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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第10章 帰還門は魔王城地下三十層にある

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倒せない敵は、倒さない

二十六階から二十九階は、深層高レベル地帯です。

敵は強い。正面から勝てない。

だから、倒さず抜けます。

 二十六階へ降りた時、コヨリはすぐに分かった。


 ここから先は、今までの階と違う。


 通路の空気が重い。床の罠は見えにくく、壁の向こうから足音がする。一歩ごとに満腹度が削れるような圧があり、ログルの宝石もいつもより暗い色で光っていた。


「ログル、嫌な数字?」

「かなり嫌です」

「どれくらい?」

「正面から戦うと、だいたい死にます」

「ふわっとじゃなくて、きっぱり死って言った!」


 最初に現れたのは、深層鎧鬼だった。大きな鎧を着た鬼で、手には分厚い斧。コヨリはLv18まで育っている。HPもそこそこある。ここまで死なずに育てた結果だ。だから一度だけ、木剣を構えた。


「いける?」

「おすすめしません」

「でも、レベル上がってる」

「敵のレベルも上がっています」

「ちょっとだけ」


 コヨリの木剣は、鎧に弾かれた。深層鎧鬼の斧がゆっくり振り下ろされる。ゆっくり見えるのは、世界が一手を待っているからだ。避ける場所はない。


 暗転。


【死亡ログ】

【死因:深層鎧鬼に通常攻撃で挑んだ】

【評価:殴っていい敵と、盤面で処理する敵がいます】

【累計死亡回数:74回】

【シード100内死亡回数:10回】

【新規獲得:倒さない判断 Lv.1】


 拠点で、コヨリは反省会テーブルに書いた。


【深層鎧鬼は殴らない】


 少し考えて、その下に書く。


【倒せない敵は、倒さない】


 ログルはその文字を見て、静かに言った。


「勇者様。帰るのが目的です」

「うん」

「倒す必要のない敵は、倒さなくていいです」

「勇者なのに?」

「勇者だからです」

「......そっか。勇者って、全部倒す人じゃなくて、帰る道を作る人でもいいんだ」


 次の挑戦では、コヨリは深層鎧鬼と戦わなかった。一時しのぎの杖で遠い罠部屋へ飛ばし、倍速黒狼・改には鈍足の杖を振る。遠矢の魔弓兵は砂けむりで命中をずらし、飢餓ガラスは小石で通路奥へ誘導した。


 それでも、深層は楽ではない。


 二十八階では、死因ログが壁からにじみ出た。黒狼、ミミック、火球、矢、食料切れ、パン、同じ顔。これまでの死因が、文字になって床を這う。コヨリは足を止めた。見覚えがある死に方ほど、心が引っ張られる。


