射線の谷、地下に再就職する
十六階から二十階は、射線とモンスターハウスの階層です。
遠くの敵は安全ではありません。
遠くから死ぬだけです。
十六階に降りると、通路がやたらと長かった。
壁と壁の間に、まっすぐな道が続いている。奥には弓コボルトが一体。距離はある。けれど、距離があるから安全という考えは、射線の谷で何度も矢に変えられた。
「ログル、射線」
「通っています」
「ですよね! 通ってる顔してるもん、この通路!」
「通路に顔はありません」
「あるよ、性格悪い顔!」
コヨリは一マス横のくぼみに入り、弓コボルトの矢を壁に刺させた。矢が飛ぶ音は、何度聞いても心臓に悪い。だが、怖いからこそ見える。射線、距離、壁、角。全部、前に死んで覚えた。
十七階には、跳弾壁があった。小石を投げると壁で跳ね返る。うまく使えば、角の向こうの敵に当てられる。うまく使えなければ、自分に戻る。
コヨリは小石袋改から貫通小石を取り出した。
「ログル、跳ね返り角度」
「左壁に当てれば、弓コボルトに当たります。ただし、二回跳ねると戻ります」
「一回だけ跳ねさせる」
「力加減に注意してください」
「わたし、できる子」
投げた小石は、弓コボルトを倒し、壁で跳ね、さらに壺割り小僧に当たり、もう一度壁で跳ねた。
「あ」
「戻ります」
「戻らないでえええええええ!」
HP1のコヨリの額に、小石がこつんと当たった。痛みは小さい。HPは正直だった。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:貫通小石が壁で跳ね返って自分に当たった】
【評価:敵は倒しました。自分も倒れました】
【累計死亡回数:71回】
【シード100内死亡回数:7回】
【新規獲得:跳弾先確認 Lv.1】
次の挑戦では、コヨリは跳ね返り先に自分がいないことを確認した。小石を投げる前に、ログルが宝石で薄い線を描く。線の最後が自分の顔に戻ってこない。それだけで安心できるのが、すでに嫌な成長だった。
十八階で遠投の腕輪を拾った。前に店で事故ったやつだ。コヨリは床に置いたまま、腕を組む。
「使えば強い」
「はい」
「でも、回復薬まで敵に投げる」
「装備確認をすれば防げます」
「それ、前に防げなかった」
「だから確認します」
コヨリは腕輪に【遠投】と仮札をつけ、装備しないまま保存壺へ入れた。勝った気がした。使っていないのに勝った気がするアイテムは、だいたい危険だ。
十九階で、部屋に入った瞬間、音が変わった。
床が赤く光る。壁の陰から敵がわらわら出る。眠り粉コウモリ、倍速ヤマネコ、矢ガラス、盾コボルト、爆ぜ岩。部屋の奥には、きらきら光るアイテムが山ほど落ちていた。
コヨリの目が輝く。
「アイテムいっぱい」
「勇者様、止まってください」
「でも、あれ、識別の巻物っぽい」
「止まってください」
「あっち、壺もある」
「止まってください」
「一個だけ拾って」
「死にます」
「一個だけ!」
拾った。
倍速ヤマネコが二回動いた。矢ガラスが撃った。眠り粉が飛んだ。爆ぜ岩が近づいた。部屋いっぱいの敵が、たった一手で現実になった。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:モンスターハウスで最初にアイテムを拾った】
【評価:拾う前に生き残りましょう】
【累計死亡回数:72回】
【シード100内死亡回数:8回】
【新規獲得:拾う前に周囲確認 Lv.1】
拠点の反省会テーブルに、コヨリは涙目で書いた。
【モンスターハウスでは拾わない】
少し考えて、その下に書き足す。
【でも最後には拾いたい】
ログルが横に【生き残ってから】と書いた。
「ログル、わたしの欲望に現実を混ぜないで」
「混ぜないと死にます」
「もう死んだ!」
成功周回では、コヨリは部屋の入口で止まった。部屋の中にはアイテムがある。欲しい。すごく欲しい。けれど、今拾うと死ぬ。ログルの宝石が赤い射線と敵の移動先を映す。
「眠りの巻物」
「ここなら読めます。読んだ瞬間、倍速ヤマネコは一歩近づきます」
「鈍足の杖」
「先に倍速ヤマネコへ」
「爆ぜ岩」
「敵の中心へ誘導できます。ただし、近づきすぎないでください」
「拾うのは?」
「最後です」
「つらい」
「最後です」
コヨリは唇を噛み、眠りの巻物を読んだ。白い粉が部屋に広がる。倍速ヤマネコだけは半分起きていたので、鈍足の杖で動きを落とす。爆ぜ岩を小石で誘導し、敵の群れの中心で爆発させた。部屋の端に残った矢ガラスは、壁で射線を切る。
アイテムを拾ったのは、最後だった。
「拾える。生きて拾える」
「はい」
「モンスターハウス、ちょっと好きかも」
「その感情は危険です」
「分かってる。でもアイテムいっぱい」
「欲望レイヤーを非表示にします」
「わたしの心を地図機能で消すな!」
二十階には、魔王軍連絡所があった。机の上にはベルの通信メモが残っている。
【二十階到達、お疲れ様でございます】
【ここから先、魔王軍管理区域と神様側旧仕様が混在します】
【店内試食、遠投、未識別巻物の危険使用は禁止です】
【魔王様は現在、強制魔王戦延期届に署名中です】
コヨリはメモを読んで、じんわり目頭が熱くなった。
「魔王さん、戦わないために書類書いてる」
「はい」
「ラスボスなのに、事務で助けてくれるの、おかしくない?」
「この世界では、かなり重要な協力です」
「神様より魔王軍の方が味方っぽい!」
次の階段は、魔王軍の紋章が刻まれていた。二十一階から先は、ただのダンジョンではない。人の顔と、記録と、神様の古い仕様が混ざる場所だ。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:2回
累計死亡回数:72回
シード100内死亡回数:8回
主な死因1:【貫通小石が壁で跳ね返って自分に当たった】
評価:【敵は倒しました。自分も倒れました】
新規獲得:【跳弾先確認 Lv.1】
主な死因2:【モンスターハウスで最初にアイテムを拾った】
評価:【拾う前に生き残りましょう】
新規獲得:【拾う前に周囲確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード100
到達階層:魔王城地下20F到達
次回開始:Lv1/HP15
クラス:勇者
副適性:地図師/死因学者候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【射線確認 Lv.1】
【間合い管理 Lv.1】
【跳弾先確認 Lv.1】
【拾う前に周囲確認 Lv.1】
【店内装備禁止 Lv.1】
【壺は先に識別 Lv.1】
【未識別警戒 Lv.3】兆候
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【跳弾先確認 Lv.1】
新規獲得:【拾う前に周囲確認 Lv.1】
更新候補:【射線確認 Lv.1】→【射線確認 Lv.2】兆候
中継記録:【魔王城地下20F】
【登場人物紹介】
コヨリ:アイテムに目がくらんでモンスターハウスに負けた幼女勇者。最後には拾えた。
ログル:欲望レイヤーを非表示にしようとした相棒。機能としては便利だが、心には悪い。
ベル:通信メモで支援する魔王軍秘書。魔王様の延期届まで管理している。
魔王ゼルド:まだ姿は見えないが、強制魔王戦を避けるため書類を書いている苦労人。
【ローグライクあるあるメモ】
モンスターハウスでは、最初にアイテムを拾うとだいたい死にます。まず入口で止まる。敵を見る。射線を見る。打開アイテムを使う。拾うのは最後です。最後まで残っていたら、ですが。
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