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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第9章 同じ顔、違う人生

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思い出ログ棚に、同じ名前が二つ並んだ

倒さず逃がす道の先で、コヨリは答えではなく記録を持ち帰ります。

同じ顔、違う人生。

それでも、消したくない名前があります。


 退避路の前で、世界がきしんだ。


 カイは補助兵を抱え、片膝をついている。ミーナは砦側の通路で盾を構え、追撃の兵を止める形になっていた。コヨリは荷車の陰で息を整え、残った道具を確認する。


 小石袋改、残りわずか。場所替えの杖、残り一回。吹き飛ばしの杖は空。眠り玉はない。未識別の巻物は、怖くてまだ読んでいない。


「ログル」

「はい」

「手持ち、だいぶ貧しい」

「命は残っています」

「一番高いやつ」


 退避路は、古い地下階段に似ていた。降りればこの小競り合いからは抜けられる。だが、カイと補助兵はまだ階段まで届いていない。王国兵の一人が、ミーナの横を抜けようとしていた。


 コヨリは未識別の巻物に手を伸ばし、すぐに引っ込める。


「読まない」

「賢明です」

「読んだら全員集合とか、床全部穴とか、神様ならやる」

「否定できません」


 では、何を使うか。


 場所替えの杖は一回。人と入れ替われば事故る。樽もない。石垣の横に、空の盾立てがある。重いが、人ではない。コヨリはそこに目をつけた。


「盾立てと、カイの近くの空きマスを入れ替えられる?」

「直接は無理です。杖の対象は実体です」

「じゃあ、盾立てと、あそこの壊れた木箱」

「可能です。木箱が動けば、カイ様の退路が開きます」

「カイ様って言った」

「記録名です」

「ふふ」

「笑っている場合ではありません」


 世界が盤面になる。カイ、補助兵、ミーナ、追撃兵、木箱、盾立て、階段。赤い射線が一本、カイの肩を狙っている。


 コヨリは杖を握った。


 一手。


 盾立てと木箱が入れ替わる。木箱がずれ、カイの退路が開いた。カイは驚きながらも補助兵を抱えて走る。追撃兵が矢を構えた。


「小石!」


 コヨリは最後の小石を投げる。矢そのものではなく、弓兵の足元の石を狙った。跳ねた石が靴に当たり、狙いがずれる。矢はカイの頬をかすめるだけで済んだ。


 カイが、こちらを見る。


「お前、なんでそこまで」


 知らない目だ。知らない声だ。けれど、そこには困惑と心配があった。


「なんで助けたの」


 コヨリが聞くと、カイは補助兵を抱えたまま眉を寄せた。


「分からない。でも、小さい子が死ぬのは嫌だ」


 それだけで、十分だった。


 コヨリは笑った。泣くより先に笑えた。カイが覚えていないことも、ミーナがパン屋ではないことも、何も解決していない。それでも、消えていないものがある。


 ミーナが盾を打ち鳴らした。


「行きな、旅の子!」

「でも、ミーナさんは」

「名前を知ってるなら、次に会った時に礼を言いな!」

「覚えてないくせに!」

「なにか言ったかい?」

「なんでもない!」


 コヨリは階段へ走った。足元確認、射線確認、階段前未練警戒。全部が頭の中で鳴る。戻らない。戻らず助ける。そう書いた反省会テーブルを思い出す。


 カイと補助兵が階段へ入る。コヨリも続こうとした、その瞬間だった。


 地面から白い光が伸びた。


 神様の明るすぎる管理光とは違う。もっと古い。魔王城地下で見た扉の反応に少し似ている。ログルの宝石が、熱を持ったように光った。


【シード差分照合:異常】

【同一魂反応:複数】

【帰還因子:縁 反応】


「ログル、これなに」

「分かりません。ただ、帰還因子に近いです」

「近いって、どっちに!?」

「扉ではありません。座標でもありません。もっと、人に近い反応です」


 光がコヨリの足を包む。逃げようとすれば一手。だが、この光は敵の攻撃ではない。ログルが止めない。それが答えだった。


 カイが手を伸ばす。


「おい、小さいの!」


 その声が、遠くなる。


 ミーナの盾の音も、補助兵の泣き声も、砦の怒号も、白い光に沈んでいく。


 暗転。


【死亡ログ】

【死因:同じ顔の別人を、別人として見捨てられなかった】

【評価:攻略効率は低下しました。帰還因子反応は上昇しました】

【新規獲得:縁感知 Lv.1】


 白い拠点に戻っても、ネムはすぐに判を押さなかった。


「死亡処理、少し変ですね」

「死んだの?」

「形式上は死亡です。ただし、記録取得による強制帰還に近いです」

「死亡扱い、雑じゃない?」

「神様側の分類なので」

「神様ァ......」


 いつものように大声で怒れなかった。


 壁際の仮棚が、ぎしりと鳴った。木が伸びるように棚板が増え、白い拠点の壁に深く根を張る。ミーナの札が二つに分かれた。


