リセットされない白い椅子
死に戻りの本当の始まりです。
拠点が生まれます。
幼女勇者は、壁に目的を書きます。
二回目の朝。
こよりは、村の外へ出た。
森には行かない。
黒狼にも近づかない。
その代わり、村の周りを一マスずつ確かめるつもりだった。
一マス。
一歩進む。
止まる。
風だけが、妙に遅れて草を揺らした。
「......変なの」
こよりが止まると、世界も少しだけ待っている気がする。
でも、一歩動くと、草も、虫も、遠くの影も、一斉に動く。
「ゲームみたい。いや、ゲームなら説明書ついてるけど」
こよりは、自分の歩幅で地面を区切る。
草。
石。
木の根。
低い柵。
穴。
少し湿った土。
ゲームみたいにマス目が見えるわけではない。
けれど、そう考えると落ち着いた。
「一歩動いたら、敵も一歩動くかもしれない」
こよりは木剣で草をつついた。
「足元確認。横確認。後ろ確認。勇者というより、完全に不審者」
自分で言って悲しくなった。
村の東側には、小さな丘がある。
丘の上からなら、森の入口が見える。黒狼が出た場所も遠くから確認できるかもしれない。
こよりは丘へ向かった。
慎重に。
本当に慎重に。
だから、草の中から飛び出してきた小さな灰色の影には、反応が遅れた。
「うわっ!」
ウサギだった。
ただし、額に角がある。
かわいい。
でも、角がある。
角がある生き物は、だいたい突進する。
「待って。わたし、黒狼対策しかしてない」
灰色の角ウサギが地面を蹴った。
速い。
こよりは横へ跳ぼうとした。
だが、足元の草に隠れていた木の根に引っかかった。
「あ」
体が傾く。
角ウサギが突っ込んでくる。
「初見殺し、種類を増やすな!」
腹に衝撃。
こよりは丘の斜面を転がった。
空。
草。
空。
草。
最後に、石に頭をぶつけた。
視界が暗くなる。
【死亡ログ】
【対象:勇者コヨリ】
【死因:灰角ウサギの突進と転落】
【評価:敵だけでなく、足元も敵でした】
【死亡回数:2】
【補足:横移動先の確認不足】
「足元まで敵にしないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~!」
次に目を開けた時、そこは白い空間だった。
けれど、前と違った。
椅子がある。
ただの椅子だ。
木製で、背もたれがあって、少し古い。どこの学校にもありそうな、普通の椅子。
白いだけの空間に、それだけがぽつんと置かれている。
「......なにこれ」
こよりは椅子に近づいた。
座る。
座れてしまった。
少し、安心してしまった。
その瞬間、目の前に光の文字が浮かぶ。
【拠点施設解放】
【死後拠点:椅子】
【機能:休憩】
【機能:死因メモ】
【機能:次シード待機】
「椅子が施設なの?」
返事はない。
アドミニスもいない。
ネムの受付も見えない。
ただ、白い空間と椅子がある。
こよりは、ゆっくり深呼吸した。
二回死んだ。
一回目は黒狼。
二回目は角ウサギと転落。
死ぬのは、やっぱり痛い。
怖い。
慣れたくない。
でも、この椅子はリセットされていない。
一回目の死後空間には、なかった。
二回目には、ある。
なら、ここは残る。
世界が変わっても。
村の人が忘れても。
カイが昨日のことを覚えていなくても。
ここだけは、積み上がる。
こよりは椅子の横に、何か落ちているのを見つけた。
小さな黒い石。
いや、チョークのようなものだった。
【死因メモ用チョーク】
【白い壁に書けます】
【消すには条件が必要です】
「消すには条件が必要って、さらっと怖いこと書かないで」
こよりはチョークを握った。
白い壁の前に立つ。
何を書くかは、すぐ決まった。
魔王を倒す。
違う。
強くなる。
それも違う。
神様を殴る。
ちょっと書きたい。
でも違う。
こよりは、背伸びして壁に文字を書いた。
【帰る】
たった二文字。
でも、今のこよりには、それが全部だった。
元の世界へ帰る。
家へ帰る。
自分の部屋へ帰る。
ゲーム機のある場所へ帰る。
朝、普通に起きて、普通に怒られて、普通にご飯を食べる場所へ帰る。
勇者になりたいわけじゃない。
魔王を倒したいわけでもない。
帰りたいから、攻略する。
こよりは椅子に戻った。
白い空間の遠くに、黒いカウンターがにじむように現れる。
ネムが帳簿を持って座っていた。
「拠点、出ましたね」
「説明して」
「死後に戻る待機場所です。コヨリさん専用です。今のところ椅子だけですが、死亡ログや獲得スキルに応じて増えます」
「死ぬたびに部屋が豪華になるの?」
「ざっくり言うと、そうです」
「命を使ったリフォームじゃん」
「言い方は悪いですが、近いです」
ネムは眠そうに壁を見た。
「帰る、ですか」
「うん」
「いいと思います。死亡理由より大事です」
こよりは少し驚いた。
「死神なのに?」
「死神なので。死因ばかり見ていると、生きる理由を忘れます」
ネムは帳簿を開いた。
【死亡ボーナス処理】
【死亡回数:2】
【死因経験:小型突進/転落】
【解放候補:足元確認 Lv.1】
【解放候補:小型敵警戒 Lv.1】
【解放候補:転び慣れ Lv.1】
【死亡ボーナス確定】
【足元確認 Lv.1】を獲得しました。
【小型敵警戒 Lv.1】を獲得しました。
【転び慣れ Lv.1】を獲得しました。
こよりは自分の膝を抱えた。
「スキルは増える。椅子も残る。じゃあ、次はもっと遠くまで行ける」
「はい」
「でも、死ぬ前提で話すのはいや」
ネムは少しだけ目を細めた。
「では、生きて戻る前提で」
「それがいい」
白い床に、次の光が広がる。
こよりは立ち上がった。
壁の【帰る】を見る。
消えていない。
ちゃんと残っている。
「よし」
こよりは木剣を握り直した。
「次は、黒狼にもウサギにも負けない。薬草を三つ採って、村に帰る。生きて帰る」
そして、神様がいない空間へ向かって叫んだ。
「神様ァ! 次こそ、ちゃんとしたチュートリアルにして!」
返事はない。
それでも、こよりは少し笑った。
「返事がない時点で、期待できない!」
光が広がる。
椅子と壁の文字だけを残して、こよりは次のシードへ落ちていった。
こよりの旅は、ここから始まった。
死んでも終わらない。
でも、死ぬために進むわけじゃない。
帰るために、何度でも攻略する。
勇者のクラス:勇者
保有スキル:【恐怖耐性 Lv.1】【黒狼の爪筋回避 Lv.1】【死ぬ前に一言ツッコむ】【足元確認 Lv.1】【小型敵警戒 Lv.1】【転び慣れ Lv.1】
死亡回数:2
拠点施設:【椅子】【死因メモ】




