低層で死ぬのが一番恥ずかしい
魔王城地下三十層、いよいよ開始です。
まずは一階から五階まで。
低層だから安全、という考えは捨てましょう。
シード100の空は、妙に晴れていた。
初期村ミルカは、これまでのどのシードよりも整っている。パン屋はある。兵舎もある。井戸の横には訓練杭が立っていて、畑では村人が普通に鍬を振っていた。普通すぎる景色を見て、コヨリはまず足元を見た。
「平和な村ほど信用できない」
「正しい警戒です」
「幼女の口から出る言葉じゃないんだよなあ」
パン屋からミーナが出てくる。白い前掛け姿なのに、腰には短剣が下がっていた。パン屋で、女騎士の影もある。彼女はコヨリを知らない顔で見て、それでも焼きたての小さなパンを渡してくれた。
「腹が減ってちゃ、勇者もできないよ。ほら、食べな」
「......ありがとう。すぐ食べないで、保存壺に入れる」
「変な子だねえ。でも、いい判断だ。焼きたては匂いで魔物も寄るからね」
「パン屋さんがそれ言うの怖い!」
村の外では、カイが木剣を振っていた。隣には弓も立てかけてある。コヨリは一瞬だけ名前を呼びそうになり、唇を結んだ。今は知らない子。けれど、思い出ログ棚にはちゃんといる子だ。
魔王城までは、今回は道がつながっていた。王都を抜け、魔王領へ入り、城の裏手から地下へ潜る。最初の入口は、黒い石の階段だった。壁には魔王軍の古い注意書きが残っている。
【地下三十層】
【低層で油断しないこと】
【店内で未識別品を使わないこと】
【神様の印章を見たらベルへ報告】
「ベルさんの注意書き、親切すぎる」
「神様側の看板より情報量があります」
「比較対象が底辺なの、魔王軍に失礼」
一階は、弱いスライムがぽよぽよ跳ねるだけの部屋だった。コヨリは木剣を握りしめ、慎重に一マス進む。スライムが一マス寄る。床に薄いマス目が浮かび、ログルの宝石が青く光った。
「一階。敵は弱いです」
「その言い方、死亡フラグじゃない?」
「弱い敵でも、囲まれれば死にます」
「はい、慎重に行きます」
慎重に行った。三階までは本当に慎重だった。
二階で未識別の草を拾うまでは。
草は小さく、葉が青く、見た目は回復草に似ていた。HPは少し減っている。周囲にはスライムが二匹。階段は近い。コヨリは草を見つめ、ログルを見た。
「ログル。これ、回復草っぽくない?」
「未識別です」
「でも、見た目が優しい」
「見た目で判断して、前に何度か死んでいます」
「今回は低層だし」
「勇者様」
「一口だけ」
「勇者様」
コヨリは食べた。
足が重くなった。
「鈍足草だこれええええええええええええ!」
スライムが一マス寄る。コヨリは逃げる。スライムがまた寄る。鈍足のせいで、距離が開かない。低層スライムのぽよぽよ音が、急に処刑太鼓みたいに聞こえた。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:未識別草を回復草だと思って食べた】
【評価:低層の草ほど信用してはいけません】
【累計死亡回数:65回】
【シード100内死亡回数:1回】
【新規獲得:草は安全地帯で試す Lv.1】
ネムの受付で、コヨリは床に突っ伏した。
「スライム死じゃない。草死。だからセーフ」
「スライムも関与しています」
「分類で追い討ちしないで」
「低層死亡は、心に残りやすいです」
「受付がしみじみ言うなあ!」
再挑戦。コヨリは青い草に【たぶん鈍足草】と仮名をつけ、食べなかった。四階には宝箱部屋があった。部屋の中央に、宝箱が四つ。ひとつは呼吸している気がする。コヨリは小石を構えた。
「確認する。ミミック警戒、ちゃんとする」
「はい」
「一個だけ怪しい」
「一個だけとは限りません」
「そんな性格悪いことある?」
「あります」
コヨリは一番怪しい宝箱に小石を投げた。宝箱が牙を出して跳ねる。やっぱりミミックだ。ここまではよかった。
次の瞬間、残り三つも牙を出した。
「全部!? 宝箱の形した家族!?」
「確認は成功しました」
「生存は!?」
「難しいです」
ミミック四体が、コヨリの小さな体へ同時に跳ねた。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:ミミック確認用の石を投げたら全部ミミックだった】
【評価:確認は成功しました。生存には失敗しました】
【累計死亡回数:66回】
【シード100内死亡回数:2回】
【新規獲得:全部ミミックもありえる Lv.1】
三度目の拠点で、コヨリは反省会テーブルに大きく書いた。
【未識別草は安全地帯】
【宝箱は群れで疑う】
書き終えると、ログルが横に小さく付け足す。
【低層でも油断しない】
「低層で二回死んだ幼女に追い打ちしないで」
「大事なので」
「大事だけど!」
成功周回では、コヨリは二階の草を食べず、四階の宝箱部屋を開けなかった。五階の欲張りミミック親方は、部屋に入らず通路から小石で誘導し、罠床に噛ませて処理した。戦ったというより、向こうが勝手に罠へ噛みついた形だ。
「ログル、今の勝利でいい?」
「勝利です。勇者様の攻撃力はほぼ関係ありませんでしたが」
「関係ない勝利でも勝利!」
五階の階段を降りる前、コヨリは保存壺の中のミーナのパンを確認した。まだある。匂いも逃げていない。低層で死なない。たったそれだけが、今日はとても大きい。
地下六階への階段は、少し暗かった。
「次、店が出る可能性があります」
「店! 買い物!」
「店は安全とは限りません」
「店くらい安全にしてよ!」
「不思議の店です」
「不思議で済ませるなあああああ!」
【今回の死亡ログ】
今回増えた死亡回数:2回
累計死亡回数:66回
シード100内死亡回数:2回
主な死因1:【未識別草を回復草だと思って食べた】
評価:【低層の草ほど信用してはいけません】
新規獲得:【草は安全地帯で試す Lv.1】
主な死因2:【ミミック確認用の石を投げたら全部ミミックだった】
評価:【確認は成功しました。生存には失敗しました】
新規獲得:【全部ミミックもありえる Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード100
到達階層:魔王城地下5F突破
次回開始:Lv1/HP15
クラス:勇者
副適性:地図師/死因学者候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【危険察知 Lv.2】
【足元確認 Lv.2】
【未識別警戒 Lv.2】
【ミミック警戒 Lv.1】
【草は安全地帯で試す Lv.1】
【全部ミミックもありえる Lv.1】
【縁感知 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【草は安全地帯で試す Lv.1】
新規獲得:【全部ミミックもありえる Lv.1】
更新候補:【未識別警戒 Lv.2】強化
【登場人物紹介】
コヨリ:低層だから大丈夫、を二回で捨てた幼女勇者。成長が早い。死ぬのも早い。
ログル:未識別草を止めたが止めきれなかった相棒。低層でも容赦なく正論。
ミーナ:パン屋として登場。パンは優しいが、匂いで魔物が寄るという現実も教える。
カイ:木剣と弓の練習をしている少年。今回はまだ平和寄り。
【ローグライクあるあるメモ】
低層の死亡は恥ずかしいですが、低層で学ばないと深層で派手に死にます。未識別草、宝箱、ミミック。全部、序盤から命を取りにきます。
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