【ミーナ:パン屋】

【ミーナ:女騎士】


 カイの札も、三つに分かれる。


【カイ:木剣の少年】

【カイ:弓兵】

【カイ:敵兵】


 コヨリは棚の前に立った。


「同じ人なの?」

「同じとは言えません」

「別人なの?」

「無関係とも言えません」

「ずるい答え」

「はい。ですが、正確です」


 ミネルの八百ページ説明書が、どこからともなく飛んできて棚に収まった。ぶ厚い本の背表紙が光り、そこから一枚の紙だけが落ちる。


【同一魂反応:本人同一を示すものではない】

【ただし、行動傾向、選択癖、縁反応が保存される場合がある】


 コヨリは紙を拾って、真顔になった。


「最初からこれ出して」

「ミネル様に伝えておきます」

「伝えたら八百ページで返ってきそう」


 少し笑えた。


 その時、思い出ログ棚の一番奥に、まだ読めない札が一瞬だけ浮かんだ。


【元の世界:家族】


 コヨリは息を止めた。手を伸ばす。だが、札はすぐに薄くなり、白い棚の奥へ消えた。


「ログル」

「見えました」

「消えた」

「はい」

「でも、あった」

「はい」


 ログルは、なかったことにしなかった。だから、コヨリも泣かなかった。


 壁の【帰る】の下へ行く。羽ペンを取る。震える字で、コヨリは新しい言葉を書き足した。


【忘れない】


 帰る。


 でも、帰るために忘れるのではない。


 消えるシードで出会った人も、覚えていない顔も、助けたいと思った自分も、拠点に残す。


 思い出ログ棚が、静かに光った。


【拠点施設解放:思い出ログ棚】

【シード地図室更新:人物レイヤー】

【帰還因子:縁 強反応】

【クラス解放:地図師】


 コヨリは深呼吸した。


「ログル。次は、魔王城地下の古い扉をもう一回見に行きたい」

「はい。今度は、地図だけではなく、人の記録も持っていきましょう」

「うん」


 コヨリは棚を振り返る。


 同じ名前が、二つも三つも並んでいる。楽しいだけの記録ではない。けれど、消えてしまうよりはずっといい。


「わたしが覚えてる」


 小さな声だった。


 ログルは、その声を記録した。


【今回の死亡ログ】

累計死亡回数:64回

シード088内死亡回数:7回

死亡時レベル:Lv5

死亡時HP:0/34

今回の死因:【同じ顔の別人を、別人として見捨てられなかった】

評価:【攻略効率は低下しました。帰還因子反応は上昇しました】

新規獲得:【縁感知 Lv.1】


【今回の勇者ステータス】

現在シード:シード088終了

累計死亡回数:64回

シード088内死亡回数:7回

クラス:【地図師】解放

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済みスキル】

【危険察知 Lv.2】

【足元確認 Lv.2】

【未識別警戒 Lv.2】

【射線確認 Lv.1】

【間合い管理 Lv.1】

【感情中射線確認 Lv.1】

【非殺傷ルート選択 Lv.1】

【階段前未練警戒 Lv.1】

【食事前周囲確認 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【縁感知 Lv.1】

新規獲得:【思い出ログ記録 Lv.1】

新規獲得:【同一魂反応 Lv.1】

更新:【シード差分確認 Lv.1】→【シード差分確認 Lv.2】

解放:【クラス:地図師】

施設解放:【思い出ログ棚】

施設更新:【シード地図室:人物レイヤー】

帰還反応:【帰還因子:縁】強反応


【拠点施設】

【椅子】【死因図鑑室】【鑑定机】【厨房】【属性検証卓】【罠訓練場】【射線訓練場】【魔物休憩所】【シード地図室】【人物レイヤー】【反省会テーブル】【思い出ログ棚】


【登場人物紹介】

コヨリ:倒さず、戻らず、記録を持ち帰った幼女勇者。壁に【忘れない】を書き足した。

ログル:同じとも別人とも断定しない相棒。曖昧なものを曖昧なまま記録できるようになった。

ミーナ:パン屋であり、女騎士でもある札を持つ人。どちらもコヨリの中では消えない。

カイ:木剣の少年、弓兵、敵兵として記録された少年。どの立場でも、誰かを助けようとする。

ネム:珍しく茶化しきれなかった死亡受付担当。形式上の死亡処理に首をかしげた。

ミネル:八百ページを一枚に要約できるなら最初からしてほしい知識神。


【ローグライクあるあるメモ】

効率だけなら倒す方が簡単な場面があります。でも、倒さない選択でしか取れない記録もあります。今回の報酬は装備ではなく、思い出ログ棚と縁の反応でした。


ここまで読んでいただきありがとうございます。ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると、コヨリの死に覚え攻略を続ける大きな励みになります!

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