女騎士ミーナのパンは、同じ味がした
ミーナはパン屋ではありません。
それでも、コヨリがふらつけば食べ物を投げてきます。
硬さは、かなり戦場仕様です。
倒さず逃がすルートは、地図の上では細い線になった。
コヨリはその線を指でなぞる。眠り玉で弓兵を止め、場所替えの杖で補助兵をずらし、吹き飛ばしの杖で荷車を押して通路をふさぐ。カイは負傷者を抱えて退避路へ向かい、コヨリは階段前で戻らない。
言葉にすると簡単だ。
実際には、一歩ごとに罠があり、射線があり、ミーナが追ってくる。
「ログル、わたし今、すごくえらいことしてない?」
「はい」
「もっと褒めて」
「倒せば簡単な敵を倒さず、手持ちの消耗品をほぼ全部使い、死亡率を上げながら進んでいます」
「褒めてって言ったの!」
「勇者様らしいです」
「それは、ちょっと嬉しい」
砦の裏手に回り込んだ時、コヨリの満腹度が危ない数字になった。ミーナからもらった携帯食はある。けれど食べるには一手使う。戦場で食べる一手は、時に攻撃を受ける一手になる。
「安全地帯まで我慢」
「満腹度がかなり低いです」
「食べても死ぬ。食べなくても死ぬ。神様、幼女のご飯事情に厳しすぎない?」
その時、正面の煙が割れた。
ミーナがいた。
革鎧に傷がつき、額に汗を浮かべている。それでも足取りはしっかりしていた。丸盾を構え、退路をふさぐ位置に立つ。女騎士として、彼女は任務を果たそうとしている。
「そこまでだよ、旅の子。敵兵を逃がすつもりなら、見逃せないね」
声は厳しい。けれど、コヨリの膝がふらついた瞬間、ミーナの眉が動いた。
「腹、空いてるのかい」
「今、それ聞く?」
「戦場でも腹は減る」
ミーナは腰袋から携帯食を取り出し、迷わず投げた。コヨリは反射的に受け取る。前にもらったものより、少し割れている。硬く、乾いていて、パンというより小さな盾みたいだった。
「泣くなら、食べてからにしな」
同じだった。
パン屋ではない。覚えていない。コヨリの名前すら知らない。それでも、言葉の芯だけが同じ場所に残っていた。
コヨリは笑いそうになって、泣きそうになって、どちらもできなかった。
「ログル」
「はい」
「これ、安全?」
「食材識別上は安全です。ただし、歯に危険です」
「パンで歯を殺しにくるな」
ミーナが少し笑った。
「文句言えるなら、まだ走れるね」
「走りたくない」
「じゃあ捕まるかい?」
「それも嫌!」
コヨリは携帯食を口に入れた。硬い。とにかく硬い。噛んだ瞬間、こめかみに響く。だが、満腹度は少し回復する。
問題は、食べる一手で敵も動くことだった。
背後の通路から、眠り煙を抜けた兵が二人現れる。ミーナが盾を構え直し、カイが遠くでこちらを振り返る。コヨリは口の中の硬いパンを飲み込めず、涙目になった。
「勇者様、包囲が進みます」
「もごっ」
「食べながら走るのは危険です」
「もごご!」
「飲み込んでから返事してください」
コヨリは飲み込もうとして、むせた。その一拍で兵が近づく。
暗転。
【死亡ログ】
【死因:携帯食をかじった一手で包囲が完成した】
【評価:食事は安全地帯で】
【新規獲得:食事前周囲確認 Lv.1】
拠点に戻ったコヨリは、厨房で携帯食の欠片を再現しようとした。メリメルがいないので食材は限られているが、厨房には前のシードで登録した粉と水と塩がある。コヨリは小さくこね、焼き、できあがったものを見て首をひねった。
「これ、食べ物?」
「盾に近いです」
「ミーナさんの携帯食、再現性高すぎる」
次の挑戦で、コヨリはミーナから携帯食を受け取ってもすぐ食べなかった。盾で追撃を受け止めるミーナの足元、背後の兵、カイの位置を確認してから、荷車の陰へ滑り込む。
「ここなら?」
「一手だけ食べられます」
「一手だけの食事、忙しい!」
コヨリは携帯食を小さく割り、ひとかけらだけ食べた。硬い。涙目になる。でも、今度は死なない。
ミーナは盾を構えたまま、コヨリを見ていた。
「変な子だねえ。敵を逃がして、自分は携帯食で泣いてる」
「硬いから!」
「戦場で柔らかいパンは贅沢だよ」
「パン屋さんなら柔らかいのくれたもん」
言ってしまってから、コヨリは口を押さえた。
ミーナは目を細める。
「パン屋?」
「なんでもない」
「そうかい」
追及はされなかった。代わりに、ミーナは盾を少しだけ横にずらした。ほんの一瞬、退路に隙間ができる。
「職務上、見逃すとは言えないよ」
「うん」
「でも、足がもつれて転んだら、追うのが遅れるかもしれない」
「ミーナさん」
「名前、教えたかい?」
コヨリは首を振った。
「知らない。でも、知ってる」
ミーナは少し困ったように笑い、それから本当に足を滑らせた。わざとらしくない。だが、コヨリには分かった。道をくれたのだ。
コヨリは走る。
後ろでカイが補助兵を抱え直し、退避路へ向かう。ミーナの携帯食の硬さが、口の中にまだ残っていた。
同じ味ではない。
それでも、同じ優しさがした。
【今回の死亡ログ】
累計死亡回数:63回
シード088内死亡回数:6回
死亡時レベル:Lv4
死亡時HP:0/28
今回の死因:【携帯食をかじった一手で包囲が完成した】
評価:【食事は安全地帯で】
新規獲得:【食事前周囲確認 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード088
累計死亡回数:63回
シード088内死亡回数:6回
クラス:地図師候補
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【未識別警戒 Lv.2】
【罠感知 Lv.1】
【射線確認 Lv.1】
【間合い管理 Lv.1】
【顔で判断しない Lv.1】
【感情中射線確認 Lv.1】
【非殺傷ルート選択 Lv.1】
【階段前未練警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【食事前周囲確認 Lv.1】
更新候補:【人物差分確認 Lv.1】
縁反応:【ミーナ】弱反応から中反応へ
【登場人物紹介】
コヨリ:携帯食の硬さと優しさで泣きそうになった幼女勇者。食事にもターン管理が必要。
ログル:パンの安全性と歯への危険性を別判定する解析神獣。
ミーナ:女騎士。見逃すとは言わず、足がもつれる大人。やはり食べ物をくれる。
カイ:逃走中の敵兵。まだコヨリを知らないが、振り返ってくれる。
【ローグライクあるあるメモ】
満腹度が危ない時ほど、食べる一手が怖くなります。安全地帯で食べる、周囲を見てから食べる。硬いパンでも命綱です。
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