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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第11章(第2部) 死因学者と死亡ログ改ざん

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死亡ログは、神様にも読まれている

帰還門には届いた。でも、帰れなかった。

コヨリは白い拠点で、死因ログの「送り先」を初めて疑います。

死に方まで神様に利用されたら、もう黙っていられません。


 白い拠点の壁には、三つの言葉が並んでいた。


【帰る】

【忘れない】

【神様の仕様を攻略する】


 羽ペンで書いた最後の文字は、まだ少しにじんでいる。コヨリはその前に立ったまま、指先についたインクを見た。黒い。けれど、帰還門の奥に見えた玄関の光より、ずっと現実に近い色だった。


 魔王城地下三十層。

 帰還門。

 白銀の帰還ピン。

 復活の草。

 そして、開かなかった扉。


 思い出すだけで胸の奥がぎゅっとなる。あと一歩だった気がする。靴箱も、ランドセルも、夕方の匂いも、全部そこにあった。なのに、座標が足りないと言われた。


「ログル」


 コヨリは壁から目を離さずに呼んだ。


「はい、勇者様」

「わたし、帰還門に届いたんだよね」

「はい。記録上も、到達は成立しています。魔王城地下三十層、帰還門前、白銀の帰還ピン反応、復活草による即時復帰、すべて拠点ログに残っています」

「でも帰れてない」

「はい」

「これ、ゲームだったらさ。ラスボス前の扉まで行って、鍵が六個必要ですって言われて、手持ち二個しかありませんってやつだよね」

「かなり近いです」


「神様ァ! 鍵の数くらい最初に言って! 幼女に三十階潜らせてから『あと四個足りません』は性格悪すぎる!」


 叫ぶと、拠点の白い壁に声がよく響いた。いつもなら、その響きにリュシアが「元気ねえ」と笑うところだ。けれど今日は、酒場席の方からも、死因受付の方からも、妙に静かな空気が流れてきた。


 反省会テーブルには、帰還門の必要因子リストが置かれている。


【帰還因子:名前 未取得】

【帰還因子:座標 未取得】

【帰還因子:時間 未取得】

【帰還因子:記憶 不足】

【帰還因子:縁 反応済】

【帰還因子:扉 反応済】


 コヨリは紙をつまんで、裏返した。裏には何もない。


「裏に答えが書いてある親切仕様じゃなかった」

「神様の仕様書よりは、だいぶ親切です」

「比べる相手が低い!」


 ログルは反省会テーブルの端に座り、額の宝石を淡く光らせた。いつもの鑑定光より弱い。ためらっている光に見える。


 そこへ、黒いパーカーの死神ネムが、分厚い台帳を抱えてやって来た。足音は小さいのに、台帳が重そうで、存在感だけがやたら大きい。


「コヨリさん。死亡ログの写し、確認お願いします」

「いつもの受付用?」

「いつもの受付用です。ただ、今回はいつものように判子だけ押して終わると、たぶん後で揉めます」

「死神さんが揉め事を予告するの、やだなあ」


 ネムは反省会テーブルに台帳を置いた。どん、と音がする。台帳の角がテーブルへ少し沈んだ。


「重っ。これ、わたしの死因だけでこんなにあるの?」

「主にコヨリさんです」

「主にって言い方! わたし以外も混ざってるなら救いがあると思ったのに!」

「救いというより、分類上の都合です。復活草による即時復帰、神様管理光による死亡扱い、帰還門照合エラーによる精神負荷死など、通常死亡と違う処理が増えてきました」


 ネムは眠そうな顔で台帳を開く。そこには、二列に分かれたログが並んでいた。


【神様送信用ログ】

【拠点保存用ログ】


 コヨリは首をかしげた。


「二つある」

「あります」

「どう違うの?」


 ネムは片方の欄を指差した。


【神様送信用ログ】

死因:帰還門番の影に階段前で追いつかれた。

評価:深層高レベル敵への対処不足。

対策候補:階段前敵処理、復活草識別、座標因子確認。


 次に、もう片方を指差す。


【拠点保存用ログ】

死因:帰還門へ届くため、復活草で立ち上がり、階段へ向かった。

補足:勇者コヨリは、倒す必要のない敵を倒さず、帰るために進んだ。

感情記録:帰還門の向こうに元の世界の玄関らしき光を確認。座標不足により帰還失敗。


 コヨリは、しばらく黙った。


 神様送信用ログは、短い。きれいで、冷たい。攻略メモとしては分かりやすい。どこで死んだか、どう対策するかが、ぱっと見て分かる。


 でも、そこには、コヨリが何を見たのかがない。何を思って一歩出たのかがない。復活草を握って、まだ帰れないと分かって、それでも扉の前まで行ったことがない。


「ログル」

「はい」

「神様に送ってたの、こっちだけ?」


 コヨリは神様送信用ログを指でたたく。


「基本的には、はい。死亡処理、死因、発生条件、対策候補。神様側が要求するのは、その形式です」


「わたしが帰りたいとか、ミーナさんを忘れたくないとか、カイを助けたかったとか、そういうのは?」


「送信対象外です」

「対象にしろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 コヨリは椅子の上に立って叫んだ。椅子は少し揺れたが、拠点産なので倒れない。最近、椅子も死亡回避に慣れてきた。


