魔王軍受付は地下にもある
二十一階から二十五階は、魔王軍管理区域です。
神様より親切な注意書きが増えます。
それでも、未識別品は未識別品です。
二十一階から、空気が変わった。
壁には魔王軍の黒い紋章が刻まれ、通路の角には小さなランタンが吊るされている。魔王城の地下なのだから当然なのだが、コヨリには少し不思議だった。敵地のはずなのに、神様の白い管理光より落ち着く。
「ログル、わたし、感覚おかしくなってない?」
「魔王軍区域の方が注意書きが丁寧なので、安心するのは自然です」
「自然なの!?」
「神様側と比べると」
「比較対象がまた底辺!」
二十二階には、魔王軍売店があった。敷物の上に草、薬、杖、巻物、壺が並び、店主の隣に黒板が立っている。字はベルのものだった。
【当店では、未識別品の使用による死亡について責任を負いかねます】
【店内での遠投、場所替え、爆裂草の試食は禁止です】
【泥棒判定は神様側より正確です】
コヨリは黒板に両手を合わせた。
「注意書きが親切すぎる」
「感謝対象が黒板になりました」
「神様の説明書より黒板の方が信用できる」
店の奥から、ベルが現れた。眼鏡を指先で押し上げ、書類束を抱えている。コヨリを見ても、当然のように覚えていない。それでも、立ち方と声の温度は同じだった。
「いらっしゃいませ、勇者様。魔王軍地下売店へようこそ。会計前のご使用、店内での爆発、店主への遠投、及び神様印章の持ち込みはご遠慮ください」
「ベルさん、説明がちゃんとしてる!」
「お褒めにあずかり光栄です。ただし、当店の商品は未識別です」
「そこは魔王軍でも無理なの!?」
「未識別は世界仕様でございます。主神様の雑な仕様ですので、魔王軍としても正式に抗議中です」
「抗議してるのえらい!」
コヨリは店の草を見た。三百G、五百G、二千G。二千Gの草だけ、他と違って葉の縁が銀色に光っている。
「ログル、あの高い草」
「危険草にしては高額です。回復系、復活系、または特殊効果の可能性があります」
「復活?」
「断定はできません」
「ベルさんは?」
「魔王軍価格表では、高額危機対応品に近い分類です。売らないことをおすすめします」
「買う前から売る話!?」
「深層では、資金調整で命綱を売る方がいらっしゃいますので」
「ダンジョン経験者の注意が重い!」
コヨリはその草を買った。識別の巻物はない。使うのも怖い。だから、仮名をつける。
【たぶん高級草】
ログルが宝石に表示する。
【未識別草:高額】
「夢がない!」
「正確です」
「せめて【希望草かも】にして」
「未確定情報を希望で登録すると、判断を誤ります」
「相棒が現実的すぎる!」
その現実を忘れたのは、五分後だった。
コヨリは安い草を見つけ、試食してもいいか迷った。魔王軍売店なら、なんとなく安全そうだ。ベルの黒板にも注意書きがある。つまり、注意すればいい。そう思ってしまった。
「一口だけ」
「店内試食は禁止と書かれています」
「でも買った」
「買っても、店内使用は危険です」
「ベルさんの店だし」
「ベル様は安全を保証していません」
コヨリは食べた。
草は爆ぜた。
「爆裂草うううううううううう!」
店内が白く光り、店主の帽子が煙を上げた。怒られる前に、コヨリのHPが消える。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:魔王軍売店で爆裂草を試食した】
【評価:試食とは言いましたが、爆発は想定外です】
【累計死亡回数:73回】
【シード100内死亡回数:9回】
【新規獲得:店内試食禁止 Lv.1】
再挑戦では、コヨリは店内で何も使わなかった。高額草を買い、保存壺の一番奥へ入れる。ベルはその様子を見て、小さく頷いた。
「勇者様、よろしい判断です」
「ベルさんに褒められると、ちゃんと生きてる感じがする」
「生存は重要な業務です」
「業務なの?」
「魔王軍では、勇者様の生存が魔王様の胃に直結しております」
「魔王さんの胃、わたしのHPより繊細じゃない?」
二十三階では、人物レイヤーが乱れた。パン屋ミーナ、女騎士ミーナ、木剣カイ、敵兵カイ、秘書ベル、魔王ゼルドの幻影が通路に現れる。味方も敵も、罠も混じっている。
二十四階で、音が変わる。
【特殊モンスターハウス:同じ顔ハウス】