「勇者様、今は現在の敵を」

「分かってる。でも、これ、全部わたしなんだよ」

「はい」

「全部、痛かったんだよ」

「......はい」


 その一瞬、倍速黒狼・改が二手動いた。爪が迫る。コヨリは場所替えの杖で逃げる。間に合った。ぎりぎりだった。


「今の、死んでた」

「はい」

「死因ログ、役に立つけど、見すぎても死ぬ」

「記録は、見る量を選ぶ必要があります」

「死因学者って、もしかして心が強くないとなれない?」

「たぶん、とても」


 二十九階に、最後の店があった。


 店内には、白銀の小さなピンが一本だけ置かれている。値札は、持ち金のほぼ全額。コヨリは値札を二度見した。三度見した。数字は変わらない。


「高い」

「高いです」

「店主さん、まけて」

「深層価格だ」

「命の足元見てる!」

「命の近くで商売している」


 店主はまったく悪びれなかった。ベルの通行証には、すでに注意書きが追加されている。


【二十九階店で盗まないこと】

【白銀の帰還ピンは購入推奨】

【泥棒した場合、魔王軍は救助できません】


 コヨリは泥棒ルートを考えた。出口は近い。場所替えの杖は残り一回。砂けむりもある。いけるかもしれない。


 ログルが真顔で言った。


「勇者様」

「まだ何もしてない」

「顔が泥棒の顔でした」

「顔で判断しないで!」

「行動傾向で判断しました」

「人物レイヤーをわたしに使うな!」


 結局、コヨリは不要品を売った。強そうな巻物も、使いどころが難しい腕輪も、最後まで抱えていた予備の杖も売る。保存壺の奥には、高額未識別草だけを残した。


 白銀の帰還ピンを買うと、手元が軽くなった。財布も軽い。心も少し軽いが、怖さは増えた。


「命より高い買い物、はじめて」

「命のための買い物です」

「正論が財布に痛い!」


 店を出た直後、飢餓ガラスが飛び込んできた。満腹度が一気に削られる。コヨリは慌てて満腹薬を取り出した。


「腕輪!」

「外してます!」

「本当に?」

「本当に!」

「なら飲みます!」


 飲んだ。今度は敵に飛ばない。満腹度が戻り、足に力が入る。コヨリは息を吐き、保存壺の奥の高額未識別草を見た。


「これ、飲む?」

「まだです」

「ここまで来てまだ?」

「帰還門前まで持っていく価値があります」

「飲むタイミングを引っ張りすぎて死ぬやつじゃん!」

「はい。その可能性もあります」

「正直すぎて怖い!」


 二十九階の最後の通路で、神様の白い印章が床に浮かんだ。契約書のような模様。踏めば強制魔王戦へ飛ばされる気配がする。コヨリは一歩手前で止まった。


「神様ァ......床に契約書を置くな」

「回避できます」

「踏まなければ?」

「はい」

「じゃあ踏まない。わたし、成長してる」


 コヨリは印章床を避け、三十階への階段前に立った。手持ちは少ない。白銀の帰還ピン、高額未識別草、少しの小石。杖はほぼ空。巻物もない。


 階段の前に、黒い影が立つ。


 帰還門番の影。


 倒す相手ではない。階段へ乗れば勝ち。けれど影は倍速で、コヨリのHPでは一撃も受けられない。


「ログル」

「はい」

「倒さない」

「はい」

「抜ける」

「階段まで、あと三手です」

「手持ちは?」

「場所ずらしの巻物は、もうありません」

「つらい!」

「ただし、小石で影の向きをずらせます。成功すれば、階段まで一手短縮できます」

「失敗したら?」

「死にます」

「いつもの!」


 コヨリは小石を握った。世界が盤面になる。影の向き、階段、壁、足元、満腹度、HP。全部を見る。見すぎると迷う。だから、必要な線だけを残す。


 一手。


 小石が影の足元に当たる。影の向きがずれる。コヨリは階段へ走った。


 爪が背中に迫る。


【今回の死亡ログ】

今回増えた死亡回数:2回

累計死亡回数:75回

シード100内死亡回数:11回


主な死因1:【深層鎧鬼に通常攻撃で挑んだ】

評価:【殴っていい敵と、盤面で処理する敵がいます】

新規獲得:【倒さない判断 Lv.1】


主な死因2:【死因ログを見すぎて倍速敵に追いつかれかけた】

評価:【反省は大事ですが、現在の敵も見ましょう】

新規獲得候補:【死因ログ参照制限 Lv.1】


【今回の勇者ステータス】

現在シード:シード100

到達階層:魔王城地下29F突破目前

次回開始:Lv1/HP15

クラス:勇者

副適性:地図師/死因学者候補

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済みスキル】

【倒さない判断 Lv.1】

【射線確認 Lv.1】

【間合い管理 Lv.1】

【罠感知 Lv.1】

【店内試食禁止 Lv.1】

【壺は先に識別 Lv.1】

【縁感知 Lv.1】

【死因ログ参照 Lv.1】兆候


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【倒さない判断 Lv.1】

新規獲得候補:【死因ログ参照制限 Lv.1】

購入:【白銀の帰還ピン】

保持:【未識別草:高額】


【登場人物紹介】

コヨリ:深層で、倒すのではなく抜けることを覚えた幼女勇者。財布は死にかけ。

ログル:泥棒顔を行動傾向で判断した相棒。便利だがちょっとひどい。

深層鎧鬼:殴ってはいけない敵。盤面で処理する相手。

帰還門番の影:三十階手前の門番。倒す相手ではなく、しのいで抜ける相手。


【ローグライクあるあるメモ】

深層では、敵を倒すより「一時しのぎ」「罠誘導」「逃げる」「階段へ乗る」が正解になることがあります。強い敵を全部倒そうとすると、アイテムもHPも心も足りません。


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