 ログルは目を伏せた。


「ぼくは、神様から支給された解析神獣です。最初は、勇者様の死亡ログを記録して、送信するためにいました」


「知ってる」

「でも、今は、それだけでは足りないと思っています」


 ログルの声は、いつもよりゆっくりだった。コヨリは椅子から下りる。


「足りないって、どこが?」


「勇者様の死因は、単なる失敗ではありません。誰かを助けようとした結果の一歩もあります。帰還門へ届くための一手もあります。怖くても、忘れたくなくて動いた記録もあります。それを送らないまま、神様が死亡ログだけを見て次のシードや罠を調整しているなら......」


 ログルはそこで言葉を切った。


 ネムが台帳を閉じかけて、やめる。


「なら?」


 コヨリが促す。


「勇者様の死に方が、勇者様を殺す道具に使われています」


 空気が、少しだけ冷たくなった。


 酒場席からリュシアが来た。今日は酒ではなく、ホットミルクを盆に載せている。湯気が白い拠点の空気に溶けた。


「ちび勇者ちゃん。飲みな。叫ぶ前に喉を守るのも、長期攻略よ」

「リュシアさん、わたし叫ぶ前提?」

「叫ばないと思う?」

「思わない!」

「いい返事」


 リュシアはコヨリの前にカップを置き、それからログルを見た。


「ログ坊。あんた、何を隠そうとしてる?」

「まだ、隠せるか分かりません」


「分かってることから言いな。酒場でも冒険でも、黙って抱え込むやつからだいたい倒れる」


 ログルはうなずいた。額の宝石が淡く揺れる。


「死因図鑑室の奥に、未登録の扉が出ています。死因ログと神様送信用ログの差分が、迷宮化した可能性があります」


 コヨリはカップを握ったまま、固まった。


「迷宮化」

「はい」

「わたしの死因が?」

「はい」

「なんでわたしの実績が、わたしを殺しに来るの?」

「神様の仕様に近い記録領域が混じっているためです」

「神様ァ! 死因ログまでダンジョンにするなああああああああああああ!」


 リュシアは耳を塞いだ。ネムは台帳を盾にした。ログルは慣れているので、少しだけ目を細めた。


 死因図鑑室の奥から、小さな音がした。


 ぎい、と扉が開くような音。


 コヨリはホットミルクを一口飲み、カップを置いた。怖い。帰還門の次が、自分の死因でできた迷宮なんて、冗談にしても嫌すぎる。


 でも、そこに入らなければ分からない。


 神様に何を送っていたのか。何を送っていなかったのか。


 コヨリは壁の三つの言葉を見る。


【帰る】

【忘れない】

【神様の仕様を攻略する】


「行く」


 ログルが顔を上げた。


「勇者様」


「死因ログを、神様に好き勝手使わせない。まずは、わたしの死因を、わたしが取り返す」


 ネムが台帳を閉じた。


「では、死亡受付側も、臨時処理に切り替えます」

「ネムさん、わたし死ぬ前提?」

「コヨリさん。死因再演迷宮です」

「名前からして死ぬ前提だったあああああ!」


 コヨリの声に合わせて、死因図鑑室の奥の扉が、また一つ開いた。


【今回の死亡ログ】

今回増えた死亡回数:0回

累計死亡回数:76回

死因再演迷宮内死亡回数:0回


【今回の勇者ステータス】

現在領域:白い拠点/死因図鑑室前

累計死亡回数:76回

クラス:勇者

クラス適性:【死因学者】強反応

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済みスキル】

【未識別警戒 Lv.3】兆候

【射線確認 Lv.2】兆候

【総合盤面確認 Lv.1】兆候

【死因ログ参照 Lv.1】

【帰還門感知 Lv.1】

【縁感知 Lv.1】

【倒さない判断 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規発見:【神様送信用ログ】

新規発見:【拠点保存用ログ】

施設反応:【死因図鑑室 奥扉】

次回突入:【死因再演迷宮】


【登場人物紹介】

コヨリ:帰還門へ届いたのに帰れなかった幼女勇者。今回は死因ログの送り先に怒る。怒る場所がだんだん高度になってきた。

ログル:神様への送信ログと拠点保存ログの差に気づいた解析神獣。相棒として、いよいよ神様側からズレ始めている。

ネム:死亡受付担当。台帳が重くなりすぎているが、仕事は丁寧。

リュシア:叫ぶ前にホットミルクを出す酒神。冒険者の喉ケアまで担当する大人。


【ローグライクあるあるメモ】

攻略ログは便利ですが、敵に読まれると一気に危険になります。今回から、死因ログはただの反省ではなく、神様に対策される可能性のある情報資産になります。


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