死亡ログは、神様にも読まれている
帰還門には届いた。でも、帰れなかった。
コヨリは白い拠点で、死因ログの「送り先」を初めて疑います。
死に方まで神様に利用されたら、もう黙っていられません。
白い拠点の壁には、三つの言葉が並んでいた。
【帰る】
【忘れない】
【神様の仕様を攻略する】
羽ペンで書いた最後の文字は、まだ少しにじんでいる。コヨリはその前に立ったまま、指先についたインクを見た。黒い。けれど、帰還門の奥に見えた玄関の光より、ずっと現実に近い色だった。
魔王城地下三十層。
帰還門。
白銀の帰還ピン。
復活の草。
そして、開かなかった扉。
思い出すだけで胸の奥がぎゅっとなる。あと一歩だった気がする。靴箱も、ランドセルも、夕方の匂いも、全部そこにあった。なのに、座標が足りないと言われた。
「ログル」
コヨリは壁から目を離さずに呼んだ。
「はい、勇者様」
「わたし、帰還門に届いたんだよね」
「はい。記録上も、到達は成立しています。魔王城地下三十層、帰還門前、白銀の帰還ピン反応、復活草による即時復帰、すべて拠点ログに残っています」
「でも帰れてない」
「はい」
「これ、ゲームだったらさ。ラスボス前の扉まで行って、鍵が六個必要ですって言われて、手持ち二個しかありませんってやつだよね」
「かなり近いです」
「神様ァ! 鍵の数くらい最初に言って! 幼女に三十階潜らせてから『あと四個足りません』は性格悪すぎる!」
叫ぶと、拠点の白い壁に声がよく響いた。いつもなら、その響きにリュシアが「元気ねえ」と笑うところだ。けれど今日は、酒場席の方からも、死因受付の方からも、妙に静かな空気が流れてきた。
反省会テーブルには、帰還門の必要因子リストが置かれている。
【帰還因子:名前 未取得】
【帰還因子:座標 未取得】
【帰還因子:時間 未取得】
【帰還因子:記憶 不足】
【帰還因子:縁 反応済】
【帰還因子:扉 反応済】
コヨリは紙をつまんで、裏返した。裏には何もない。
「裏に答えが書いてある親切仕様じゃなかった」
「神様の仕様書よりは、だいぶ親切です」
「比べる相手が低い!」
ログルは反省会テーブルの端に座り、額の宝石を淡く光らせた。いつもの鑑定光より弱い。ためらっている光に見える。
そこへ、黒いパーカーの死神ネムが、分厚い台帳を抱えてやって来た。足音は小さいのに、台帳が重そうで、存在感だけがやたら大きい。
「コヨリさん。死亡ログの写し、確認お願いします」
「いつもの受付用?」
「いつもの受付用です。ただ、今回はいつものように判子だけ押して終わると、たぶん後で揉めます」
「死神さんが揉め事を予告するの、やだなあ」
ネムは反省会テーブルに台帳を置いた。どん、と音がする。台帳の角がテーブルへ少し沈んだ。
「重っ。これ、わたしの死因だけでこんなにあるの?」
「主にコヨリさんです」
「主にって言い方! わたし以外も混ざってるなら救いがあると思ったのに!」
「救いというより、分類上の都合です。復活草による即時復帰、神様管理光による死亡扱い、帰還門照合エラーによる精神負荷死など、通常死亡と違う処理が増えてきました」
ネムは眠そうな顔で台帳を開く。そこには、二列に分かれたログが並んでいた。
【神様送信用ログ】
【拠点保存用ログ】
コヨリは首をかしげた。
「二つある」
「あります」
「どう違うの?」
ネムは片方の欄を指差した。
【神様送信用ログ】
死因:帰還門番の影に階段前で追いつかれた。
評価:深層高レベル敵への対処不足。
対策候補:階段前敵処理、復活草識別、座標因子確認。
次に、もう片方を指差す。
【拠点保存用ログ】
死因:帰還門へ届くため、復活草で立ち上がり、階段へ向かった。
補足:勇者コヨリは、倒す必要のない敵を倒さず、帰るために進んだ。
感情記録:帰還門の向こうに元の世界の玄関らしき光を確認。座標不足により帰還失敗。
コヨリは、しばらく黙った。
神様送信用ログは、短い。きれいで、冷たい。攻略メモとしては分かりやすい。どこで死んだか、どう対策するかが、ぱっと見て分かる。
でも、そこには、コヨリが何を見たのかがない。何を思って一歩出たのかがない。復活草を握って、まだ帰れないと分かって、それでも扉の前まで行ったことがない。
「ログル」
「はい」
「神様に送ってたの、こっちだけ?」
コヨリは神様送信用ログを指でたたく。
「基本的には、はい。死亡処理、死因、発生条件、対策候補。神様側が要求するのは、その形式です」
「わたしが帰りたいとか、ミーナさんを忘れたくないとか、カイを助けたかったとか、そういうのは?」
「送信対象外です」
「対象にしろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
コヨリは椅子の上に立って叫んだ。椅子は少し揺れたが、拠点産なので倒れない。最近、椅子も死亡回避に慣れてきた。
