噛まれた】
評価:【今回は向こうから来ました】
新規獲得:【能動ミミック警戒 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在領域:死因再演迷宮5F突破
累計死亡回数:78回
死因再演迷宮内死亡回数:2回
クラス:勇者
クラス適性:【死因学者】強反応
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.3】兆候
【足元確認 Lv.2】
【ミミック警戒 Lv.1】
【死因ログ参照 Lv.1】
【総合盤面確認 Lv.1】兆候
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【対策済み警戒 Lv.1】
新規獲得:【能動ミミック警戒 Lv.1】
更新候補:【ミミック警戒 Lv.1】→【ミミック警戒 Lv.2】
【登場人物紹介】
コヨリ:自分の過去死因に殺されるという、嫌すぎる復習を受ける幼女勇者。
ログル:敵が「対策済み行動」を狙っていると解析。慰めより先に攻略情報を出してしまう癖は健在。
ネム:死亡受付担当。黒狼再演も能動ミミックも、きっちり台帳へ記録する。
【ローグライクあるあるメモ】
宝箱を開けなければ安全、とは限らないのが死因再演迷宮です。過去の成功行動が読まれると、今度は「正解っぽい行動」そのものが罠になります。
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