店だ! 買うな、盗むな、値段を見ろ!
六階から十階は、店と壺と腕輪の階層です。
買い物は楽しい。
ただし、店主はだいたい強いです。
地下六階の床は、やたらときれいだった。
きれいすぎる床を見た瞬間、コヨリはしゃがんだ。指先で軽く叩く。音が少しだけ違う。前に王都で聞いた、矢罠の床に似ている。
「ログル、ここ罠」
「はい。矢罠です」
「罠が見えた。えらい」
「かなりえらいです」
「でも、見えてる罠ほど踏むのがわたし」
「今回は踏まないでください」
コヨリは踏まなかった。踏まなかっただけで、自分に拍手したい気持ちになった。低層二回死亡の傷は深い。
七階で、店を見つけた。
部屋の中に敷物があり、その上に草、巻物、腕輪、壺、杖が並んでいる。隅には、妙に筋肉質な店主が腕を組んで立っていた。額には【会計前使用禁止】と書かれた鉢巻き。親切なのか圧なのか分からない。
「店だ」
「はい」
「店って、普通は安全地帯だよね」
「この世界では、商品の扱い次第です」
「買い物で死ぬの嫌だなあ」
「前例があります」
「あるの!?」
「これから増えるかもしれません」
「増やさない!」
値札を見る。草は三百G。巻物は八百G。腕輪は千二百G。壺は二千G。コヨリは腕を組み、真剣な顔でうなる。
「値段で識別するやつだ」
「完全識別ではありませんが、候補は絞れます」
「三百Gの草」
「安い草です。回復草、鈍足草、毒草、爆裂草など」
「候補に危険が多い」
「草はそういうものです」
「草への信頼がまた下がった」
店主が咳払いした。
「お嬢ちゃん、買うなら買う。見るだけなら、商品に触りすぎるなよ」
「はい。見るだけです。絶対、店内で使いません」
「絶対って言ったやつほど、やるんだ」
「店主さん、人生経験が深い」
コヨリは腕輪を見た。きれいな銀色で、いかにも便利そうだ。腕輪は強い。罠感知、遠投、透視、満腹維持。強いものが多い。強いものはだいたい事故る。
「ログル、装備して効果を見るのは?」
「店内ではやめてください」
「ちょっとだけ」
「店内では、やめてください」
「そんなに?」
「商品です。会計前です。効果が遠投系なら、何かが飛びます」
「飛ぶかなあ」
コヨリは装備した。
手に持っていた未識別の草が、部屋の反対側まで美しい放物線を描いて飛んだ。店主の額に当たり、床へ落ちる。店主がゆっくり顔を上げた。
「お嬢ちゃん」
「事故です」
「商品を投げたな」
「投げる意思はありませんでした」
「商品は飛んだな」
「はい」
店主の拳が、コヨリの視界を全部埋めた。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:店内で遠投の腕輪を装備して商品を飛ばした】
【評価:泥棒の意思はなくても、商品は飛びました】
【累計死亡回数:67回】
【シード100内死亡回数:3回】
【新規獲得:店内装備禁止 Lv.1】
拠点で、コヨリは両手を膝に置いて正座していた。
「わたしが悪かったです」
「はい」
「店内で装備しません」
「はい」
「でも、遠投の腕輪が悪いと思う」
「装備したのは勇者様です」
「正論を投げないで。遠投じゃなくても刺さる」
再挑戦。今度は腕輪を買うまで装備しない。コヨリは店主にお金を渡し、腕輪を袋に入れた。えらい。かなりえらい。
八階で、壺を拾った。
丸い壺。口が広く、中に何かを入れられそう。保存壺なら大当たりだ。合成壺でも強い。割れ壺なら最悪。コヨリは壺を見て、ログルを見た。
「識別の巻物、使う?」
「この階では、使ってもよい対象です」
「でも、この先で復活草とかすごい草を識別したいかも」
「可能性はあります」
「ううう。識別リソース、少なすぎる」
コヨリは迷った末、保存壺だと信じてミーナの保存パンを入れた。
壺が、ぱきん、と音を立てた。パン、薬、巻物、小石、全部が床に散らばる。
「割れ壺かああああああああああああああああああい!」
「拾うなら一手使います」
「拾う!」
「周囲確認」
「拾う!」
拾った一手で、通路から壺割り小僧が走り込んできた。小僧は散らばった巻物を踏み、さらに割れた壺の破片を蹴る。コヨリはパンを抱えたまま転び、HPが消えた。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:保存壺だと思って割れ壺に命綱を入れた】
【評価:保存したいのは命です】
【累計死亡回数:68回】
【シード100内死亡回数:4回】
【新規獲得:壺は先に識別 Lv.1】
成功周回では、コヨリは識別の巻物を壺に使った。保存壺だった。今度は本当に保存壺だったので、コヨリは床に座り込んだ。
「さっき割れたのに、今は保存なの、納得いかない」
「シード内でも拾得品は変動します」
「壺にも人生があるの?」
「ありません」
「じゃあ安定して!」
十階は、魔王軍補給所跡だった。古い机の上に、ベルの字でメモが置かれている。
【十階到達、お疲れ様でございます】
【ここから先、属性床と魔法兵が増えます】
【未識別品を店内で使用しない、壺は先に確認する、草は安全地帯で試す】
【主神様の説明書より短くまとめております】
コヨリはメモを胸に抱いた。
「ベルさん、神様より百倍優しい」
「比較対象が神様ですので」
「ログル、それ前にも言った気がする」
「事実は繰り返されます」
十階の帰還床は、まだ完全には起動しない。ただ、ログルの宝石が記録を取った。ここまで来たことは、拠点に残る。
「十階、到達」
「はい」
「まだ三分の一」
「はい」
「帰りたい」
「帰るために進みます」
「その言葉、便利だけどつらい!」
十一階への階段から、熱い風が上がってきた。魔法と属性床の匂いだ。コヨリは保存壺を抱え直し、今度こそ床に置かないようにした。
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:2回
累計死亡回数:68回
シード100内死亡回数:4回
主な死因1:【店内で遠投の腕輪を装備して商品を飛ばした】
評価:【泥棒の意思はなくても、商品は飛びました】
新規獲得:【店内装備禁止 Lv.1】
主な死因2:【保存壺だと思って割れ壺に命綱を入れた】
評価:【保存したいのは命です】
新規獲得:【壺は先に識別 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード100
到達階層:魔王城地下10F到達
次回開始:Lv1/HP15
クラス:勇者
副適性:地図師/死因学者候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.2】
【罠感知 Lv.1】
【草は安全地帯で試す Lv.1】
【全部ミミックもありえる Lv.1】
【店内装備禁止 Lv.1】
【壺は先に識別 Lv.1】
【足元確認 Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【店内装備禁止 Lv.1】
新規獲得:【壺は先に識別 Lv.1】
更新候補:【未識別警戒 Lv.2】→【未識別警戒 Lv.3】兆候
中継記録:【魔王城地下10F】
【登場人物紹介】
コヨリ:店で事故り、壺で事故った幼女勇者。買い物が怖くなった。
ログル:店内装備を止めたが、勇者様が装備した。正論が鋭い。
店主:店の守護者。泥棒の意思より商品の移動を重視する。強い。
ベル:メモだけで神様より親切な魔王軍秘書。短い説明がうまい。
【ローグライクあるあるメモ】
店は安全地帯に見えて、会計前行動で地獄になります。腕輪、壺、未識別品、店主。全部が命に関わるので、買う前に使わない、壺は識別する、泥棒は考えない。考えるだけなら自由ですが、だいたい死にます。
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