ログルは目を伏せた。
「ぼくは、神様から支給された解析神獣です。最初は、勇者様の死亡ログを記録して、送信するためにいました」
「知ってる」
「でも、今は、それだけでは足りないと思っています」
ログルの声は、いつもよりゆっくりだった。コヨリは椅子から下りる。
「足りないって、どこが?」
「勇者様の死因は、単なる失敗ではありません。誰かを助けようとした結果の一歩もあります。帰還門へ届くための一手もあります。怖くても、忘れたくなくて動いた記録もあります。それを送らないまま、神様が死亡ログだけを見て次のシードや罠を調整しているなら......」
ログルはそこで言葉を切った。
ネムが台帳を閉じかけて、やめる。
「なら?」
コヨリが促す。
「勇者様の死に方が、勇者様を殺す道具に使われています」
空気が、少しだけ冷たくなった。
酒場席からリュシアが来た。今日は酒ではなく、ホットミルクを盆に載せている。湯気が白い拠点の空気に溶けた。
「ちび勇者ちゃん。飲みな。叫ぶ前に喉を守るのも、長期攻略よ」
「リュシアさん、わたし叫ぶ前提?」
「叫ばないと思う?」
「思わない!」
「いい返事」
リュシアはコヨリの前にカップを置き、それからログルを見た。
「ログ坊。あんた、何を隠そうとしてる?」
「まだ、隠せるか分かりません」
「分かってることから言いな。酒場でも冒険でも、黙って抱え込むやつからだいたい倒れる」
ログルはうなずいた。額の宝石が淡く揺れる。
「死因図鑑室の奥に、未登録の扉が出ています。死因ログと神様送信用ログの差分が、迷宮化した可能性があります」
コヨリはカップを握ったまま、固まった。
「迷宮化」
「はい」
「わたしの死因が?」
「はい」
「なんでわたしの実績が、わたしを殺しに来るの?」
「神様の仕様に近い記録領域が混じっているためです」
「神様ァ! 死因ログまでダンジョンにするなああああああああああああ!」
リュシアは耳を塞いだ。ネムは台帳を盾にした。ログルは慣れているので、少しだけ目を細めた。
死因図鑑室の奥から、小さな音がした。
ぎい、と扉が開くような音。
コヨリはホットミルクを一口飲み、カップを置いた。怖い。帰還門の次が、自分の死因でできた迷宮なんて、冗談にしても嫌すぎる。
でも、そこに入らなければ分からない。
神様に何を送っていたのか。何を送っていなかったのか。
コヨリは壁の三つの言葉を見る。
【帰る】
【忘れない】
【神様の仕様を攻略する】
「行く」
ログルが顔を上げた。
「勇者様」
「死因ログを、神様に好き勝手使わせない。まずは、わたしの死因を、わたしが取り返す」
ネムが台帳を閉じた。
「では、死亡受付側も、臨時処理に切り替えます」
「ネムさん、わたし死ぬ前提?」
「コヨリさん。死因再演迷宮です」
「名前からして死ぬ前提だったあああああ!」
コヨリの声に合わせて、死因図鑑室の奥の扉が、また一つ開いた。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:0回
累計死亡回数:76回
死因再演迷宮内死亡回数:0回
【今回の勇者ステータス】
現在領域:白い拠点/死因図鑑室前
累計死亡回数:76回
クラス:勇者
クラス適性:【死因学者】強反応
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.3】兆候
【射線確認 Lv.2】兆候
【総合盤面確認 Lv.1】兆候
【死因ログ参照 Lv.1】
【帰還門感知 Lv.1】
【縁感知 Lv.1】
【倒さない判断 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規発見:【神様送信用ログ】
新規発見:【拠点保存用ログ】
施設反応:【死因図鑑室 奥扉】
次回突入:【死因再演迷宮】
【登場人物紹介】
コヨリ:帰還門へ届いたのに帰れなかった幼女勇者。今回は死因ログの送り先に怒る。怒る場所がだんだん高度になってきた。
ログル:神様への送信ログと拠点保存ログの差に気づいた解析神獣。相棒として、いよいよ神様側からズレ始めている。
ネム:死亡受付担当。台帳が重くなりすぎているが、仕事は丁寧。
リュシア:叫ぶ前にホットミルクを出す酒神。冒険者の喉ケアまで担当する大人。
【ローグライクあるあるメモ】
攻略ログは便利ですが、敵に読まれると一気に危険になります。今回から、死因ログはただの反省ではなく、神様に対策される可能性のある情報資産になります。
ここまで読んでいただきありがとうございます。続きが気になると思っていただけましたら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