同じ顔の幻影が、一部屋に詰め込まれていた。ミーナの顔をした敵が斧を持ち、カイの顔をした幻影が弱い子を助け、ベルの顔をした罠が書類を差し出す。コヨリは入口で固まった。
「人間関係をモンスターハウスにするなああああああああああ!」
「勇者様、見た目で判断しないでください」
「分かってる! でも、心が忙しい!」
コヨリは人物レイヤーを開いた。食べ物を渡そうとする反応。弱い子を庇う反応。書類を整える反応。胃を押さえる反応。見た目ではなく、行動の癖を見る。
ミーナの幻影がパンを投げてくる。罠かもしれない。コヨリは受け取らず、小石で足元を確認した。床が開く。やっぱり罠だ。
「パン罠は悪質!」
「かなり悪質です」
カイの幻影が弱い幻影を助けようとして敵の射線に出る。コヨリは場所替えの杖で、その子を壁際へずらした。敵を倒すのではなく、巻き込まない道を作る。第9シードで覚えたやり方だ。
二十五階の固定部屋で、魔王ゼルドが待っていた。黒マントを着て、威厳ある姿で腕を組んでいる。三秒後、ベルが書類を差し出した。
「魔王様、強制魔王戦延期届に署名を」
「今、余は威厳を出していたところだ」
「胃痛で倒れる前に署名を」
「......分かった」
コヨリは思わず笑った。
「魔王さん、ラスボスなのに書類で戦闘止めてる」
「勇者よ、余も好きでラスボス業務をしているわけではない。神々の強制イベントが雑すぎるのだ」
「それは分かる。すごく分かる」
「分かり合いたくなかったが、分かり合えてしまうのが悲しいな」
ゼルドは真面目な顔で、地下三十階の方角を指した。
「帰還門は、この下だ。余の設備ではない。魔王城が建つより古い、世界の底に残された門だ」
「魔王さんを倒しても、開かない?」
「開かぬ。余を倒して開くなら、余が一度寝たふりでもしてやる」
「魔王さん、優しいけど、それで開いたら世界観が泣く」
「余の胃も泣く」
ベルが地下三十階通行証を差し出す。
「勇者様。ここから先は、魔王軍でも管理外です。深層高レベル個体が出ます。倒すのではなく、しのいでください」
「倒さない」
「はい。魔王様も倒さなくて結構です」
「そこ確認されるの面白い」
「神様側の仕様では、勇者はすぐ魔王を倒したがる扱いなので」
「わたし、帰りたいだけなんだけどな」
ゼルドが静かに言った。
「ならば、行け。勇者コヨリ。余を倒すためではなく、お前の帰る道を探すために」
その言葉だけは、ちゃんと魔王らしかった。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:1回
累計死亡回数:73回
シード100内死亡回数:9回
今回の死因:【魔王軍売店で爆裂草を試食した】
評価:【試食とは言いましたが、爆発は想定外です】
新規獲得:【店内試食禁止 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード100
到達階層:魔王城地下25F突破
次回開始:Lv1/HP15
クラス:勇者
副適性:地図師/死因学者候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【人物差分確認 Lv.1】
【縁感知 Lv.1】
【同一魂反応 Lv.1】
【非殺傷ルート選択 Lv.1】
【店内装備禁止 Lv.1】
【店内試食禁止 Lv.1】
【壺は先に識別 Lv.1】
【拾う前に周囲確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【店内試食禁止 Lv.1】
更新候補:【人物レイヤー地図 Lv.1】強化
入手:【地下三十階通行証】
購入:【未識別草:高額】
【登場人物紹介】
コヨリ:魔王軍売店でも爆裂草を試食した幼女勇者。店内で使うなと書いてあった。
ログル:高額草を未識別のまま保存壺へ入れた。希望より正確さを優先する。
ベル:説明が丁寧すぎる魔王軍秘書。注意書きだけで神様に勝っている。
魔王ゼルド:強制魔王戦延期届に署名する苦労人魔王。威厳と胃痛が同居している。
【ローグライクあるあるメモ】
特殊モンスターハウスは、敵の強さだけでなく判断力を壊してきます。今回は同じ顔ハウス。見た目ではなく、行動の癖を見ることが攻略の鍵でした。あと、店内試食は禁止です。
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